第28話 湊浦上陸と外交談判 〜不平等条約の罠〜
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開花丸の圧倒的な機動力の前に白旗を掲げたルーディス合衆国艦隊は、湊浦沖合一里の海上に静かに錨を下ろした。
その日の午後。
湊浦の海岸沿いに急造された特設会見場――万代屋の手配によって紅白の幕が張り巡らされ、畳敷きの上に黒漆塗りの長テーブルと椅子が並べられた迎賓陣屋に、重々しい靴音が響き渡った。
上陸してきたのは、金モールの正装軍服に身を包んだアレクサンダー・ペルリ提督と、副官のミリガン中佐、そして銃剣付き小銃を担いだ百名の海兵隊儀仗兵だった。
太鼓とラッパを打ち鳴らし、大国の威厳を誇示するように隊列を組んで陣屋へと踏み込んでくる。
迎え撃つ瑞穂国側の中央には、電信を受けて江都から早馬で駆けつけた老中筆頭・西園寺正信が、威風堂々たる紫の直衣姿で座していた。
その右隣には、格式高い緋色の袴に神陰流の愛刀を帯びた沙羅姫。
そして左隣には、端正な羽織袴をまとい、手元にスマートフォンを構えた司馬宗介が座っていた。
「……ミスター・サイオンジ。私はルーディス合衆国大統領の特使、アレクサンダー・ペルリ海軍提督だ」
ペルリは値踏みするような鋭い眼光で正信たちを見据え、通詞(通訳)を通じて傲岸に口を開いた。
「我が合衆国は、世界の海の平和と航海の安全を希求する文明国である。この極東の孤島に眠る貴国に対し、親善と通商の恩恵をもたらすべく、大統領からの親書を持参した。……まずは、我が国が作成した【通商修好条約草案】に調印されたい」
ドンッ、と音を立てて長テーブルの上に叩きつけられたのは、羊皮紙に美麗な英語と漢文でびっしりと記された全十二条の条約文書だった。
西園寺正信が眉をひそめ、幕府の通詞が震える手で文書を日本語へと翻訳して読み上げていく。
「……ええと、『両国は末永く平和を維持し、湊浦および江都の港を開いて石炭と食糧を補給すること』『合衆国の商民が瑞穂国内で自由に商いを行うことを認めること』……うーむ、一見すると極めて友好的な取り決めのようでございますが……」
通詞や同席していた幕府の役人たちが、安堵したように顔を見合わせた。
ペルリ提督の口元に、獲物を罠に追い込んだ狩人のような冷酷な笑みが浮かぶ。
(……ふん。所詮は法と外交の歴史を持たぬ東洋の未開人よ。蒸気船の技術が多少あろうと、国際法の複雑な言葉の罠など見抜けるはずがなかろう。この条約にサインさせれば、瑞穂国の富も主権も、すべて我が合衆国の思うがままだ)
ペルリが勝ち誇ったように羽根ペンを差し出そうとした――その瞬間。
「――西園寺様。その条約草案、絶対にサインしてはなりません」
静寂を切り裂く、澄み切った声が陣屋に響き渡った。
ペルリがギロリと目を吊り上げ、声の主を睨みつけた。
そこにいたのは、手元の黒い板――スマートフォンをじっと見つめる宗介だった。
「何者だ、貴様は? 大統領の特使と公儀の高官の神聖な外交の場に、一介の若造が口を挟むな!」
「俺は東条幕府の技術御用掛・司馬宗介です。……ペルリ提督、友好親善の美辞麗句で包んではいますが、この草案の正体は――瑞穂国を丸ごと貴国の経済的植民地へと落とし込む、極悪非道な【不平等条約】ですね」
「な……な、何だとォッ!?」
ペルリの顔が引き攣った。
「宗介、それはまことか!?」
沙羅が凛とした表情で身を乗り出し、正信も鋭い眼光で宗介を促した。
「宗介殿、如何なる罠が仕掛けられておるのじゃ?」
「はい。シズクが瞬時に全文をスキャンし、過去の国際法規および他国で結ばれた植民地条約と照合しました。……この条約には、我が国の主権を根底から破壊する『三大トラップ』が仕掛けられています」
宗介はスマホをタップし、机の上に置いた。
画面から青白いホログラムが立ち昇り、条約の条文が空中に拡大投影される。
『解析結果を提示します。第一の致命的欠陥――条約第四条【領事裁判権(治外法権)の合衆国独占】』
シズクの冷静沈着な音声が、陣屋の中に朗々と響き渡った。
『この条項は、【瑞穂国内で合衆国人がいかなる犯罪(窃盗、暴行、殺人、詐欺)を犯した場合でも、瑞穂国の法律や奉行所では裁けず、合衆国の領事(仲間内)が合衆国の法で裁く】と定められています。これにより、外国人が国内で民をどれほど傷つけようとも、治外法権の盾によって無罪放免となり、我が国の司法主権は完全に蹂躙されます』
「な……なんじゃとッ!?」
沙羅が烈火のごとく瞳を怒りに燃え上がらせ、愛刀の鍔を鳴らした。
「我が国で民を殺めた異国人を、我が国の法で裁けぬじゃと!? そのような不条理が通るかッ!!」
「さらに、第二の罠です」
宗介は指を二本立て、空中の条文を指差した。
「条約第七条――【関税自主権の完全放棄】。合衆国から我が国へ輸入されるすべての物資に対する関税率を、我が国が独自に決められず、『一律五パーセント』という極端な低率に固定させられます。これを飲めば、安価な異国の綿織物や鉄製品が大量に流入して国内の職人や商人が全滅し、我が国の経済は完全に合衆国に従属させられます」
「そして極めつけは、第十一条――【片務的最恵国待遇】です。我が国が将来、他のいかなる国と新たな協定を結んで有利な条件を与えた場合、合衆国は何の見返りも義務も負うことなく、自動的・無条件にその最良の利益を享受できる。……合衆国からは何の恩恵も与えられない、一方通行の搾取条項です」
宗介はスマホの画面を閉じ、冷徹な眼差しでペルリ提督を射すくめた。
「司法権を奪い、経済を破壊し、永遠に富を吸い上げる……。ペルリ提督、これが貴国の言う『文明の光』ですか? ……笑わせないでいただきたい」
凛と響き渡る宗介の告発。
陣屋の空気が、一瞬にして氷点下まで張り詰めた。
西園寺正信は激怒のあまり机を拳で叩き割りそうになり、沙羅は冷酷な切先のような視線で合衆国海兵隊を睨み据えていた。
完全に図星を突かれたペルリ提督の額から、大粒の脂汗が吹き出した。
「ば、馬鹿な……! なぜだ……!? なぜ極東の孤島の現地人が、領事裁判権や関税自主権、片務的最恵国の真の意味を……それほど完璧に理解しているのだァッ!?」
大国の欺瞞が白日の下に晒された瞬間。
だが、百戦錬磨のペルリ提督も、ただでは引き下がらなかった。
「……ふ、ふん! 法理を多少かじっているようだが、国際社会の現実は力だ! 万国公法の慣例において、文明国が未開国と通商を結ぶ際、領事裁判権を設定するのは至極当然の権利である! これを受け入れぬというならば……貴国は国際社会から孤立し、いずれ列強諸国の武力による制裁を受けることになるぞ!」
開き直り、再び大国の威圧をチラつかせるペルリ提督。
だが――宗介の瞳には、微塵の動揺もなかった。
「万国公法の慣例、ですか。……いいでしょう、ペルリ提督」
宗介は不敵に微笑むと、懐から静かに一冊の新たな白紙の条約草案を取り出した。
「あなたが万国公法を盾にするなら――我々も、国際法と国際慣例の正当な論理をもって、貴国を完全に論破して見せましょう!」
瑞穂国の主権と誇りを賭けた、AI国際法シミュレーションによる逆襲の幕が、いま切って落とされようとしていた。
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