要編 25 恐れ
シーン25 恐れ
富士子を自宅に送り届けた後、ファイターの帰りを待つ間、宗弥を車内に残して自宅周辺の見回りに出た要は、裏通りにレクサスが停まっているのを見つける。
サラマンダーはいつ寝てるんだ⁈ そう思いながら、レクサスの横を通りぬけた一瞬、見上げたサラマンダーの怨念の修羅の目と視線が合った。黙礼する。今のサラマンダーはうだつの上がらないおっさんサラリーマンでも、高速で見た気のいい好青年でもなく、珍しく黒のワイシャツに紫のネクタイ姿で荒い目つきも険しい、あちら側の人に見えた。長く路上駐車していても見咎められないだろうが、逆に通報されかねない。・・・どうして、あんな格好してる⁈この後、誰と会うのか⁈ベータの影は見えても、その目的は見当も付かない・・・。大体、なぜ、富士子の周辺をうろつく。コロンブスの指示か、サラマンダーの独断か。知らされていない、何かが、裏か表で進行中ということか・・クソ!作戦はアルファーに移行されたはずだ。
トーキーとファイターに交代して、宗弥とmapに戻った要は金庫室に直行する。金庫室に入りながら上着を脱いで、中央テーブルの上におき、内ポケットからスマホを出してPC機器の前に座るターキーに差し出す。ターキーはスマホから視線を上げてキョトンとした。その顔を見て、ああ、そうだった説明していなかったと要は気づく。
「このスマホに盾石本社ビル、自宅の見取り図、日本地図をインストールして、24時間、富士子が何処にいるか、確認できるようにしてくれないか」スラリと出た。
受け取ったターキーは、不思議なものでも見るかのような目つきで「了解しました。富士子さんの発信器信号を、常にTVモニターにも出しておきましょうか?」と僕に聞く。「ああ。そうしてくれ」と応えた。ターキーはなおも、僕の顔を見ている。その視線から逃れたくなって「どうした?」とわざと聞く。
「いえ。何でもありません」と答えたターキーは、イエーガーはいつもこんなに対象者にこだわるのだろうかと思いつつ、スマホを有線でPCに繋いで作業を始めた。ターキーの態度に、僕の行動は不自然なものだったのかと、今になって考える。
鼓動が胸を打ち、気付く。富士子を24時間、僕は自分の支配下に置きたかったのだと。身体の芯が熱くなる。欲望が衝動を引き起こし、その願望を抑えられなかったのだ。らしくない思考に内心でクソ!と毒づく。
白板の裏からパイプ椅子を取り出して、ガンラックを背にした椅子に腰掛け、足元に視線を落として任務のためだと顔に張り付けて貫く。だが、心は落ち着かず、ジリジリと焼けた。TVモニターを見たいという願望も湧いてくる。気配を感じて出入り口に目だけを送り、誰なのかとその足元を見た。宗弥のスニーカーだった。
宗弥は要の横顔を、ジッと見ていた。
いつからそこに居たと思いながら要は顔を上げ、自分の顔を見た要の表情に宗弥はわずかに目を見開くが、何もなかったようにその眼差しをターキーに向け「ターキー、寺での報告書を送信した。日報、書く時使ってくれ」と言って店内に戻った。
宗弥の背を見送ってうつむく。監視するのに必要だったと説明しようかとも思うが、自分の女々しさを披露するような気がしてやめた。それにトーキーとターキーが富士子を四六時中監視しているだろうと、宗弥に言われてしまえばoutだ。僕の言い訳は崩壊する。いらぬ墓穴は掘りたくはない。
往生際悪く、それでもTVモニターを見上げ、ぼんやりと眺めていたTVモニターに、富士子の自宅見取り図が展開されて目を凝らす。
富士子の位置をグリーンの信号点滅が教える。キッチンをウロウロとした後、アイランドテーブルの付近で止まった。食事かと、きちんと食事を摂っていると知って安心する。
そういえば、食事をとっていない。ターキーは夢中で作業している・・となると、食事の準備をするのは自分だなと思った要は椅子から立ち上がった。
店内に、宗弥の姿はなく。
冷凍庫に5枚あったはずの冷凍ピザが2枚しかない。その2枚を取り出して1枚を電子レンジに入れ、加熱ボタンを押して店内を見回す。オブジェ風に置いてあった赤いバイクがなくなっていた。[送る。イエーガー。フレミング、どこだ?]と内耳モニターに入れ、すぐに、風を切るノイズがのる返信が返ってきた。
[ファイターとトーキーに、ピザの出前だ]、[了。ありがとう]と返して気の回らない己を呪う。
宗弥の外出にも気づかなかった。注意力の欠如をなおも呪う。
バイクがないのに、やっと今、気づいた自分の鈍感さをさらに呪う。
平時ならまだしもと呪いが吹き上がる。クソ!!ヘカテーはいつも笑ってる。美しく。
電子レンジが鳴った。食器棚から大皿を取り出して電子レンジの扉を開け、指先でピザの端を摘んで皿の上に滑らせた。思っていたよりも熱く、火傷した。「クソ!!」全開で声にする。
指先をもう一枚の冷凍ピザに押し付けながら「ターキー、ピザができた。飯にしよう。飲み物は何がいい?」と声を張る。
「コカコーラ0をお願いします」と返って、指先を冷やしていた冷凍ピザを電子レンジにセットし、飲み物専用冷蔵庫から0の小瓶を2本取り出して栓を抜き、大きく一口飲んだ。喉はスッキリしたが、胸のつかえは居座ったままだった。不快は不安を誘い、不安は判断を鈍らせ、鈍化は見極めを誤まる。そうなれば任務遂行に支障を来して、チームを危険に晒す。
辿り着いた思考は恐れとなって、心にニョキリと輪郭を表した。取り返しのつかないしくじりを、僕は犯すのではないか・・そう危惧を抱く。
店内に入って来たターキーは要の佇まいを見て、風に煽られれば脆く舞い散る桜花のようだと思う。「どうしました?何を罵っていたんです?」と聞いてみる。顔を上げ「ピザを取り出す時に、火傷した」不機嫌な声色の答えに、ターキーは「ほんと、イエーガーが食事の準備すると何かが起こりますね。ファイターがあなたに、何もさせない理由がわかってきました」笑顔を絶やさず返して様子をみる。
ニヤリと笑った要に、ターキーはアルファーチーム長は、噂通りのイケイケだけではないようだと思う。




