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第5話 緑の大地を甦らせろ 〜AI土壌診断と有機肥料改革〜

飛鳥創です。いつもお読みいただきありがとうございます!

 竹樋水路と揚水水車の完成から、数日が過ぎた。

 緑川村の田畑には絶え間なく清らかな水が注ぎ込まれ、乾ききっていた大地は潤いを取り戻した――はずだった。


 だが、あぜ道にしゃがみ込んで稲の苗を観察していた作造は、太い指先で黄色ずんだ葉をつまみ、深いため息をついた。


「……弱ったな。水は腹いっぱい飲ませてやってるってのに、苗の背丈がちっとも伸びてこねえ。葉っぱも黄色いまんまだ」


 隣にいた農民たちも、不安げに顔を見合わせる。


「二月(ふたつき)も干からびてたせいで、土の力がすっかり抜けちまったんだ。水が戻ったのはありがてえが……この調子じゃ、秋の収穫は例年の半分にも届かねえぞ」

「半分じゃ、幕府への年貢を納めたら、俺たちの冬を越す飯すら残らねえ……!」


 せっかく水を引いて命拾いした村人たちの顔に、再び飢餓への恐怖が滲み始めていた。


 そこへ、男装のたすき掛け姿になった沙羅が、小走りで駆け寄ってきた。

 額に光る汗をぬぐいながら、心配そうに苗を見つめる。


「作造、何か手立てはないのか? 干鰯(ほしか)や油粕(あぶらかす)を撒くなど……」

「沙羅様、そんな高い金肥(きんぴ)を買い込む銭は、この貧乏村のどこにもありゃしませんよ。山から刈ってきた下草を敷き詰めてはみたんですが、ちっとも効き目がなくて……」


 困り果てる一同の前に、宗介が歩み出た。


「皆さん、諦めるのはまだ早いです。水が行き渡った次は――『土の栄養』を科学的に改善しましょう」


「土の栄養……?」

 沙羅がきょとんと首を傾げた。


「はい。植物が元気に育つためには、水だけでなく三つの大きな栄養素――葉や茎を育てる『窒素』、実や花をつける『リン酸』、根を強く張らせる『カリウム』が必要です。シズク、周辺の土壌データをスキャンしてくれ」


『了解しました。マルチスペクトルカメラによる土壌成分スキャンを開始します』


 宗介がスマホのカメラを地面にかざすと、画面上に赤や青の等高線グラフが瞬時に展開された。


『解析完了。乾燥による微生物群の死滅、および過度な連作障害により、有効態窒素が通常の十五パーセントまで枯渇。リン酸吸収係数が過大、土壌酸性度はpH五・二の強酸性に傾いています。このままでは根腐れおよび生育停止の確率――八八・九パーセントです』


「やっぱりか……。長年の連作と干ばつで、土がすっかり痩せ細って酸性に傾いてるんだ。これじゃ、いくら水をやっても根っこが栄養を吸い上げられない」


「そ、その……ちっそ? りんさん? というのは、どうすれば補えるのじゃ、宗介?」

 沙羅が身を乗り出して尋ねてくる。真剣に見つめてくる瞳の至近距離から、ふわりと清涼な白檀の香りが鼻腔をくすぐった。


「わざわざ江都の問屋から高い肥料を買う必要はありません。この村にある『捨てられているもの』を組み合わせれば、即効性のバイオ肥料と極上の土壌改良材が作れます」


「捨てられているもの、じゃと……!?」

 作造が目を丸くした。


「そうです。川で獲れた魚の内臓や骨、台所から出る生ごみ、木を燃やした草木灰(そうもくばい)、精米したときに出る米ぬか、そして裏山の落ち葉です。シズク、緊急用の即効液肥と、中温発酵ボカシ肥料の配合工程を出してくれ」


『了解しました。二段構えのバイオプロトコルを展開します。まず弱った苗を即座に救済するため、魚のアラと米ぬかを微温湯と土着の酵母・納豆菌で急速抽出し、即効性の【特製バイオ発酵液肥】を精製。希釈して葉面散布を行います。これにより根を通さず、葉から直接アミノ酸とリン酸を急速吸収させます』


 ピピッ、と澄んだ画面に工程図が映し出される。


『並行して、落ち葉と米ぬか、草木灰を配合した中温ボカシ堆肥を仕込みます。重要な注意点――発酵熱が上がりすぎると、窒素がアンモニアガスとなって空気中に逃げてしまい、有用菌も死滅します。温度は四十五度から五十度の中温に厳密に保ち、適度な切り返しを行ってじっくり本発酵を促します』


「よし! 作造さん、村中の囲炉裏(いろり)から『灰』を、そして精米で出た『米ぬか』と山積みの『落ち葉』を全部集めてください! 川魚のアラも全部大鍋に集めます!」

「へ、へいっ! おい野郎ども、灰と米ぬかと落ち葉だ! 大鍋も用意しろッ!」


 宗介の指示のもと、集会所前で大がかりな肥料作りが始まった。


 まず大鍋にぬるま湯を張り、米ぬかと細かく叩いた魚のアラ、そして裏山の上質な腐葉土を投入。シズクが指定する温度を保ちながら半日じっくりと醸造させると、黄金色に澄んだ【特製バイオ発酵液肥】が完成した。

 魚の生臭さは消え、まるで上質な酒粕や甘酒のような芳醇な香りが漂っている。


「先生、これを水で薄めて、苗の葉っぱに振りかけるのかい?」

「そうです。根っこが弱っていても、植物は葉っぱの表面からも栄養をごくごく飲めるんです。草木灰を水に溶かした上澄み液も混ぜて、カリウムを補給しながら散布しましょう!」


 農民たちが桶を担ぎ、青々とした液肥を柄杓(ひしゃく)で田んぼ一面の苗へと優しく散布していく。

 さらに裏庭では、落ち葉と米ぬか、草木灰を絶妙な比率で重ねたボカシ堆肥の山が組まれた。


「作造さん、温度が五十度を超えそうになったら筵(むしろ)をめくって風を通し、切り返し(天地返し)をしてください。熱を上げすぎないのが、肥料の力を逃がさない一番の秘訣です」

「おうよ! 温度の見張りなら任せとけ!」


 ――そして、わずか二日後。


「お、おい……! 見ろ、田んぼの稲をッ!!」


 早朝、田の見回りに向かった農民の叫び声があぜ道に響き渡った。


 黄色く弱々しく垂れ下がっていた稲の葉が、ピンと天を突き刺すように立ち上がり、目を見張るほどに艶やかな深緑色へと劇的に甦っていたのだ。

 液肥から直接アミノ酸とミネラルを吸収した苗は、茎が丸々と太くなり、土の中には真っ白な新しい根が力強く張り巡らされていた。


「す、すげえ……! あんなに弱り切ってた苗が、たった二日で青々と息を吹き返しやがった!」

「隣の畑のナスもキュウリも、葉っぱが手のひらよりデカくなって、黄色い花がびっしり咲いてるぞッ!!」


 農民たちが歓喜の声を上げ、泥まみれの作造が宗介の肩を抱いて豪快に笑った。


「わはははっ! 先生、あんた本当に魔法使いなんじゃねえのか!? 捨ててた魚の骨や灰が、こんな奇跡を起こすなんて夢にも思わねえよ!」

「魔法じゃありませんよ。自然の力と、作造さんたちの手入れのおかげです」


 風に揺れる濃緑の稲穂を見つめながら、沙羅が感極まったように宗介の隣に歩み寄った。


「……宗介。そなたは、水の流れだけでなく、土と草木の命までも自在に操るのじゃな」


 朝日を浴びて輝く田畑を背景に、沙羅が眩しそうに目を細める。


「捨てられるはずの灰や魚の骨から、これほど豊かな恵みを生み出すとは……。己の武力で奪うことしか頭にない異国の軍艦や、前例にすがるだけの城の高官たちに、この光景を見せてやりたいものじゃ」


「知識と工夫があれば、身近な自然はいつだって人を助けてくれます。……瑞穂国は、土も水も本当に素晴らしい国ですよ」


 宗介が穏やかに微笑むと、沙羅はぽっと頬を染め、ふっと柔らかく目を伏せた。


「……うむ。そなたのような男がこの国にいてくれて、妾は心底誇らしいと思うぞ」


 そう言って小さく微笑む沙羅の横顔は、気高く、そして息を呑むほどに美しかった。


 ――だが、その時。

 緑川村の奇跡的な大復活の噂は、すでに街道を通じて、近隣を支配する代官所へと届き始めていた。


「なに……? 干ばつで全滅するはずだった緑川村の田畑が、青々と繁りまくっておるだと……?」


 薄暗い代官屋敷の奥で、私利私欲にまみれた代官・黒田重蔵(くろだ じゅうぞう)が、冷酷な笑みを浮かべて帳面を広げていた。


「ふん、隠し田か妖術かは知らんが……飢え死に寸前の百姓どもから、たっぷりと年貢を絞り上げてくれるわ」


 平穏を取り戻した緑川村に、新たな強欲の影が音もなく忍び寄っていた。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!


「ちょっと面白いな」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

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次回更新もお楽しみに!


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