第8話 千鳥川の舟運と、大都会・江都の威容
いつもお読みいただき本当にありがとうございます! 飛鳥創です。
第1章(緑川村編)を温かく見守っていただき感謝申し上げます!
本日より物語は第2章へ突入。舞台はいよいよ、天下の中枢・大都会『江都』へと移ります!
百万人都市を襲う疫病の危機、そして城内にはびこる守旧派の罠に、宗介と沙羅が近代公衆衛生と科学の力で立ち向かいます。
ここからさらに加速する文明開化の軌跡を、ぜひお楽しみください!
千鳥川にかかる巨大な木造橋――日本橋に酷似した『萬代橋』を渡り、馬車は江都城の内濠沿いへと進んだ。
石垣の巨石が幾重にも積み上げられた大手門の周辺には、格式高い大名や幕閣の上屋敷が威風堂々と建ち並んでいる。
その一角、黒漆塗りの長屋門と白壁の塀に囲まれた広大な敷地――東条幕府老中筆頭・西園寺家の上屋敷へ、馬車は滑り込んだ。
「着いたぞ、宗介。我が西園寺家の屋敷じゃ」
馬車を降りた沙羅は、旅装束の袴を払うと、背筋をすっと伸ばした。
門をくぐると、ずらりと並んだ家臣たちが一斉に平伏する。
「沙羅様、お帰りなさいませ! 殿が奥の書院にてお待ちかねでございます!」
「うむ。皆、大儀であった」
沙羅に導かれ、手入れの行き届いた枯山水の日本庭園を望む回廊を進む。
辿り着いた上座の間には、紫色の絹座布団に腰を下ろした、堂々たる体躯の初老の武士が座していた。
白髪交じりの総髪をきっちりと結い上げ、鋭い眼光を放つその男こそ――東条幕府の老中筆頭にして、沙羅の父・西園寺正信(さいおんじ まさのぶ・五十二歳)だった。
「――父上、ただいま戻りましてございます」
沙羅が膝をつき、深々と頭を垂れる。
「うむ、沙羅。無事の帰還、何よりじゃ」
正信の声は、まるで太鼓のように低く重厚だった。
その鋭利な視線が、沙羅の隣に控える宗介へと注がれる。
「……そなたが、娘の文にあった異邦の青年、司馬宗介殿か。相模野の緑川村にて、枯れた川に水を引いて土を甦らせ、悪代官の不正を暴いて退けたと聞き及んでおる」
「初めまして、西園寺様。司馬宗介と申します」
宗介は礼儀正しく一礼した。
正信は腕を組み、宗介の全身を品定めするようにじっと見つめた。
老中筆頭としての圧倒的な威圧感が、部屋の空気を張り詰めさせる。
「単刀直入に問おう、宗介殿。……沙羅から聞いた。そなたの持つ『神の板』には、数千年の知恵が宿っておると。だが、海の向こうから迫るルーディス合衆国の黒船艦隊は、巨大な鉄の装甲と、数百門の大砲を備えておるという。……そなたのその知恵は、まこと、鉄と火薬の暴力からこの瑞穂国を救うことができるのか?」
国家の命運を背負う男の、真剣そのものの問い。
生半可な詭弁や机上の空論など、一瞬で見抜かれる鋭い試問だった。
だが、宗介の瞳には微塵の揺らぎもなかった。
「救えます。ただし――精神論で打ち払う『攘夷』でも、脅しに屈して国を売り渡す『無条件開国』でもありません」
宗介は懐からスマホを取り出し、畳の上に置いた。
画面をタップすると、AIシズクが起動し、淡い青のホログラム光が浮かび上がる。
『マスター、瑞穂国近代化戦略ロードマップ――【プロジェクト・カイカ】の概要を展開します』
画面上に、瑞穂国の地図と、段階的な改革工程が鮮やかなグラフとなって映し出された。
正信が息を呑み、わずかに身を乗り出す。
「西園寺様。現在、瑞穂国と列強諸国の間には、約百年の技術的格差があります。今すぐ正面から戦えば百戦百敗、しかし無条件で開国すれば不平等条約によって富を吸い尽くされ、属国にされます」
「うむ……。まさに父もそれを憂いておるのじゃ」
「だからこそ、戦わずして対等に渡り合うための『三段階の文明開化』を実行します」
宗介は指を一本立てた。
「第一段階は【基盤改革】。緑川村で行った農業改革を全国に広げ、さらに江都の上下水道と公衆衛生を改善して疫病を防ぎ、国力の基礎である『民の命と食糧』を盤石にします」
続けて二本目の指を立てる。
「第二段階は【産業革命】。多賀根山の製鉄所と江都のからくり職人の技を組み合わせ、高圧蒸気機関と工作機械(旋盤)を自作します。さらに長距離の有線電信網を敷き、情報の伝達速度を雷光の如き一瞬の速さに引き上げます」
そして三本目の指を立て、宗介は力強い眼差しで正信を見据えた。
「そして第三段階――【対等外交】です。黒船が湊浦へ来航したその時、我が国は自作の超高圧小型蒸気船を海に浮かべ、即時通信網を披露します。さらに、奴らが振りかざしてくるであろう『異国の掟や条約の理屈』をAIで徹底的に分析し、相手自身の掲げる法や論理を逆手に取って不条理な要求を完全に論破する。……武力で脅しても屈せず、逆に技術と論理で圧倒することで、対等な平和条約を結ばせるのです」
凛と響き渡る宗介の言葉。
感情論ではなく、緻密な計算と工学的論理に裏打ちされた、瑞穂国の生き残る唯一の道。
書院に、長い沈黙が流れた。
やがて――正信の厳格な顔が、ぐっと歪み、次の瞬間。
「――がっはっはっはっ!! 見事じゃ! 実に見事じゃ!!」
屋敷の障子を震わせるほどの豪快な笑い声が、部屋中に響き渡った。
正信はバンッと自らの膝を力強く叩くと、満面の笑みを浮かべて宗介を見つめた。
「恐れ入ったぞ、宗介殿! 城の守旧派どもは『祖法を守れ』と喚くか、『異国が怖い』と怯えるばかり。民を富ませ、自らの手で鉄船を造って対等に渡り合うなどという壮大な絵図を描いた者は、この国に一人もおらんかったわ!」
正信は背筋を正すと、深々と頭を下げた。
「司馬宗介殿。そなたを、東条幕府老中筆頭・西園寺正信直属の『技術御用掛』に任じたい。城内の反対勢力はすべて儂が抑え込む。……そなたの知恵で、この国を新しき夜明けへと導いてくれまいか!」
「喜んで、お引き受けいたします」
宗介もまた、力強く頭を下げた。
その光景を隣で見守っていた沙羅の大きな瞳から、ぽろぽろと大粒の嬉し涙がこぼれ落ちた。
彼女は宗介を振り返ると、月光よりも眩しい、心からの笑顔を咲かせた。
「……よかったの、宗介……! あの日、月夜の縁側で交わした約束が……いま、確かに動き出したのじゃな……!」
「沙羅さんのおかげです。ここからが本当のスタートですね」
二人は見つめ合い、固く頷き合った。
――だが、その夜。
江都城の奥深く、薄暗い一室では、幕府守旧派の筆頭老中・土井大炊頭が、冷たい盃を傾けていた。
「ふん……西園寺の奴、相模野から妙な異邦人を連れ込んできたようだな。『技術御用掛』などと調子に乗らせておくわけにはいかん。……おい、手配いたせ。あの若造を『人心を惑わす妖術師』として、早々に葬り去ってくれるわ」
新時代の幕開けの裏で、旧態依然とした権力者たちの黒い謀略が、静かに蠢き始めていた。
(第1章・完 / 第2章へ続く)
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
「ちょっと面白いな」「続きが気になる」と思っていただけましたら、
ページ下部の【ブックマーク追加】や【評価】をいただけますと、執筆の大きな励みになります!
次回更新もお楽しみに!




