要編 26 総員に告ぐ
シーン26 総員に告ぐ
数日後の夜、移動する車窓からぼんやりと景色を眺め、要は物思いに耽っていた。内耳モニターに宗弥から[要。富士子が西浜病院に到着した]と入る。[了]と返した。続けざまに[送る。ファイター。イエーガー、トーキーと合流した。これからmapに帰投する]救急車に同行したファイターから報告が入る。
19:37(ヒトキュウサンナナ)、本陣から、“アメリカ上院、院内総務に近い人物より情報取得。信憑性高し。20:00(ニーマルマルマル)、芝浦竹田株式会社所有、倉庫番号12 付近にて、盾石国男がアメリカ情報士官と接触するとのこと。液体デイバイス情報を供与する疑いあり。至急、盾石国男の身柄確保されたし。極秘に本陣に連行せよ“と暗号打電が入電した。
現場に急行した僕と国男に尾行をまかれたファイター、チャンスの目の前で、国男が運転する車とダンプーカーが折衝事故を起こす。防ぎ切れなかった。
現在に焦点を合わて[了。送る。イエーガー。ファイター、国男さんの容体はどうだ?]と聞く。
[送る。ファイター。折れた右鎖骨が内部を傷つけてた。内出血が酷くて、首まで腫れ上がってる。輸血が必要だと思う。西浜医師が執刀して緊急オペに入った。どのくらいのオペ時間になるかは、開いてみないとわからないそうだ。俺が目を離したから‥‥すまない]ファイターは息を殺す。[送る。いいか、ファイター、今回の事態を予期出来なかった僕の責任だ。すまなかった。僕たちは事故現場で、目撃されている可能性がある。mapまで尾行がないか、用心して移動してくれ。帰投後、国男の携帯データから、時系列を制作して欲しい。それを見ながらミーティングしょう。トーキーとターキーが、ダンプカー運転手の身元を洗っている。ファイター、国男の周辺に、運転手と繋がりがある者がいないか、情報を集めて欲しい]と指示した。ファイターから[了、お前も気をつけろ]意気消沈の声が返って来る。
西浜総合病院の正面玄関に到着し、助手席から降りて建物に入りながら、不審者がいないか探る。受け付けカウンター前に、水色の5人掛けビニール長椅子が、縦に5列、横に4列、整然と設置してあった。
カウンター正面の長椅子に60代、男1人、その2つ後ろの長椅子に、子供3、女1、30代前半、その長椅子から右隣りに2列、前から4つ目の長椅子に、20代、女2人座っていた。大人は4人が4人とも視線をスマホに落とし、僕を気にする人は誰もいない。さりげなく見回した視線の先に、キャップ帽があった。
忘れ物ボードに、赤色の画鋲で留めてあるジップロックを手に取り、取り出したヤンキースのキャップ帽を深くかぶる。エレベーターホールと受け付けカウンターの間にある院内案内図の前に行き、図面を頭に入れてER第1オペ室に向かう。
オペ室へと続く通路の手前で、仁王立ちしている富士子を発見した。
足がパタリと止まる。富士子の佇まいは異様だった。通路の端に寄ってキャップ帽の奥から富士子の顔を見た。顔色は真っ青を通り越して、白く、能面のように表情がない。目の焦点は合っておらず、下唇を前歯で強く噛んでいた。噛む力は強く、噛み切ってしまうのではないかと思うほどだった。
駆け寄って前歯の下から、唇を出してやりたくなる。ポニーテールから逸れた2筋の髪は、汗に濡れ、額に張り付いている。冷たい汗に違いない。
自責の怒りで、僕の視界が赤く染まる。
富士子は微動だにしない。呼吸してるのか。「すまない」と囁いた。右手は拳を作り始め、握りしめた手が震えだす。クソ。時は無常だ、ただ、刻むだけ。誰も助けようとはしない。時は時を過去にするだけで、僕は無意味に生きている。クソッタレが!!!
背後からチャンスが現れ、左横に立ったチャンスは僕の横顔を見るや、ピクリと肩を撥ね上げた。チャンスを見る。
チャンスの喉がゴクリと鳴る。その上下した喉仏に、要が視線を落とす。こういう目をした時のイエーガーは、危ないと学んでいるチャンスは、喉元を動かさないように気を払いながら「屋上から、周辺建物を確認しました。異常なかったです」と伝えた。「了解した」と返して富士子に視線を戻した。
そして[送る。イエーガー。総員に告ぐ。明日、西浜医師に事情を打ち明け、国男が使用する病室に盗聴器、監視カメラを仕掛ける。近くの病室をこちらで借り受け、監視拠点とする。システム管理はトーキーがあたれ。国男の病室前に警備員をおく。担当はファイター、チャンスとする。フレミング、父上に警備員の配置について、協力要請を打診してくれ。なお、フレミングは、国男が強襲された場合、回避行動に同行できるよう終日、監視病室での待機とする。ファイター、これからチャンスをmapに戻す。明日の設置機器、戦闘装備の準備を整えてほしい。搬入車両はミニで頼む。明日からチームは、二分しての行動となる。総員、伝達事項に不備がないよう心せよ。なお、諸々、揃えたいものがあったら、本陣に要求が通るよう連絡しておく。いいか、敵は姿を現した。これからはもっと、大胆に来るぞ。備えを怠るな、頼んだぞ]覇気とも、怒りとも感じさせる声だった。
その後、要は内耳モニターをOFFして、チャンスに視線を送って注目をさせ、指先を揃えた右手で自分の首を切るような仕草をした。それを見たチャンスは、内耳モニターをOFFにする。
向き合い「チャンス、ローバーの助手席の下にある赤いジュラルミンケースを、トーキーとターキーに極秘で渡し、開ける事が出来るか、否か、調べるように伝えてくれ。いいか、この件はまだ本陣も知らない。敵が欲しがっていたジュラルミンケースだ。他言するな。トーキーとターキーにもそう伝えてくれ。それから今夜の事故現場で、ローバーが目撃されている可能性がある。ナンバープレートを控えと取り替え、鹿よけパネルを外して欲しい。尾行されてないか気を引き締めて、mapに帰投しろ。行け」と言うと、チャンスは小声ではあったが、ハリのある声で「はい」と返事して身をひるがえす。
その背を見送った要は、ストレッチパンツの左後ろポケットからスマホを取り出し、手のひらの上でクルリと回して、本陣を通さず、直でコロンブスに暗号打電を打ち始めた。
“国男の病室近くに監視ポイントをおきます。装備等々、アルファーから本陣へ打診が入るかもしれません。要請内容をできる限り、ご承諾願いたく、打電いたしました。宜しくお願い致します。イエーガー“
送信してスマホをポケットに戻すや、富士子に視線を移すと、富士子がゆらゆらと揺れていた。“ 倒れる“ そう思って大きく一歩ふみ出すが、左肘を掴まれて引き留められた。
一気に振り返る。
青く、鋭い要の視線に、肘を掴んでいた宗弥の右手が緩む。「要」静かな声で宗弥は呼び掛け、「落ち着け」とつぶやく。宗弥を見たまま要は「僕は落ち着いている」と平坦に言い、宗弥は要の肘から手を離した。
視線を富士子に向けた要は、立っていると確認して安心しつつ「宗弥、疲れた顔をしている。大丈夫か?」と聞く。「さすがにちょっときてる。俺は勝手なもんだ。身内の危機だと任務だとは認識しない」宗弥は独り言のようにつぶやいた。
宗弥に苦悩を見た要は、被っていたキャップ帽を差し出し「お前は今作戦の最後の砦だ。富士子さんの周辺人物に、まだバレる訳にはいかない。かぶれ」あえて口元をほころばせてそう言う。キャップ帽を受け取った宗弥はロゴを見て「ヤンキースか、俺の好みだ」かすかな笑みを疲れの滲む顔に浮かべて、キャップ帽を深く被った。
2人の背後からバタバタと足音が聞こえ、要と宗弥はふり返る。写真で見知っている浮子と、宗弥の父・樽太郎が足早に歩いて来るのが見え、要は顔を背す。要と宗弥の左横を、浮子と樽太郎がせわしく通りすぎて行く。
樽太郎はすれ違いざまに、要と視線を合わせ、その眼差しを左隣に移した。帽子の男が息子だと気づき、瞬きを大きく1度して立ち止まりかけたが、迷ったのも一瞬で、樽太郎は再び足を早めた。それを見た要はえっ!どういう事だ?と惑い、宗弥に視線を走らせたが、宗弥は平然としていた。男親との経験値がない要でも不可思議に思う。
要と宗弥は3人から離れた場所に移動して見守る。富士子は浮子に「お嬢様」と数回、問いかけられるが茫然として無反応だ。
要は顔を俯かせ、踏み出さないように両足を踏ん張り、苛立って、右手で髪を2度後ろにすくが、イライラを募らせただけの行為でしかなく、立てた指先で頭皮をガリガリと掻くが、腹立たしさが増しただけで思い通りにはならない。
浮子が「とにかく座りましょう」と富士子をうながし、要と宗弥は素知らぬ表情を顔に貼りつけ、すれ違う富士子、浮子、樽太郎をやり過ごす。
樽太郎が、宗弥をチラリと見た。
要は俯いたまま目だけを上げ、富士子の顔を見る。透き通るように青い顔はもはや、生きているようには見えず、荘厳を醸し出す観音菩薩像のようだった。クソ、富士子は今ここにいない。要は焦る。
富士子が過ぎ去った後には、富士子の発した体臭が残り、研ぎ澄まされた要の嗅覚は、その香りを敏感にとらえた。
ちきしょう!なんて官能的なんだ。
★
要と宗弥は柱の影から、椅子に座った3人の、富士子、浮子、樽太郎の背中を見ている。
富士子の横顔を見た要は、その瞳には今、何も写っていないだろうと察する。口の中に金属の味が広がる。知らず知らずの内に要は、下唇の内側を噛み切っていた。
要の左隣に立つ宗弥が「要、内耳モニターOFFってないか?mapに到着したチャンスが、お前に呼び掛けてるぞ」と言ったのを聞いて、要は内心でハッとする。ONにし忘れていた。初歩の初歩を忘れていた。自分を殺してやりたくなる。
口の中に溜まった血溜まりを飲み下して、内耳モニターをONにするや[送る。イエーガー。チャンス。すまない、なんだ?]と入れ、[送る。チャンス。イエーガー。完了しました]との報告に、[了]とだけ応えた要の顔を、伺うように見ている宗弥に、要は「ローバーのナンバープレート交換を頼んだ」と伝えた。
赤いジュラケースの件は伏せる。
宗弥はジュラルミンケースが車内にあったと知れば、是が非でも中身を知ろうとするだろう。なぜならジュラルミンの中身が、液体デイバイスの資料であれば国男は逮捕され、本陣で聴取されるからだ。宗弥はそうならないよう秘密裏に手を打つ。本陣が宗弥の工作に気づかない訳がない。アルファーも然り、結局、糾弾は宗弥にも及ぶ。
浮子は根気強く富士子に話しかけ、指先が内側に傾斜した手のひらを、富士子の背中にあて、上下にゆっくりとした調子で撫で始め、富士子の背から硬直が溶けていく。
宗弥はその背中を見て、安堵したように大きく息を吐き「オペ室の様子を見て来る」と言って立ち去った。
富士子との間を、1席空けて座った樽太郎が、富士子に水のペットボトルを差し出し、富士子はその水をコクコクと、数回に分けて飲み干し、ポニーテールを結び直して樽太郎に膝を向け、話し始めた樽太郎を食い入るような目つきで見ていた。その目には、正気が戻っていた。
その目を見て要はやっと安堵できた。身震いが1つ走る。1番近い椅子に腰を下ろしてスマホを取り出す。目の端に富士子の背を捉えながら、メッセージを打つ。
”ファイター、病室に持ち込む装備に、重火器は入れるか?どう思う?”と。
“いらない” と返信がきて。
“そうだな。過激だな。すまん”と打ち返す。
すぐに、返信が着信する。
“ 謝るな。俺もそうだ。そっちはどうだ?”と。
要は“ 異常なし” と返した。
ハッと気づく、樽太郎は息子の、宗弥の仕事を知っている、と。




