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第6話 悪徳代官の査察と、姫の鉄槌

飛鳥創です。いつもお読みいただきありがとうございます!

 特製バイオ肥料の散布から数日、緑川村の田畑は見違えるほどの生命力に満ち溢れていた。

 青々と茂る稲の葉は風に波打ち、畑には瑞々しい夏野菜がたわわに実っている。

 村人たちが笑顔で草むしりや水路の点検に精を出していた、その日の昼下がりのことだった。


「――どけェ! 代官様のお成りであるッ! 頭が高い、控えおろうッ!!」


 けたたましい馬の蹄(ひづめ)の音と、威圧的な怒声が村のあぜ道に響き渡った。

 砂煙を上げて乗り込んできたのは、十数名の役人たちだった。

 先頭に立つ肥え太った男――この一帯を管轄する代官・黒田重蔵(くろだ じゅうぞう)が、馬上で嫌味な笑みを浮かべ、田畑を見下ろしている。


「ほう……。干ばつで全滅寸前と聞いておったが、これは見事な青田(あおた)ではないか。おい、この村の名主と棟梁を引っ張り出せ!」


 異様な物々しさに、村人たちが青ざめて集会所前へと集まった。

 作造が無骨な頭を下げ、前に進み出る。


「だ、代官様……。このような寒村へ、急に如何なるご用向きで……」

「白々しい真似をするな、作造!」

 黒田代官は馬から下りると、手にした扇子で作造の額を小突き、冷酷な声で言い放った。


「雨乞いも失敗したはずの痩せ地が、たった数日でこれほど繁るはずがなかろう。貴様ら、幕府に隠れて秘密の隠し田を開墾しておったか、はたまた南蛮の妖術でも使って米を不正に増やしたな!」


「な、何を仰いますか! 隠し田なんぞ滅相もねえ! この田んぼは、宗介先生が知恵を貸してくださり、水路を引き、灰や米ぬかで土を甦らせてくれたからこそで……!」


「黙れッ!」

 代官の後ろに控えていた手付役人が、腰の十手を鳴らして作造を一喝した。


「言い訳など聞く耳持たん! 妖術や不正の疑いがある以上、今年の収穫の『七割』を不納の担保として代官所が差し押さえる! さらに、隠し田の調査費用として金十両を直ちに上納せよ! 払えぬならば、村の田畑をすべて没収し、首謀者を江都の伝馬町へ叩き込むまでよ!」


「な、七割……!? 金十両じゃと……!?」


 集会所にいた村人たちから、悲鳴のような絶望の声が上がった。

 七割もの年貢を取られ、大金を奪われれば、今年の冬を越すことなど絶対にできない。干ばつを乗り越えた先に待っていたのは、人の欲による非情な搾取だった。


「ふはははっ! 百姓が生かさず殺さずなのは世の習いよ。文句があるなら江都の奉行所にでも訴え出るがよい――もっとも、辿り着く前に野垂れ死ぬのが関の山であろうがな!」


 下卑た笑い声を上げる黒田代官の前に、静かな足音が響いた。


「――お言葉ですが、代官様。その徴収は、瑞穂国の法令に完全に違反していますよ」


「……何者だ、貴様は?」

 黒田が不快そうに眉をひそめた。


 そこに立っていたのは、涼やかな瞳で黒田を見据える宗介だった。

 手元には、淡い光を放つ黒い板――スマートフォンが握られている。


「名乗るほどの者ではありませんが、通りすがりの技術者です。……昨晩、沙羅様がお持ちだった【幕府法令の写しと上納控え】、そしてこの村の名主様が保管していた過去十年分の【年貢割付状】を、この板の眼(カメラ)で読み込ませて照合させていただきました。……シズク、照合結果を表示してくれ」


『了解しました、マスター』

 イヤホンを通じて、シズクの冷静沈着な音声が宗介の耳に届く。


『東条幕府・天変地異減免令第七条――【干天もしくは水害により著しい損害を受けた領地においては、代官は直ちに検見(けみ)を行い、被害割合に応じた年貢の半減または全免を命ずべし】と明記されています。また、私的な名目による金銭の追徴は、公儀への背信行為として死罪に相当します』


 宗介はスマホの画面をタップし、数字の羅列を見つめながら口を開いた。


「代官様。幕府の法令では、干ばつ被害のあった農地は年貢の『減免』が義務付けられています。七割の徴収も、金十両の追徴も、すべてあなたの私利私欲による違法な取り立てですね」


「な、何だと……!? 見慣れぬ妖しげな衣を纏った異邦人の若造が、知った風な口を利くな!」

 黒田が顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。


「それだけじゃありませんよ」

 宗介は一歩前へ踏み出し、冷徹な声で告げた。


「名主様の屋敷にあった実際の割付状と、幕府の上納控えを画像解析で突合した結果――あなたが管轄する近隣三か村の実際の米の徴収高と、江都城へ納められた公式記録の間に、毎年およそ『八百石』もの不自然な差分が存在します。……要するにあなた、村人から過剰に年貢を絞り上げ、帳簿を改ざんして自分の懐へ中抜きしていますね?」


「なっ……ななな、何を根拠にそのような妄言をッ!?」

 図星を突かれた黒田の額から、滝のような冷や汗が噴き出した。


「根拠なら、名主様の蔵にあった歴代の墨付きと、この計算機が瞬時に照合した数字のデータがすべて証明しています。この書類の控えを江都の勘定奉行所へ突き出せば、あなたの首が飛ぶのは明白です」


「お、おのれぇぇッ! どこから湧いたか知れぬ間者(かんじゃ)めが! 出会え、出会えッ! この無礼者を直ちに叩き斬り捨ててしまえッ!!」


 逆上した黒田代官が狂ったように刀を抜き、手下の捕り方たちが十手と白刃を抜いて宗介へ殺到した。


 その刹那――。


「――控えよッ!! この紋所が目に入らぬかッ!!」


 凛として透き通るような、しかし大地を震わせるほどの威厳に満ちた声が、場を両断した。


 男装の藍染め羽織を翻し、沙羅が宗介の前に躍り出た。

 その右手に高く掲げられていたのは――金蒔絵(きんまきえ)で東条幕府の最高権威を示す家紋が刻まれた、純白の懐刀(ふところがたな)と、老中筆頭の極秘査察割符(わりふ)だった。


「東条幕府老中筆頭・西園寺正信が娘、西園寺沙羅である! 公儀の隠密監査役として、この相模野の民情を視察しておったが……黒田重蔵、よもや公儀の威光を傘に民を苦しめ、不正蓄財に手を染めておったとはな!」


「ひっ……!? 老中筆頭・西園寺家の……!? ほ、本物の姫君……!?」

 手下の役人や捕り方たちは青ざめ、ガタガタと震え上がって武器を取り落とした。


 だが――追い詰められた黒田代官の瞳は、絶望のあまり血走り、狂気の色に染まり上がっていた。


「……ぐ、ぐへへっ……! 老中筆頭の娘じゃと……!? ここで証拠を握られたまま生かして返せば、儂はお家取り潰し、打ち首獄門じゃ……! こうなったら、全員まとめて斬り殺して口を封じてくれるわッ!!」


「なっ……!?」

 手下の役人たちが「代官様、ご乱心か!?」と叫ぶ中、黒田は狂乱の形相で白刃を振り上げ、沙羅と宗介めがけて突進してきた。


「死ねェェッ、目障りな小娘と異邦人めがァッ!!」


『マスター、対象の急激な接近を検知。最短迎撃シーケンスを展開します』

「シズク、フラッシュ点灯! 最大光量ストロボ!!」


 ピカァァァッッッ!!!


 宗介がスマホを掲げた瞬間、太陽すら凌駕する超高輝度LEDの強烈なストロボ光が、黒田の網膜を至近距離から直撃した。


「ぎゃああああっ!? め、目が、目が見えんッ!?」


 視界を完全に奪われ、デタラメに刀を振り回す黒田。

 その隙を、沙羅が見逃すはずがなかった。


「――愚か者めがッ!」


 沙羅の身体が、一筋の疾風となって地を蹴った。

 腰の刀を一閃――抜き打ちの鞘(さや)が、目にも留まらぬ速さで黒田の鳩尾(みぞおち)と手首を正確無比に撃ち抜く。


 バシィィィッッ!!


「ぐぼぉっ……!?」


 黒田の手から刀が吹き飛び、宙を舞って土煙の中に突き刺さった。

 さらに沙羅は流れるような体さばきで背後に回り込むと、峰(みね)で代官の膝裏を一撃。


 ドサァッ!!


 肥え太った黒田の巨体が、水たまりの泥の中へと無様に崩れ落ちた。

 沙羅は冷ややかな切先を、泥まみれで呻く黒田の喉元へピタリと突きつけた。


「……我が西園寺家に伝わる神陰流(しんかげりゅう)の太刀、見くびるでない。これ以上見苦しく暴れるならば、この場で公儀への反逆罪として成敗いたすが……如何にする?」


「ひ、ひぃぃぃっ……! た、助けてくれぇぇっ! 悪かった、儂が悪かったァァッ!!」


 喉元に突きつけられた冷徹な切先と、宗介の放った神がかりな閃光に完全に心を折られ、黒田は泥水に顔を押し付けて狂ったように許しを乞うた。

 手下の役人たちも一斉に土下座し、「お許しを!」と平伏して動けなくなっていた。


 一部始終を息を呑んで見守っていた作造や村人たちから、割れんばかりの大歓声が巻き起こった。


「す、すげえええっ!! 沙羅様の一刀流と、宗介先生の神の光だァァッ!!」

「あの極悪代官を、手も足も出さずに叩きのめしちまったぞォッ!!」


 泥だらけの役人たちが、失禁して気絶した黒田代官を縄で縛り上げ、命からがら引き立てていく。


 静寂を取り戻した集会所前で、沙羅はチャキンと鋭い音を立てて刀を鞘に納めると、宗介に向き直った。

 凛々しい剣士の表情から、途端にふわりと甘やかな笑みがこぼれる。


「……宗介。あの眩き光の目くらまし、見事な機転であったぞ」

「沙羅さんの神陰流の居合こそ、息を呑むほど鮮やかでかっこよかったです。本当に惚れ惚れしました」

「ほ、惚れ惚れ……!? な、何を急に……っ!」


 沙羅はカッと耳の先まで赤く染め上げると、長い袖で顔を隠してそっぽを向いてしまった。

 二人の抜群の呼吸に、見守る作造たちも思わずニヤニヤと温かい笑みを浮かべていた。


 ――そして、翌朝。

 緑川村に、江都からの早馬が砂煙を上げて駆け込んできた。

 届けられたのは、老中筆頭・西園寺正信の朱印が押された、宗介への正式な招聘状(しょうへいじょう)だった。


「――宗介。父から文が届いたぞ」

 沙羅が凛とした表情で、宗介の前に一通の書状を差し出した。


「そなたのその途方もない知恵を、いよいよ江都の城下へ迎え入れる時が来たのじゃ」


 小さな緑川村から始まった奇跡の改革は、いよいよ瑞穂国の心臓部・大都会『江都』へと舞台を移すこととなる。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!


「ちょっと面白いな」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

ページ下部の【ブックマーク追加】や【評価】をいただけますと、執筆の大きな励みになります!


次回更新もお楽しみに!


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