要編 48 正体を打ち明ける
シーン48 正体を打ち明ける
富士子が病室の隣の部屋のプライベートルームに移動した隙をみて、僕は上着の胸元にあるメモを取り出した。今作戦用・本陣の電話番号を記入したメモ用紙だ。
介護テーブルの上に、両手を添えておく。
国男は左手で、メモを取り上げた。
威厳のある国男の表情を僕は読む。
国男は鋭い視線で要の目を見据え、その瞳に悠然さを宿し「話が見えないが」とバリトンのきいた声で要に問う。
「アメリカ情報士官、ゼネラル ダイナミックス社ロバート・ゼロ氏と、赤いジュラルミンケースの件です」と深海の声で返す。
国男はその言葉を聞いて、一瞬、小さく口を開け、息を飲み、苦虫を噛み潰したような表情になった。国男の表情はさらに苦くなってゆく。
声音と調子を崩さず、僕は「赤いジュラルミンケースは私の上司が保管しております。中身には手を触れておりません。ご安心下さい。私達は手段を選ばない脅威から会長並びに、ご家族を遠ざけたいだけです」と誠実に伝える。
国男は上掛けのシーツを左手の人差し指と親指の間ですり合わせながら、考えをまとめている様子だ。そうやってしばらく思考した国男は僕の顔に視線を移し、またシーツに戻した。
辛抱強く、待つ。
内心で、国男の聡明な判断を願いながら。
国男は意を決したように精悍な表情で顔を上げ、僕の目を見ると「わかった」落ち着いたバリトンで歯切れ良く言い、スマホを枕の下からスマホを取り出してセキュリティーコードを打ち入れ、アドレスをクリックてして僕に差し出した。
スマホから国男の顔に視線を移す。国男は「よかったら、連絡先を教えてもらえないか」と言った。
両手でスマホを受け取る。
躊躇なく尾長要と打ち込み、電話番号欄に080 〇〇〇〇 〇〇〇〇と入れ、一瞬迷うがメモ欄に特殊戦群・G分遣隊アルファーチーム・チーム長と書き加えて登録完了をクリックした。国男にスマホを差し出す。
画面を見た国男が息を飲んだ。
「存在するとは、聞いてはいたが・・・」と言い、
「実在を私は疑っていた」と言った。
静粛さを取り戻した国男は「どこからかは知らないが、連絡を待っている」と言ったが、わずかな不安の色がその表情に漂う。
見逃さず、安心を引き出そうと「後ほど、私の上の者から連絡が参ります。連絡を入れてくる人物は、会長のお立場を重々承知しております。私たちは他国の脅威からこの国を守るために創設されました。それを歪めるようなことは致しません」と伝えた。
その言葉を聞いた国男は安心した様子を見せ、僕がその顔を見ていると「ありがとう」と柔らかい声で言った。
その声音に、国男からの信頼を得たと確信する。無言で互いの顔を見ていると富士子が室内に戻ってきた。富士子の表情が途方に暮れた顔つきから、腹を決めた顔に変わり、お茶を入れ始める。
その所作の優雅さに見惚れた。どこまでもこの女性は自分を魅了すると、またも心の内にある富士子の存在を知る羽目になったが、心には波紋一つ立たず、静寂を保っていられた。僕の腹も決まっているようだ。
富士子に対する国男の腹芸も大したもので、富士子が部屋に戻ってくると僕に「宗弥とはどこで?」と柔和に聞いたりもする。宗弥との出会いから、現在に至るまでを話せる範囲で正直に話す。
宗弥は監視病室で、この会話を聞いているだろう。
宗弥との出会いをなんとなく打ち切ると、静かな沈黙で一間おいた国男は「今の日本をどう見ていますか?」と突然、全く角度が違う質問を要にする。専守防衛の国で、秘匿として存在している特殊部隊に、所属する男の見解を国男は知りたかった。この尾長要の話しぶりも見たいと思う。
一個人として、正直な意見を話す。
話しながらそういえば自分は、この人物を知った時、言葉を交わしてみたいと思った。終盤になって、その願いが叶ったと内心で喜ぶ。そして、自分は父のような年齢の人物と、私的な考えについて会話するのは、希有であったと気づく。
僕の交友関係は何もかもが、どこかで仕事につながっていて、弱さと受け取られかねない内心の迷いや、葛藤を相手に悟られないよう生きてきた。自分の事は自分で決め、私的な話は宗弥とし、宗弥に話す時点で、すでに自分の気持ちのほとんどは定まっていて、宗弥と話しながら、そう決めた理由を頭で整理して腹に収めてきた。
そうやって僕は生きてきた。少し、若干、等々、寂しい気もする。素直さに欠けるのかもしれない。あの両親を僕が天から選ばなければ、どんな人生だったのだろう。光を求めて僕は影となった。死の繰り返しが生につながる世界に、僕は身を置いている。常に最前線に立っている僕は、国男と過ごしたこの時間を生涯忘れないだろう。




