第29話 神の板が暴く偽り 〜AI国際法シミュレーション〜
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「……ふ、ふん! 青二才が知った風な口を利くな!」
特設迎賓陣屋の中で、ペルリ提督は脂汗を拭い、長テーブルをバンッと叩いて立ち上がった。
海兵隊儀仗兵たちも一斉に銃剣をガチャリと構え直し、大国の威圧を張り巡らせる。
「万国公法の慣例において、明確な成文法体系や近代的な裁判所を持たぬ東洋の地域に対し、自国民を保護するための『領事裁判権』を設定するのは、文明国として当然の義務である! 我が合衆国の市民を、野蛮な現地の掟で裁かせるわけにはいかんのだ!」
「未開の野蛮国、ですか」
宗介は冷徹な眼差しを崩さず、静かにスマートフォンをタップした。
「ペルリ提督。あなたが『万国公法』と『文明国の法理念』を口にするならば――こちらも、国際法の正当な法理と、貴国自身の憲法規範をもって答えましょう」
『マスター、国際法および合衆国憲法判例データベースの照合完了。論理反駁プロトコルを展開します』
シズクの澄み切った電子音声が陣屋の中に響き渡った瞬間、スマホの画面から立ち昇った青白いホログラム光が、空中に巨大な英字の条文を立体展開した。
「ひゃあっ……!?」「な、なんだあの光の文字は……!?」
合衆国の水兵や副官のミリガン中佐が、驚愕して後退る。
「ペルリ提督。貴国が万国公法の規範として仰ぐ法学者エミール・ド・ヴァテルが著した『国家法学(万国公法)』の根本原則――【主権平等の原則】をご存知ですね?」
宗介が空中の条文を指差す。
「『一国の主権の尊厳は、その国土の大小や軍事力の多寡によって左右されるものではない。主権国家はすべて、法の下に完全に平等である』。……他国の領土内において、自国の法律を一方的に適用し、その国の主権を制限する領事裁判権は、主権平等の原則に対する重大な主権侵害であり、明らかな国際法違反です」
「ぐっ……!? し、しかし、それは文明国同士の話であって……!」
「いいえ。貴国ルーディス合衆国の【合衆国憲法・第三条】にも、こう明記されています」
シズクが画面を切り替えると、合衆国憲法の条文が鮮やかに輝いた。
「『合衆国の司法権は、合衆国の領土内において発生したすべての事件に及ぶ』。……貴国自身、他国の領事が国内で自国民を勝手に裁くような特権を、自国の領土内で絶対に認めていませんよね? 自分たちは絶対に受け入れない主権侵害を、他国には軍艦の武力を背景に押し付ける……これこそ、法治国家の恥ずべき二重基準ではありませんか?」
「な……ななな、何をッ……!?」
自国の憲法と国際法の条文を寸分の狂いもなく突きつけられ、ペルリ提督の顔が真っ赤に鬱血した。
さらに宗介は、歩み寄って冷徹な声で畳み掛けた。
「そして――あなたが『未開』と見下した、我が瑞穂国の実態をお見せしましょう」
宗介の合図と共に、沙羅が凛とした足取りで前へ進み出た。
沙羅は懐から、一冊の重厚な和綴じの書物を机の上に置いた。
「これは、我が東条幕府が百年前より定めておる成文法典――【公儀御定書】じゃ」
沙羅の澄み切った声が陣屋に響く。
「我が国には、民の権利と刑罰を厳格に定めた法典があり、江都城下の奉行所には、証拠と証言に基づいて公平無私に裁きを下す吟味方(ぎんみかた・裁判官)が常駐しておる。犯罪者をみだりに私刑に処すような野蛮な掟など、我が国には存在せぬ!」
さらに宗介がスマホをタップし、瑞穂国のインフラデータを空間に映し出した。
「我が国には、百万人都市・江都を支える世界最高峰の【上下水道と近代濾過システム】があり、疫病を水際で防ぐ【公衆衛生の知恵】があります。さらに町民の識字率は七割を超え、十里の海と城を一瞬で結ぶ【有線電信網】がすでに張り巡らされている。……そして海には、貴国本国の海軍工廠すら実用化できていない最新鋭スクリューを積んだ外洋蒸気船【開花丸】が浮かんでいる」
宗介は一歩踏み出し、ペルリ提督の目をまっすぐに見据えた。
「成文法があり、裁判機構があり、衛生があり、電信があり、スクリュー船がある。……ペルリ提督。我が国のどこが『未開』なのですか? ……もしこれを未開と呼ぶならば、向かい風の中で外輪を空回りさせ、他国の法を力で奪うことしかできぬ貴国こそ、真の野蛮ではありませんか?」
「…………っっっ!!!!!」
息の根を止めるような、完璧な論理の鉄槌。
陣屋の中に、針が落ちても聞こえるほどの完全な静寂が訪れた。
ミリガン副官は青ざめてガタガタと震え、海兵隊の兵士たちも銃口を下げて立ち尽くしている。
ペルリ提督は全身から滝のような脂汗を流し、唇をわなわなと震わせながら、一言も反論できずに椅子へと崩れ落ちた。
大国の欺瞞と暴力が、科学と法理の光によって、完全に粉々に打ち砕かれた瞬間だった。
上座に座る西園寺正信が、腕を組み、大地を揺るがすような重厚な声で宣告した。
「――宗介殿の申す通り。我が瑞穂国は、主権を侵す不当な条約など、天地が裂けても断じて結ばん! ……ペルリ提督。我が国と対等の友邦として手を結ぶか、それともこのまま海へ叩き出されるか……返答願おう!」
正信の鋭利な眼光と、沙羅の神陰流の気迫に圧され、ペルリ提督は完全に心を折られた。
「……み、認める……」
ペルリは掠れた声で、絞り出すように呟いた。
「……我が合衆国は……貴国の主権と、高度な文明を認める。……不当な草案は撤回する。……では、貴国が提示する『真の条約案』とは何だ……?」
敗北を認め、肩を落とす大国の提督。
宗介は静かに微笑むと、懐から取り出した【対等通商修好条約】の草案を、長テーブルの中央へと差し出した。
「お互いの主権を尊重し、真の友情を結ぶための――【対等条約】です」
瑞穂国の未来を決定づける歴史的な調印の瞬間が、いま訪れようとしていた。
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