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第32話 金銀比価の罠 〜通貨改革と富国強兵〜

飛鳥創です。いつもお読みいただきありがとうございます!

 万代屋の湊浦国際交易会館で金銀比価の歪みが発覚した、その日の夜。

 会館の最奥にある厳重な警備が敷かれた特別室に、老中筆頭・西園寺正信、沙羅、万代屋の小夜、そして宗介が集結していた。


 行灯の灯りの下、長テーブルの上には、金色に輝く瑞穂国の【天保小判(金貨)】と、銀色に輝く【一分銀】、そして異国の商人たちが持ち込んできた巨大な【ルーディス洋銀】が並べられていた。


「宗介殿……。まこと、このままでは我が国の金がすべて異国へ奪われてしまうのか?」

 西園寺正信が、苦渋に満ちた表情で尋ねた。


「はい、西園寺様」

 宗介はスマホをタップし、AIシズクが割り出した為替シミュレーションのグラフを空中に展開した。


「現在の瑞穂国では、金と銀の交換比率が【一対五】に固定されています。金貨一枚を手に入れるのに、銀貨五枚で足りる計算です。……しかし、海の向こうの国際市場では、金と銀の比率は【一対十五】――銀は金の十五分の一の価値しかありません」


 沙羅が膝の上で拳をぎゅっと握りしめた。

「つまり……異国の商人たちは、自国で価値の低いルーディス洋銀を持ち込み、我が国の小判を安値で買い占めて本国へ持ち帰るだけで……何もしなくても財産を三倍に増やせるということじゃな?」


「その通りです、沙羅さん。この投機取引(アービトラージ)を放置すれば、我が国の誇る純度の高い小判は数ヶ月で数百万両が海外へ流出し、国内は紙屑のような粗悪な貨幣ばかりになって、猛烈な物価高(ハイパーインフレ)で民が飢え死にします」


「……恐ろしい罠ですわ……!」

 小夜が扇子を握りしめ、青ざめた。

「大砲や軍艦を使わずとも、貨幣の仕組み一つで国を丸ごと滅ぼせてしまいますのね……」


「だが――相手が通貨の歪みで富を奪おうとするなら、こちらの手で完璧な【公儀新通貨改革令】を断行し、逆に異国の洋銀を正当な対価で国庫へ吸収してやりましょう!」


 宗介は指を三本立て、改革の三本柱を提示した。


「第一に、【洋銀と小判の直接交換の全面禁止】です。外国商人には小判そのものは一切渡さず、湊浦の交易でのみ通用する【万代屋兌換貿易手形(銀目手形)】を使用させます」


「第二に、【国際標準レート(一対十五)への強制是正】です。貿易手形を発行する際、ルーディス洋銀の金換算価値を国際市場と同じ『一対十五』の適正比率で換算します。これにより、通貨の差額による濡れ手で粟のぼろ儲けを完全に封殺します」


「そして第三に、【国内新貨幣への改鋳(新歩銀の発行)】です。多賀根山の製鉄・精錬技術を使い、金銀の含有比率を国際標準に合わせた新貨幣を鋳造し、国内の物価を完全に安定させます」


 シズクの緻密な金融数理モデルに基づいた、一分の隙もない通貨防衛プロトコル。

 正信は机を力強く叩いて立ち上がった。


「見事じゃ、宗介殿! 公儀勘定奉行所と銀座(ぎんざ・貨幣鋳造所)の全権を直ちに動かそう! 我が国の富を、小癪な異国の投機商人どもに一粒たりとも渡してなるものか!」


 ――そして、翌朝。


 湊浦の万代屋両替所の前には、革袋にぎっしりとルーディス洋銀を詰め込んだ合衆国の商人たちが、卑しい笑みを浮かべて長蛇の列を作っていた。


「へへっ、東洋の田舎者どもめ! この銀貨で奴らの金貨(小判)をごっそり買い占めてやるぜ!」

「本国に持ち帰れば三倍の金貨に化けるんだ! 一攫千金だぞ!」


 先頭に立った豪商・スミスが、窓口のカウンターにドカンと洋銀の袋を叩きつけた。


「おい、このルーディス洋銀千枚を、お前たちの国の小判に両替しろ! 銀五枚で金一枚のレートだな!」


 窓口に座っていた小夜は、艶やかな友禅染の袂を優雅に翻し、極上の微笑みを浮かべた。


「――申し訳ございませんわ、お客様。本日辰の刻より、公儀の定めにより【新通貨令】が施行されましたの」


「……はあ? 新通貨令だと?」


 小夜はカウンターの上に、一枚の精緻な透かし彫りが入った厚手の和紙手形を差し出した。


「外国商人の皆様には、こちらの【万代屋兌換貿易手形】を発行いたします。換算レートは、国際市場の金銀比価に完全準拠した【一対十五】。小判の現物は国外持ち出し禁止となっておりますわ」


「な……な、何だとォッ!?」

 スミスが目を剥いて絶叫した。


「一対十五だと!? 小判の直接交換が禁止だと!? ふざけるな、それでは差額で儲けが出ないではないか!」


「あらあら、心外ですわね」

 小夜はパチンと扇子を鳴らし、涼やかな流し目を送った。


「我が国が提供しております極上の機械繰り生糸、歪みのない透明ガラス、薬用美肌石鹸、そして高級緑茶……これらをお買い求めになるには、この手形が正当な対価でそのまま使えますのよ? ……それともお客様、お買い物をなさらずに、その重たい銀貨をお持ち帰りになりますか?」


「ぐ…………っっっ!!!!」


 スミスをはじめとする外国人商人たちは、顔を真っ赤にして絶句した。

 生糸もガラスも石鹸も、本国へ持ち帰れば莫大な利益を生む超人気商品だ。買わずに帰るなどという選択肢はあり得ない。

 投機による不当な小判の買い占めルートを完璧に塞がれ、彼らは正当な国際価格で手形を買い、商品を仕入れるしかなかったのだ。


「……くそっ! 買い占めの隙が一切ねえ……! 手形に両替してくれ!」


 商人たちは諦めて次々とルーディス洋銀を差し出し、万代屋の金庫には、適正価格で評価された膨大な銀貨が滝のように吸い込まれていった。


 ――数日後。

 江都城の瑞光殿。


「――宗介殿! 沙羅! 見てみよ!」


 老中筆頭・西園寺正信が、満面に笑みを浮かべて分厚い勘定帳簿を広げた。


「宗介殿の通貨改革と万代屋の貿易により、国内の金の流出は【完全ゼロ】! それどころか、異国から国庫へ納められた洋銀と運上金により、幕府の財政は過去百年で最大の黒字を記録したぞッ!!」


「やりましたね、西園寺様!」

 宗介が微笑むと、隣に座る沙羅が感極まったように宗介の袖をぎゅっと握りしめた。


「宗介……。そなたは、海での戦いだけでなく、目に見えぬ銭(経済)の戦いにおいても、この瑞穂国の民と富を完璧に守り抜いてくれたのじゃな」


 沙羅の瞳には、愛と尊敬の光がキラキラと輝いていた。


「沙羅さん、正信様。国庫にこれだけの莫大な資金と鉄が集まりました。……いよいよ、この国の物流と産業を劇的に跳ね上げる、次なる大事業に着手できます」


「次なる大事業……? 蒸気船の次は、一体何を造るのじゃ?」

 沙羅がきょとんと首を傾げた。


 宗介はスマホをタップし、江都から湊浦へと一直線に伸びる二本の鉄の線――【鉄道レール】の三次元設計図を空中に浮かび上がらせた。


「海を制した蒸気の巨人を、今度は大地に走らせます。……江都と湊浦の十里(四十キロ)をわずか半刻(一時間)で結ぶ、陸の王者――【蒸気機関車と鉄道路線】の敷設です!」


 空前の富を手に入れた瑞穂国。

 文明開化の奇跡は、いよいよ大地を揺るがす『陸上交通革命』へと突き進むのだった。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!


「ちょっと面白いな」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

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次回更新もお楽しみに!


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