↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
35/48

第31話 万代屋の商機 〜国際貿易と特需の波〜

飛鳥創です。いつもお読みいただきありがとうございます!

 対等通商修好条約の調印から三日後。

 湊浦(みなとうら)の港は、これまでの瑞穂国(みずほこく)の歴史にない、空前絶後の国際交易の活気に沸き返っていた。


 沖合に停泊する合衆国の軍艦や商船から、小舟に乗って次々と上陸してくる異国の船乗りや商人たち。

 その港頭に新設された白壁の豪壮な建物――『万代屋(ばんだいや)湊浦国際交易会館』の前には、黒地に金文字の巨大な暖簾(のれん)が揺れ、甘く濃厚な伽羅(きゃら)の薫香が漂っていた。


「――皆様、ようこそ万代屋へ! 我が瑞穂国が誇る至高の逸品を、心ゆくまでご覧になってくださいまし!」


 会館の大広間で異国の商人たちを迎えたのは、朱色と金糸で鳳凰が舞う極上の友禅染をまとった若女将・小夜だった。

 艶やかな黒髪に揺れるべっ甲の簪(かんざし)と、白粉に映える紅を差した艶っぽい微笑みに、屈強な異国の男たちから「オー、ビューティフル……!」と感嘆の吐息が漏れる。


 小夜が扇子を広げて合図すると、手代たちが漆塗りの盆に乗せられた四つの『特産品』をテーブルの上に並べた。


「まずはこちら。……からくり蒸気機関と水車動力を連動させて紡ぎ出した、最高品質の【均一機械繰り生糸(シルク)】にございます」


 桐箱から取り出されたのは、真珠のように白く、しっとりと吸い付くような光沢を放つ生糸の束だった。

 合衆国の豪商・クラークが手袋を外して生糸に触れた瞬間、その目を丸くして叫んだ。


「オー・マイ・ゴッド……! な、なんて滑らかで均一な糸なんだ! 太さのムラも毛羽立ちも一切ない! いまヨーロッパの養蚕地帯では蚕の病が大流行して極上シルクが飢餓状態にあるんだ! この生糸を本国へ持ち帰れば、重さと同じだけの金貨で飛ぶように売れるぞ!」


「ふふっ、お気に召していただけて光栄ですわ。……お次は、こちらです」


 小夜が次に披露したのは、万代屋の硝子窯で宗介が配合指導した【高純度ソーダ石灰ガラス】のデキャンタとグラスの数々だった。

 南蛮渡りのギヤマンにありがちな気泡や緑色の濁りは一切なく、まるで澄み切った湧き水を固めたかのように透明で、陽光を浴びて七色の光のプリズムを放っている。


「なんてクリアなガラスだ……! 水晶細工ですらこれほど歪みのないものはない! 薬品用の小瓶も、高級酒のボトルも、全量買い取りたい!」


 さらに小夜は、上質な椿油とハッカ、白檀の精油を配合した純白の【薬用美肌石鹸】と、AI土壌改良によってアミノ酸の旨味を極限まで引き出した【深蒸し高級緑茶】の茶葉を差し出した。


 石鹸を手にとった商人たちは、きめ細かな濃密泡と高貴な香りに「本国の貴婦人たちへのお土産に最高だ!」と熱狂し、急須で淹れた深緑色の緑茶を一口含んだ者は「なんという濃厚な甘みと香りだ……!」とうっとり目を細めた。


「全量だ! 生糸もガラスも石鹸も緑茶も、倉庫にある分を全部売ってくれ!」

「いや、我が商会が先だ! 倍の値を出す!」


 合衆国の商人たちが競い合うようにして、重厚な革袋から大量の大型銀貨――【ルーディス洋銀】を取り出し、テーブルの上にガシャンガシャンと山積みにしていった。


 手代たちが飛ぶように契約書を作成し、わずか半日の間に、万代屋の金庫には銀貨数万枚の山が築き上げられた。


 ――夕刻。

 熱狂の商談が一段落した奥座敷。


「――きゃっ、宗介様ぁ!」


 障子を開けて入ってきた宗介を見るなり、小夜がパッと顔を輝かせて駆け寄ってきた。

 ふわりと甘い伽羅の香りと共に、小夜の豊満で柔らかな身体が宗介の胸元へとぎゅっと抱きついてくる。


「宗介様! 信じられませんわ! たった一日で、万代屋の年間商いの半分に匹敵する銀貨が転がり込んできましたの! 宗介様の知恵があれば、万代屋は……いいえ、この瑞穂国は世界一の富を誇る国になれますわ……!」


 小夜は上目遣いで甘く囁き、頬を紅潮させて宗介の首筋に額をすり寄せてきた。

 布越しに伝わる艶やかな温もりに、宗介がたじろいでいると――。


「――これッ、小夜ッ!! 宗介から離れぬかッ!!」


 ドタバタと足音を立てて割って入ってきたのは、顔を真っ赤にした沙羅だった。

 沙羅は小夜の肩を掴んで宗介から引き離すと、宗介の前に立ちはだかり、ぷくっと頬を膨らませて睨みつけた。


「な、何を宗介にべったりと抱きついておるのじゃ! 商売が大繁盛したのはめでたいが、宗介を己の男のように扱うでない!」


「あらあら、沙羅様。私はただ、命の恩人であり大恩ある宗介様に、心からの感謝をお伝えしているだけでございますのに……ふふっ、本当にやきもち焼きで可愛らしいですわね」


「や、やきもちなどと滅相もないッ! 妾は公儀の品位と……そ、その、宗介の操(みさお)を守っておるだけじゃッ!」


 カッと耳の先まで赤く染め上げ、長い袖で顔を隠して取り乱す沙羅。

 その微笑ましい光景に、部屋にいた作造や宗兵衛も大笑いしていた。


 だが――座敷の机の上に積み上げられた、大量の『ルーディス洋銀』を手に取った宗介の表情は、次第に険しいものへと変わっていった。


「宗介……? どうかしたのか?」

 沙羅が気付いて心配そうに覗き込んでくる。


「沙羅さん、小夜さん。……この異国の銀貨を見てください」


 宗介はスマホのカメラをルーディス洋銀にかざし、シズクに成分スキャンを実行させた。


『銀貨成分解析完了。純度九十・二パーセント、重量二十七グラム。……マスター、致命的な為替歪み(アービトラージの罠)を検知しました』


「シズク、やっぱりか……」

 宗介は眉根を寄せ、低く呟いた。


「宗介様……? この銀貨に、何か不都合でもございますの?」

 小夜がきょとんと首を傾げた。


「不都合どころじゃありません。……瑞穂国の金と銀の交換比率は、およそ【一対五】。つまり、銀五両で金一両が手に入ります。ですが――海の向こうの世界市場では、金と銀の比率は【一対十五】なんです」


「……な、なんじゃと……!?」

 沙羅と小夜が息を呑んだ。


「はい。異国の商人たちは、安価な銀貨を我が国へ持ち込んで【一対五】の比率で我が国の『小判(金貨)』に両替し、その小判を本国へ持ち帰るだけで――何もしなくても、財産が『三倍』に化けるんです。このまま放置すれば、我が国の金(小判)がすべて海外へ流出し、瑞穂国の経済は完全に破綻してしまいます」


「な……我が国の金が、根こそぎ奪われるじゃと……!?」

 沙羅の顔から血の気が引いた。


 大貿易の熱狂の裏に潜んでいた、見えない経済の時限爆弾――【幕末金銀比価の流出危機】。


「大丈夫です。相手が通貨の差額で搾取しようとするなら――こちらの手で、完璧な【新通貨改革と固定為替管理】を実行して、逆に富を倍増させてやりましょう!」


 宗介の瞳に、新たな改革の炎が力強く宿っていた。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!


「ちょっと面白いな」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

ページ下部の【ブックマーク追加】や【評価】をいただけますと、執筆の大きな励みになります!


次回更新もお楽しみに!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。