第7話 江都への招聘 〜大都市への旅立ち〜
飛鳥創です。いつもお読みいただきありがとうございます!
悪代官・黒田重蔵が失脚した翌々日の早朝。
緑川村の入り口には、村中の老若男女が総出で集まり、旅立つ宗介と沙羅を取り囲んでいた。
「宗介先生、これ……道中で食べてくだせえ! 先生の肥料のおかげで採れた、初物の焼き芋と蒸かし団子です!」
「先生、うちの爺さんが彫った道中安全のお守りだ。持っていってくれ!」
村人たちが次々と手作りの竹籠や包みを差し出してくる。どれも温かい真心が詰まったものばかりだった。
棟梁の作造が、手ぬぐいで鼻をすすりながら宗介の前に進み出た。
「……先生。たった数日だったが、あんたがこの村に残してくれた水路と肥料の知恵は、孫子の代まで受け継ぐ宝物だ。江都の城下へ行っても、どうか体を大事にしてくだせえよ。もし大工の腕が必要になったら、いつでも呼んでくれ! 野郎どもを引き連れて、地の果てまで飛んでいきますからよ!」
「ありがとうございます、作造さん。皆さんが丹精込めて作った水車と田畑、これからも大切に育ててくださいね」
宗介が深く一礼すると、村人たちから拍手と温かい歓声が沸き起こった。
「――では、参ろうか、宗介」
隣に立つ沙羅が、凛とした声で促す。
今日の彼女は、旅用の動きやすい濃紺の股旅装束に身を包み、腰にはあの神陰流の愛刀を差している。風に揺れる濡れ羽色の黒髪から、ふわりと清涼な白檀の香りが漂った。
西園寺家から差し向けられた二頭立ての頑丈な早馬車に乗り込み、車輪が心地よい砂利の音を立てて街道へと滑り出す。
大きく手を振る作造たちの姿が、朝霧の彼方へと小さくなっていった。
――街道を進む馬車の中。
「宗介、まずはこれを着替えるがよい」
沙羅が風呂敷包みを解き、上質な藍色の木綿小袖と、鼠色の軽やかな羽織袴を差し出してきた。
「いつまでもそなたの故郷の異国衣では、江都の関所や町中で目立ちすぎてしまうからの。妾が名主に頼んで、仕立ての良いものを用意させておいたのじゃ」
「ありがとうございます。助かります」
馬車の中で羽織袴を身にまとい、帯をきゅっと結ぶ。
鏡代わりにスマホのインカメラで姿を確認していると、向かいの席に座っていた沙羅が、まじまじと宗介を見つめていた。
「……どうですか? 変じゃないですか?」
「あ、いや……! 変などころか……その、実によく似合っておるぞ。まるで、江都の若き学問所の英傑のようじゃ」
沙羅はぽっと頬を染めると、長い袖で口元を隠して恥ずかしそうに視線を逸らした。
その初々しい仕草に、宗介も少し照れくさくなりながら居住まいを正した。
街道の両脇には、青々とした松並木がどこまでも続き、行き交う旅人や大八車、早飛脚の姿が次第に増えていく。
「シズク、街道の路面状況と物流速度をスキャンしてくれ」
『了解しました。路面は砂利および踏み固められた粘土層。大八車の積載効率は平均百二十キログラム、巡航速度は時速四キロメートル。車軸の摩擦係数が過大であり、ベアリング機構およびサスペンションが存在しないため、エネルギー損失率――六二パーセントと算出されます』
シズクの音声を聞きながら、宗介は街道を行き交う荷車をじっと観察した。
「やっぱりな……。人が重い荷物を引く大八車車輪の摩擦抵抗が大きすぎる。焼き入れした鋼のボールベアリングを車軸に仕込み、板バネの緩衝装置をつけるだけで、同じ力で三倍以上の荷物を運べるようになるぞ」
「べありんぐ……? ばね……?」
沙羅が目を丸くして身を乗り出してきた。
「はい。回転する車軸の間に小さな鉄の玉を挟んで摩擦を減らす技術です。さらに街道の路面を砕石と砂で固めて平らに整備すれば、江都と地方を結ぶ物流の速度は一気に跳ね上がります。物資が速く安く届くようになれば、飢饉の被害も格段に防げるはずです」
「……宗介の眼には、ただの街道すらも、国を豊かにする宝の山に見えるのじゃな」
沙羅は感嘆の溜息をつき、尊敬に満ちた眼差しで宗介の横顔を見つめた。
「道を行く民の苦労を減らし、誰もが腹いっぱい食べられる国にする……。そなたと話しておると、この瑞穂国がどれほど明るい未来へ進めるか、胸が高鳴って仕方がなくなるのじゃ」
「沙羅さんがそうやって民のことを一番に考えてくれているからですよ。俺の知識なんて、使ってくれる人がいて初めて意味を持ちますから」
宗介が穏やかに微笑むと、沙羅は愛おしそうに目を細め、そっと宗介の手の甲へ自らの指先を重ねた。
触れ合う肌の温もりと、揺れる車内に満ちる甘やかな撫子の香り。
二人の距離は、旅路の一歩一歩と共に、確実に縮まっていた。
――そして、陽が西に傾き始めた夕刻。
馬車が緩やかな峠の丘を越えた瞬間、御者が馬の手綱を引いた。
「――宗介様、沙羅様。ご覧くだせえ、あれが『江都』でございます!」
馬車の窓から顔を出した宗介は、思わず息を呑んだ。
「……すごい……!」
見渡す限りの平野に、どこまでも広がる壮大な大都市。
夕日に照らされて黄金色に輝く大河『千鳥川』には、無数の帆掛け舟や高瀬舟が白波を立てて行き交っている。
川沿いには幾千もの白壁の土蔵と大店が整然と立ち並び、百万人を超える町人や武士たちの活気ある喧騒が、遠く地鳴りのように響いてくる。
そして都市の中央、天を突くようにそびえ立つのは、幾重もの巨大な石垣と純白の白漆喰を誇る天下の巨城――『江都城』の天守閣だった。
『画像解析完了。推定市街地面積、六十平方キロメートル。人口密度および水運ネットワークの発達度は、十九世紀初頭の世界最大都市・ロンドンやパリに匹敵、あるいは凌駕しています』
「これが……瑞穂国の中心、江都……!」
現代の大都市・東京のルーツを感じさせる、圧倒的なエネルギーと伝統の美しさ。
宗介が圧倒されていると、隣に並んだ沙羅が、夕陽を浴びて誇らしげに微笑んだ。
「ようこそ、江都へ。……さあ行こう、宗介。我が父・西園寺正信が、屋敷にて首を長くしてそなたを待っておるぞ」
夕暮れの活気あふれる城下町へと、二人の乗る馬車が力強く駆け下りていった。
近代科学とAI、そして江戸の知恵が融合する本格的な国家改革の幕が、いま切って落とされようとしていた。
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