第33話 陸を翔ける鉄の竜 〜蒸気機関車と線路敷設〜
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通貨改革によって潤沢な資金と鉄を手に入れた瑞穂国では、国家の動脈を塗り替える空前の大土木事業が始動していた。
大都会・江都の南の玄関口から、外洋の港・湊浦まで――海岸沿いの平野部を貫く十里(約四十キロメートル)の一直線の敷地に、地鳴りのような槌音と掛け声が響き渡る。
「そぉれ、枕木を並べろォッ! 間隔は二尺五寸(約七十五センチ)、寸分の狂いも出すんじゃねえぞッ!」
棟梁の作造が、手ぬぐいで額の汗を拭いながら五千人の大工と人足を指揮していた。
路盤には、万代屋の小夜が手配した松脂と防腐油を染み込ませた極上の栗の角材が敷き詰められ、その周囲には衝撃を吸収して雨水を逃がす【砕石】が厚く突き固められている。
その上に敷設されていくのは――多賀根山の赤煉瓦高炉で精錬され、水車動力の圧延ローラーで均一に引き伸ばされた、断面I字型の【高純度鋼レール】だった。
継ぎ目板をボルトで締め込み、太い鉄の犬釘が枕木へと力いっぱい打ち込まれる。
カァァァンッ! カァァァンッ!
澄み切った金属音が、青空の下の街道筋にどこまでも連鎖していった。
「シズク、軌道幅と勾配の誤差は?」
宗介がスマホを掲げ、ミリ単位のレーザースキャンを実行する。
『マスター、全線スキャン完了。標準軌千四百三十五ミリメートル、許容誤差一ミリ以内。最急勾配は千分の一(極めて平坦)を維持。時速六十キロメートルの高速走行に完全対応しています』
「完璧だ。作造さんたちの腕前は、本当に世界一ですよ」
「へへっ、宗介先生の図面通りに組むのは、大工冥利に尽きるってもんよ!」
一方――江都の下谷にある機関車工廠では、からくり宗兵衛が、漆黒の鉄肌を誇る巨大な怪物の前で腕を組んでいた。
全長六間(約十一メートル)、重量およそ二十五トン。
多賀根山の高純度鋼で鍛え上げられた多管式円筒形ボイラーの先には、天を衝く黒漆塗りの煙突。
車体下部には、直径四尺五寸(約一・三五メートル)の巨大な鋳鉄製動輪が四つ、太いコネクティングロッド(連結棒)でガッチリと結ばれていた。
正面には、真鍮で磨き上げられた巨大な反射鏡付きヘッドライトと、金文字で【開拓一号】と刻まれた銘板が誇らしげに輝いている。
「宗介! 動輪の軸受、ピストンバルブ、真鍮の汽笛――すべて組み上がったぜ!」
宗兵衛が油まみれの顔で笑った。
「海を泳ぐ開花丸の次は、陸を駆ける鉄の巨龍だ! 腕が鳴りすぎて震えが止まらねえぜ!」
――そして、試運転の朝。
江都の始発駅――海沿いに新設された『江都停車場』の広場には、若き第十四代将軍・東条家治をはじめ、老中筆頭・西園寺正信、そして十万人を超える江都の町民や武士たちが、黒山の人だかりとなって押し寄せていた。
「おい見ろよ! あの鉄の車、煙突がついてるぞ!」
「あんな重たい鉄の塊が、本当に馬も使わずに走るのかい?」
疑心暗鬼と好奇のざわめきの中、開拓一号の機関士席には、藍染めの股旅装束を着た沙羅と、宗介が並び立った。
その後ろには、作造たちが丹精込めて組み上げた欅造りの客車が三両、ピカピカのガラス窓を輝かせて連結されている。
「宗介……。いよいよ、陸の巨人が産声を上げるのじゃな」
沙羅が愛刀の鍔に手を添え、緊張と興奮に瞳を潤ませた。
風に揺れる黒髪から、ふわりと清涼な白檀と甘い撫子の香りが漂う。
「行きましょう、沙羅さん。……瑞穂国の新しい時代の幕開けを、この汽笛で天下に告げるんです!」
「うむッ!」
沙羅が真鍮の汽笛索を力いっぱい引き下げた。
――ポォォォォォォォッッッッ!!!!!!!
澄み切った空気を切り裂き、大地を震わせるような、高く力強い汽笛の咆哮が江都の空いっぱいに響き渡った。
「うわあああっ!?」「な、なんだあの雄叫びはァッ!?」
群衆がどよめき、耳を押さえて息を呑む。
「主蒸気弁、開放ッ!!」
宗介がレバーを前方に倒した。
プシューッッッ! ……ドシュッ! ガシャンッ!
ボイラーから送り込まれた高圧蒸気が左右の巨大シリンダーを直撃した。
太いピストンロッドが力強く前進し、巨大な四つの動輪が、火花を散らしながら鋼鉄レールを力いっぱい噛み締めた。
シュッ、シュッ、シュッ、シュッ――シュポォォォォッッ!!
最初の一歩。二十五トンの鉄の巨体が、軋み音とともに滑らかに前進を始めた。
車輪の回転速度がぐんぐんと上がり、煙突から吹き上がる純白の蒸気とリズミカルなピストンの排気音が、大地を揺るがす心地よい重低音のビートを刻む。
ガタゴトッ、ガタゴトッ! ゴォォォォォォォッッッッ!!!!!
開拓一号は三両の客車を従え、まるでレールの上を滑るように加速していった。
「は、速い……! なんて速さじゃ……!」
機関士席の窓から風を浴びた沙羅が、目を見張って叫んだ。
車窓の外の松並木や町並みが、信じられない速度で後方へと流れ去っていく。
『走行速度測定――時速三十キロ……三十八キロ……時速四十五キロメートルに到達! 車体動揺、極めて微小。湊浦停車場まで――所要時間およそ四十五分と試算されます』
「四十五分……!? 早馬で半日、歩けば丸一日かかる湊浦まで、わずか半刻もかからずに着いてしまうというのか……!?」
沙羅の全身に、鳥肌が立った。
線路沿いに集まっていた何万人もの農民や町人たちが、手を振り、笠を投げて熱狂的な歓声を上げている。
「走った……! 鉄の龍が、煙を吐いて地を駆けていくぞォォッ!!」
「宗介先生萬歳! 沙羅様萬歳! 瑞穂国萬歳ッ!!」
客車の中で窓の外を眺めていた将軍・家治と西園寺正信は、立ち上がって感嘆の声を漏らし、万代屋の小夜は扇子を握りしめてうっとりと頬を紅潮させていた。
「素晴らしいですわ……! これほどの大量の荷と人を、一瞬で運べる陸の船……! 湊浦で荷揚げされた世界中の物資が、その日のうちに江都へ届きますわ……!」
風を切り、大地を揺るがして疾走する開拓一号の機関士席で、沙羅がそっと宗介の隣へ寄り添った。
吹き抜ける風と、吹き上がる白い蒸気。
沙羅は宗介の手を両手でぎゅっと包み込むと、太陽よりも眩しい最高の笑顔を咲かせた。
「……宗介。そなたは、海だけでなく、この広大なる大地までも一つに繋いでみせたのじゃな」
「沙羅さん。この鉄のレールは、人と物を運ぶだけじゃありません。……この国のすべての民の心を繋ぎ、豊かにするための『未来への架け橋』です」
「うむ……! 妾たちの走る道の先には、どこまでも明るい光が満ちておるのじゃ!」
二人は見つめ合い、汽笛の轟く空の下で、固く微笑み合った。
大地を駆ける鉄の竜を手に入れた瑞穂国。
文明開化の歩みは、いよいよ『電信連動の即時物流』と『近代教育・産業都市化』という未曾有の黄金時代へと突入していくのだった。
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