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いつか見たユメ  作者: 酸味の強い柑橘さまに乗せられた一同
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いつか見たユメ【挿し絵あり】

 それからまた数年が経ったある日、優人は高校の同窓会に来ていた。

 今年は高校の創立五十周年とかで、大々的にOB会が開かれたのだ。


 葉書が来たときは、行くつもりはなかった。だが幹事の一人である風太の熱心な誘いに折れた。


 地元のホテルの一室を借りての同窓会会場には、思ったよりも出席者が多かった。


「よお、久しぶりだな。元気してたか」

 優人の姿を認めるなり、片手を上げて人懐っこい笑みで迎えたのは風太だ。


「ああ、ぼちぼちやってるよ。風太は変わってないな」

 風太の上げた片手に、優人の手が重なってバチンと音を立てた。それだけで一気にあの頃に戻った気分になる。


「お久しぶり、佐々木くん」

 風太の隣でふわりと微笑むのは、友梨佳だった。化粧をしてワンピースにジャケットを羽織った友梨佳は、ちょこちょこと動いていた昔よりずっと落ち着いて見えた。


「久しぶり。衣笠さん……いや、もうすぐ木村さんだったね」

「うん……そう、そうよね」

 優人の言葉に友梨佳が頬を赤らめる。頬に手をやって恥ずかしそうに、でも嬉しそうに隣の風太を見上げた。


 二人は来月に結婚式を控えている。


 二か月前、仕事から疲れて戻り、郵便受けに届いた葉書や封書。その中に二人の結婚式への招待状を認めた時、優人の顔は自然にほころんだ。

 手を繋ぐだけで精一杯だった、風太と友梨佳。その二人のめでたいゴールインが純粋に嬉しかった。

 同時にあのクリスマスの夜の二人を思い出して、忘れかけていた疼きが胸によみがえる。


 ここに来たのは風太に説得されたからだけではなかった。


 人妻になった琴美も、同窓会にくるのだろうか。


 琴美に会いたい。会って話をしたい。

 琴美の口から直接結婚したことを聞くことで、自分の気持ちにケリをつけたかった。


 自分以外の人のものになったことを再確認して、今度こそ思い出にしてしまって前に進もう。そんな自分勝手な思惑だったのだ。


「おめでとう、二人とも」

「ありがとう」

「おう、本当にサンキューな。優人がいなかったら俺、友梨佳とこうしていられなかったかもしれない」

「僕だけの力じゃないだろ。二人の力と……菊池さんがいたから」


 少し迷って琴美の旧姓を口にした。あの頃も琴美のことをずっと苗字で呼んでいたし、結婚してからの姓を知らない。同窓会に出席している女性たちの名札は、全て旧姓で作成されているから、旧姓でかまわない筈だ。


 琴美の名前を聞いた時、風太と友梨佳の表情がかげった。

「佐々木くん、その、琴美は……」

 友梨佳が伏せた目を迷うように泳がせてから、歯切れ悪く何かを言いかける。


「本日はお忙しい中皆さんにお集まりいただき、誠にありがとうございます」


 その時、幹事の挨拶が始まり、友理佳の言葉は中断された。

 懐かしさに会話が弾んでいた会場内が、一時的にしんと静かになる。


 風太は準備があるからと、優人に告げて足早に去っていった。代表ではないものの、風太も幹事の一人だから何かと忙しい。友理佳も他の同級生に話しかけられ、優人から離れる。


 友梨佳の言いかけたことの続きが気になった。

 もしかして、と優人は思う。琴美が結婚したことが伝えづらかったのかもしれない。

 あの頃の優人と琴美は、告白もしていなかったし付き合ってもいなかったが、自惚れでなければ好き合っていた。少なくとも優人は琴美が好きだった。友梨佳はそれを知っているから、琴美の結婚を言い淀んだのだろう。


 幹事の後は恩師の挨拶が続き、花束が贈られる。


「先生も年をとったな」

 ぼそっと隣の同級生がささやいた。


 花束を受け取る当時の担任は、あの頃よりも太り頭は薄くなっていた。

 次に花束を受け取っている他のクラスの担任は、反対に痩せていた。スーツから覗く手足にはしわが刻まれている。


「お互い様さ。僕らだって年を取ったんだから」

 優人は苦笑しつつ、持っているグラスを揺らした。小さな気泡を内包したシャンパンが揺れる。


 中年だった先生は初老になっている。高校生だった優人たちはこうして酒をたしなみ、それぞれが社会人なって家庭を持つなりしている。

 月日の流れは、個人差はあっても皆それぞれに現れていた。


 優人は会場内に視線を何度も走らせる。けれど琴美の姿は見当たらなかった。

 遅れてくるのか、そもそも来ないのだろうか。


「乾杯!」

「乾杯!」

 グラスをかかげて乾杯の挨拶をすると、歓談が再開される。


 失望と安堵の両方を抱え、優人はグラスを傾けた。友梨佳は向こうの女性陣の輪に加わって談笑している。風太は会場に設置されたプロジェクターをいじっていた。

 しばらくすると、会場のスクリーンに当時の写真のスライドショーが映し出された。それを肴にあちこちで会話が盛り上がった。


 優人も同級生たちと当たり障りのない世間話をしていく。


 次々と流されていくスライドショーには、優人も映っていた。もちろん、琴美もだ。それを懐かしく眺めながら、優人は会場に用意された料理と酒を取りに行った。


 料理の並んだテーブルには、同じように皿へ料理を取る女性が二人。優人の記憶が確かなら、友梨佳とは別の琴美の友人たちだ。


「菊池さん、笑ってるわね」

 一人がスライドショーを見て、目を細めた。それにもう一人が頷く。


「まさかあんなことになるなんて、この頃は思わなかったものね」

 あんなこと、と言う口調に湿っぽいものを感じて、優人の胸が騒いだ。


「琴美、結婚して幸せになったばかりだったのに。まさか亡くなってしまうなんて」


 亡くなった。


 その言葉を耳にした途端、ざあっと血の気が引いた。料理をよそおうとしていた手が震える。なんとか取り皿を置き、酒を選ぶふりをして耳を澄ませた。


「新婚旅行の帰りの飛行機事故、だったよね」

「二人とも即死だったんでしょう?」

「運が悪いとしか言いようがないよ」


 新婚旅行の帰り。

 飛行機事故。

 運が悪かった。


 この三つがわんわんと頭の中を駆け巡った。口の中がカラカラに乾いて、優人は側のグラスを掴んで一気にあおる。冷たくなった手足はそれだけの酒では温まらなかった。

 流し込まれたワインでは足りずに、もう一つ手に取ってまたぐいと流し込む。アルコールを含んだ液体が流れていく喉と食道、胃だけがカッと熱くなるのに、体は冷えたままだった。


 そこへプロジェクターをセットし終えた風太が料理を取りにきた。

「おい、どうした優人。顔色が悪いぞ」

 風太は優人の顔を見るなり、皿を取るのをやめて心配そうにのぞき込んできた。


「ごめん、ちょっと気分が悪くなった。帰らせてもらうよ」

「大丈夫か。ホテルに言ってタクシーでも……」

「大丈夫」

 風太の言葉を優人は片手を上げてさえぎった。

 タクシーを待つなんて出来そうもない。早くここを立ち去りたかった。でないとどうにかなりそうだった。


「酔っただけだから、夜風にあたって少し休んだら治る」

 無理矢理に作った笑顔を風太に向けると、優人は会場の入り口へ向かった。


「酔っただけってお前……おい、優人!」

 風太の制止を振り切って、優人は会場を後にした。ちょうど同じ階に止まっていたらしく、ボタンを押してすぐに開いたエレベーターへ倒れ込むように乗り込んだ。


 壁に体重を預け、一階につくまでの短い時間。最後に見た彼女の姿が胸によみがえる。

 結婚式で幸せそうに笑っていた君。

 あのまま幸せに暮らしているのだと思っていたのに。


 ふらふらとホテルを出て、空を見上げる。今目の前に広がっている夜空は漆黒で、そこここに星々が明るく瞬いていた。


 あの時告白していたら、何か変わっていたのだろうか。


 イルミネーションの灯りに負けそうだったあの日の星空。そこに映し出された、起きたまま見たユメ。

 あの日の続きが見えていただろうか。


 優人の手がベールを払い、琴美の顔があらわになる。伏せていた目を上げて琴美が微笑む。幸せそうに。待ち望んでいたように。

 琴美の望み通り、優人がキスをする。誓いのキスを。

 唇が離れると、花が咲いたように笑う琴美。

 聞こえるはずのない鐘の音が二人を祝福する。


 それは、いつか見たユメ。


 二度と現実にならないユメを前にして、優人は思う。


 僕らは一体いつ惹かれて、

 いつ離れていったのだろう。


 あの別れよりも辛い事があるなんて、

 あの時の僕には、

 知るよしもなかった。


 いつか見たユメは、あまりにも美しく、鮮烈で。

 胸に刻まれ、消えることはないだろう。


 一生。

 呪いのように。


挿絵(By みてみん)

この小説を執筆する機会を下さった、なななんさま、山之上舞花さま、檸檬 絵郎さまへ、深い感謝を。


遥彼方

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