第五話 強さ(後編)
こんにちは。作者の「野生の書生」です。
前回の第四話で、レオンとクロエによる、道中で出会った少年ヒロの特訓が始まるところまでを書かせていただきました。
引き続き、第五話をお読みいただけたら幸いです。
本作はいじめや暴力の描写を含みますので、苦手な方はご注意してください。
主人公が理不尽な暴力や、過去のトラウマと闘いながら成長していく物語なので、お付き合いいただければ幸いです。
この物語はフィクションです。登場人物・団体および地名等における名前や設定はAIと相談しながら決定しています。実在の人物・団体・地名等は一切関係ありませんので、ご容赦ください。
俺とクロエによる”ヒロ君特訓計画”は、一筋縄ではいかなかった。
改めて鑑定してみたところ、ヒロの適性は土魔法だった。俺は火魔法に適性があり、クロエは水魔法だった。だが、魔法を発現させる段階では、どの魔法でも基本的な要素は変わらない。
ヒロの年齢なら、小石を射出する魔法や、砂煙を起こす魔法は使えるはずだった。
ところがヒロが何度詠唱しても、小石も砂煙も、ヒロの前に現れることはなかった。
——ヒロは今にも泣きだしそうな目をしていた。
俺はどうしたものかと考えた。俺が魔法を覚えていったとき、ルミナの指導はあったものの高校二年生の体で転生したからか、魔法を発現させることそのものには大した努力は不要だった。
クロエも心配そうな顔をして俺とヒロを交互に見ていた。
自分でヒロの特訓を買って出たものの、最初の一歩目から俺はつまずいた格好だった。
その時、突然クロエに向かって一匹の野犬が物陰からとびかかってきた。
クロエは驚いてその場でしりもちをついた。
俺はとっさに、小威力の火魔法を放って、野犬を追い払った。
「クロエ。大丈夫か?」
俺はクロエの側に駆け寄っていった。
「うん。わたしは大丈夫......。でも、あれ。」
クロエはヒロの方を指さした。
「わたしが襲われたとき、あの子、わたしを助けようとしていた。そしたら、確かに小さいけどあの子の手から小石が......。」
俺はヒロの方に歩いていき、ヒロの足元周辺に目を凝らした。ヒロの足元には小さな、本当に小さな、魔法で生成された小石が転がっていた。
——これは手掛かりになるかもしれない。勝機が見えたことで、俺もヒロも特訓を再開していた。
だが、その後は何度試してもそれ以上、小石を生成することはできなかった。
◇
その日の宿。俺とクロエは昼間の出来事を思い出していた。
「あの子、わたしを助けようとしたときにだけ、少しだけど魔法が使えていたよね。」
クロエは俺に言った。
「ああ。だけど魔法は本来、使う側の自由なタイミングで使えるはずなんだけどな.......。」
俺は必死に考えた。
ある作戦が思い浮かぶ。
だけどこれは...........。
「クロエ。一つ作戦があるんだけど、協力してくれるか?」
俺は提案してみた。
クロエは俺の説明をゆっくりと聞いていた。
「わかった。やってみる。」
クロエはうなずきながらそう言った。
俺はまだ迷っていた。
このやり方で本当にヒロが救われるのか。
もしかしたら俺自身がヒロにとっての“傷”になってしまうのではないか。
——いや、俺ならまだいい。もしもヒロにとってクロエまでが“傷”になってしまったら......。
「レオンが考えたことだもん。信じているよ。」
クロエはそういうとゆっくりと立ち上がって部屋から出ていこうとした。
「おやすみ。レオン。」
「ああ、おやすみ。」
クロエが出ていった後の部屋で、俺は自問した。
「ルミナ様、あなたならどうしていましたか.........。」
卒業生の独白に、恩師が答えを返してくれることはなかった。
◇
翌日、午前中の特訓を終えて自宅に帰ったヒロは、泣きながら俺たちのところに戻ってきた。
「お母さんへのプレゼントが........。」
ヒロはくしゃくしゃにした顔を上げて、俺たちに訴えてきた。
「落ち着いて。なにがあったのかゆっくりでいいから教えて。」
クロエがしゃがんで、ヒロと目線を合わせてから言った。
「家に帰ったら、箱がひっくり返っていて.......。中が無くなっていた........。」
ヒロは消え入りそうな声でそう言った。
「クロエ。探すぞ。」
俺は一も二もなく言った。
「わかったわ。ヒロ君、歩ける?」
「うん.........。」
俺たちは午後の特訓を中止して、消えた額縁を探して走り出した。
◇
捜索開始から一時間後、畑の真ん中でそれは見つかった。
俺は畑の外のあぜ道から、それを指さした。
「あれだっ!」
俺は叫んだ。
「僕の!お母さんへのプレゼント!」
ヒロも駆け寄ってきて叫んでいた。
「よりにもよってあんなところに..............。」
クロエは言った。
押し花で飾られた小さな額縁。それは今や畑の真ん中に無造作に置かれていた。
普通なら拾いに行けばいい。
だが問題は、畑が今まさにスライムの群れに荒らされていたことだった。
「なんてこった......。これじゃ俺の火魔法じゃ作物ごと焼き払ってしまう.......。」
「わたしの水魔法でも、作物を腐らせてしまうわ。ヒロくん。あなたがあれを守るのよ。」
この状況では、スライムを撃退できるのはヒロの土魔法のみ——。
「ええっ。無理だよ。そんなの.........。」
ヒロはこの世の終わりのような表情で言った。
スライムは植物を溶かす。
もしもスライムが額縁に触れたら、ヒロが用意した押し花も、もしかしたら額縁自体も失われてしまうかもしれない。
スライムの一体が額縁に迫っていったのは、まさにその瞬間だった。
「ヒロ!急げ!」
俺は叫んだ。
ヒロは手のひらを額縁に向ける。
必死に小石を飛ばそうとするがその手からは何も出てこない。
——今だ。
俺は畑の真ん中に躍り出る。スライムを蹴り飛ばして、額縁を拾い上げた。
ヒロはほっとした顔になった。——だが、これでは解決にならない。
「やばいっ。足くじいた!」
俺は畑のど真ん中で、ものの見事に転んで見せた。
俺は仰向けになり、額縁をもった手を空に向けて高々と掲げる。
俺の周りにスライムの群れが這い上がってきた。
「はやく.......しろ、ヒロ。お前の大切な.........、宝物なんだろう。なら、お前自身の、お前の意志と力で守り抜け!」
スライムの群れにたかられながら、俺はヒロに向かって訴えた。
「うわあぁぁぁぁ!」
ヒロが叫んだ。
その瞬間、彼の手のひらから小石の弾丸が発射された。
小石の弾丸は俺の腕に絡みついたスライムを弾き飛ばした。
——俺の腕を巻き込んで。
「よくやった!続けろ、ヒロ!お前の力で、お前の宝を取り戻せ!」
腕の痛みをこらえて、俺は叫んでいた。
ヒロは土魔法を連発し、畑に居座るスライムを次々と撃破していった。
——まあ、実をいうと俺の防御魔法で押しやったスライムもいたのだが。
——それはこの際どうでもいいか。
◇
畑からスライムが駆逐されると、クロエは俺のそばに寄ってきて、腕の傷を確認し始めた。
ヒロは土魔法が使えた喜びと同時に、俺の腕を傷つけてしまったことに申し訳なさを感じているようだった。だが、ここでそれがトラウマになってしまってはかなわない。
俺は腕を振り回し、問題ないことを伝えると、
「俺なら大丈夫だ。それより、ほら。お前が守った、お前の宝物だ。」
俺は額縁をヒロに渡した。
「うん。ありがとう!」
ヒロは涙ぐみながらも、満面の笑顔で答えた。
「うおおおおお!」
突然背後から歓声が上がった。
「よくやったぞ!坊主っ!」
「ありがとう。うちの野菜を守ってくれて。」
畑の持ち主の夫婦がヒロの頭をなでながら、ヒロへの感謝を伝える。
予期せぬ活躍ではあったが、ヒロの表情には誇らしさが宿っていた。
——そうだ。それでいい。手にした力はだれかを守るために使え。
畑を守った”英雄”となったヒロに向けて、俺はクロエと一緒に拍手を送っていた。
◇
「作戦。うまくいったね。」
ヒロと別れた後、クロエが俺にそっと耳打ちする。
「いや。最後はヒロの力だ。ヒロ自身の意志があいつの宝物と、あの畑を守ったんだよ。」
俺は正直に答えたつもりだ。
——作戦決行の朝、俺はヒロの家に行き、ヒロが出ていくと、俺は入れ替わりに母親に協力を頼んだ。もちろんプレゼントのことは当日まで秘密だろうから、詳細は伝えなかったが。
ヒロの部屋に入り額縁を拝借すると、絶対に傷つけないように何重にも防御魔法をかけておいた。
そのうえで、スライムの被害に悩んでいる農家の夫婦に協力を依頼して、額縁を畑の真ん中に置かせてもらった——。
と、まあこんな具合だ。
俺は宿に着くと、腕の傷の具合を改めて確認した。
クロエはヒロの家から包帯を分けてもらい、俺の傷の手当てを始める。
傷は深くはなかったが、ルミナ仕込みの俺の肉体に傷をつけるほどの魔力量だ。
きっと数年後にはこの村有数のエースとなるだろう。
「あんまり無茶しないでよね。レオン。それじゃあ、おやすみ。」
クロエは自分の部屋に帰っていく。
「ありがとうな。クロエ。」
俺は無意識に言っていた。
「え............。」
クロエは俺を振り返る。
「いや。俺の作戦に付き合ってくれたから。もしどこかで失敗していたら、ヒロがもっと傷つくことになったかもしれないし...........。それにもしも、クロエがヒロから嫌われるようなことになったら.......。」
俺は一息にしゃべっていた。
クロエはクスッと笑うと、
「心配しすぎ。レオンなら大丈夫だよ。」
そう言って、今度こそ部屋を出ていった。
いたずらっぽい笑顔。
——でも俺はそこに「稲木凛花」の面影は感じなかった。
「ルミナ様。俺、誰かの居場所を守れていますか?」
ベッドに仰向けになり、今度は空に向かって問うてみたが、もちろん何の返事もなかった。
◇
翌日、俺とクロエとヒロは、最後の魔法の特訓を行っていた。
ヒロの土魔法による小石の弾丸は、最初こそ狙いがうまく定まらなかったが、何度も繰り返していくうちに、命中精度も威力も上がっていった。
——もう大丈夫だろう。俺はクロエに目配せすると、クロエもゆっくりとうなずいた。
「じゃあ、俺たちはそろそろここを出発するから。」
「バイバイだね。ヒロくん。」
そう告げると、ヒロは再び泣きそうな顔になった。
俺はしゃがんでヒロに目線を合わせると、
「そんな顔をするな。お前はもう『魔力なし』なんかじゃないんだ。これからはその力で、お前の居場所を、お前の力で精いっぱい守っていけ。」
ほとんどルミナの受け売りだったが、ヒロは涙をぬぐい
「うん!」
と笑顔を見せた。
するとヒロは何かを思い出したように、持ってきた小さな鞄から一枚の紙を取り出した。
俺はそれを受け取って息をのんだ。
紙に描かれていたのは俺とクロエが並んで立つ絵——いや、これはもはや写真だ。
「ヒロくん、これどうやって..........。」
クロエも驚いてヒロに聞いた。
「僕のお母さんの力。”念写”っていうらしいんだけど.......。二人にお礼がしたいって頼んだら作ってくれたんだ!」
屈託のない笑顔でヒロが言う。
俺は同時に、ヒロがどうして写真のない世界で写真立てのような額縁を用意していたのか理解した。
「明日はいよいよ、お母さんの誕生日だな。お母さんきっと喜ぶぞ。」
俺はそういうとヒロの頭をくしゃくしゃとなでて、クロエに目配せした。
「それじゃヒロ。元気でな。」
「またね、ヒロくん。」
「うん。ありがとう!」
ヒロは俺たちの姿が見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。
◇
再び王都に向けて歩き出した俺たちだが、クロエはさっきから何度も写真——もとい”念写”を見ては、頬を緩めていた。
「何度見ても絵は変わらないぞ。クロエ。」
俺はわざと不愛想に言った。
「だってレオンと並んで立っているんだもん。あのお母さん、すっごいいい仕事してくれたよね!」
クロエはまた念写を嬉しそうに眺め始めた。
「それにほら。」
クロエは俺に念写を差し出した。
さっきは気付かなかったが、念写の裏側には文字が書かれていた。俺は念写を受け取ってそれを読む。
『ぼくのえいゆうたち』
あまりにも簡単な文字。でも俺にとっては何よりの報酬だった。
「クロエ。この念写、俺にくれないか。」
俺は言ってみた。
「やだ!これは絶対わたしが持っておくの!」
クロエは笑顔で念写を俺の手から取り返すと、自分のポーチに大事そうにしまっていた。
第五話も読んでいただき、ありがとうございました。
レオンとクロエによる”ヒロ君特訓編”はこれにて無事に終了しました。
作者がこだわりたかったのは、ヒロには”力による強さ”とともに、”何かを守る優しさ”をレオンから学ぶ描写が欲しいと思ったことです。ただ、それを言葉にして伝えるだけではレオンの押し付けのように映ってしまうのではないかと思い、「畑を守る」という、額縁の救出とは別の結果を用意してみました。
さて、再び王都への道に復帰したレオンとクロエですが、彼らはこの先どうなるのでしょうか。
第六話に入る前に、次回は再び「幕間」(第五話⇔第六話)を挟みます。
「幕間」は2026年9月19日21時10分、「第六話」は2026年9月20日10時10分に公開予定です。




