要編 49 別れの序曲
シーン49 別れの序曲
富士子と共に国男の病室から退出して廊下を歩いていると、監視病室からの宗弥と本陣との秘匿通信する声が、内耳モニター越しに聞こえてきた。西浜医師から聞き取りした内容を、宗弥は本陣に報告していた。
本陣はその報告を聞き終えると、宗弥が使っていたワイヤレスヘッドフォンを、国男の病室に持って行くよう、宗弥に指示した。
国男と本陣の会話が始まる。珍しくコロンブスが直接、話していた。国男が開口一番にコロンブスに要求したのは、富士子と浮子の安全確保だった。それが保証されなければ、何も話さないと言って退ける。
やはり、赤いジュラルミンケースの中身は、液体デイバイスだったか・・・。
コロンブスが話し出す。
富士子をタクシーに乗せた後、もう一度、国男の病室を訪ねて話をしよう。
コロンブスの口調から、盾石家の移動は明日の深夜か、明後日の朝であろうとあたりをつけた。
正面玄関に続く廊下の左端で、僕は右膝をついてしゃがみ、解けていない左足コンバースの靴紐の端を、右手の親指と中指で摘み上げ、引っ張ってほどく。
摘んだ指先の間で、靴紐をコロコロと転がしながら、さぁ、幕上けだと考えていると、富士子が下がる気配を感じ、僕は「富士子さん」と名を呼んで引き留めた。
下顎をずらし、奥歯を噛み締めて、内耳モニターをOFFにする。そして、富士子を見上げ「綺麗なお姉さん、僕と映画を観に行きませんか?」と誘う。
富士子の顔に驚きが広がり、顔を赤らめて富士子は承諾した。快諾に心で弾むものを感じたが、別れの第一歩を踏み出しただけだった。東京を離れるまでの間、チームのそばに富士子を確保しておくための口実に過ぎない。
富士子と直に過ごした時間は、合計で10時間足らず。
その短い時間の中で僕の心は、富士子に対していきなりの盛り上がりをみせ、感情のひだはただ、ただ、富士子を欲し、悶えて乾き、今やその感情は加熱を超えて凪ぎへと移り、平穏へと達している。
未練が無いと言えば、嘘になる。
しかし、行かなくてはならない。
守るために。
任務完遂のあと、日本を離脱して何処かの国の歓楽街で、女と2、3日過ごせばなんとかなると、あなたなど過去の人になると、そう自分に言い聞かせていた。
富士子が乗るタクシーを見送りながら、内耳モニターをONにする。直後に[送る。チャンス。イエーガー、富士子の警備監視に、フレミングと共に入ります]とチャンスから通信が入る。[了。目を離さぬように頼む]と返した。
[俺がいるんだぞ。要]と宗弥が割り込んだ。確かに、そうだと思いながら[そうだな。すまん]と返事する。
そこに、[送る。トーキー。イエーガー、コロンブスが国男さんとの面談のため、これから西浜総合病院に来られます]と通信が入り、僕は[了]と反射的に応えていた。そして[送る。イエーガー。トーキー、監視病室に待機しているベータを部屋から退出させろ]と入れながら非常階段へと向かい、トーキーからの[完了]という返信を聞きながら、非常階段を駆け上がった。
コロンブスは、何を思っての直接対面なのだろうか。不安が募る。




