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第27話 電撃の対峙 〜外輪船 vs スクリュー船〜

飛鳥創です。いつもお読みいただきありがとうございます!

「おのれ……! たかだか三百トンほどの木端微塵(こっぱみじん)にできる小舟が、我が合衆国海軍の前に立ち塞がるかッ!」


 旗艦タイタン号の艦橋で、ペルリ提督は額に青筋を浮かべて怒鳴り散らした。

 葉巻を踏み躙り、手すりをバンッと叩く。

 世界の海を支配してきた大国の提督としてのプライドが、目の前の奇妙な蒸気船の存在を許せなかった。


「機関長! ボイラーの安全弁を締めろ! 石炭をくべまくれ! 外輪エンジンを最大出力にして、あの小舟に追いつき、我が二千トンの巨体で圧倒して見せろッ!!」


「は、はっ! 機関最大戦速ッ!!」


 タイタン号の太い煙突から、火の粉混じりの猛烈な黒煙が天を覆うように噴き上がった。

 ゴウンッ! ゴウンッ! バシャバシャバシャッッ!!

 船体の左右に備え付けられた巨大な鉄の外輪水車(パドルホイール)が、海面を叩き割りながら猛烈な勢いで回転を始める。


 二千四百五十トンの漆黒の巨艦が、激しい波しぶきを撒き散らしながら、開花丸を威圧すべく猛然と追撃を開始した。


「宗介! 敵の巨大な黒船が、黒煙を吹き上げて追ってまいったぞ!」


 開花丸の舳先で、沙羅が腰の愛刀の鍔(つば)を親指でカチリと鳴らし、宗介に警告した。

 藍染めの羽織が逆風に激しくはためき、ふわりと清涼な白檀の香りが漂う。


「大丈夫です、沙羅さん。……シズク、敵艦の運動エネルギーと推進効率を解析してくれ」


『了解しました。敵旗艦タイタン号のリアルタイム推力解析を開始します』

 宗介の耳元で、シズクの涼やかな声が響く。


『敵艦の外輪推進機構――致命的な流体力学的欠陥を検出。湊浦沖の三角波により船体が左右にローリング(横揺れ)した際、風上側の外輪が海面から露出して空回りし、風下側の外輪が水没して過大抵抗を生じています。加えて、正面からの向かい風を巨大な外輪覆い(パドルボックス)がパラシュートのように受け止めており、エネルギー損失率――五十二パーセント。現在速度、八・一ノットが限界です』


「やっぱりな……! 外輪船は、荒れた外洋と向かい風には絶対に勝てない」


 宗介は不敵に笑うと、機関室へ通じる真鍮の伝声管を口元に寄せた。


「宗兵衛さん! 二百馬力二気筒高圧蒸気エンジン、全開にしてください! 敵の外輪船に、近代スクリューの真髄を叩き込んでやりましょう!」


『がはははっ! 待ってましただッ!! 野郎ども、高純度鋼のシリンダーを唸らせろォォッ!!』


 伝声管の向こうから、宗兵衛の豪快な怒号が響いた。

 次の瞬間――開花丸の機関室の奥深くで、真鍮の蒸気主元弁が一気に倒された。


 ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ――ゴォォォォォォォッッッッ!!!!!


 二つの鋼鉄ピストンが目にも留まらぬ速さでシリンダー内を往復し、太いクランクシャフトが猛烈なトルクをプロペラ軸へと叩き込む。

 船尾の水面深く――水流の乱れが一切ない海底近くで、黄金色に輝く三枚羽の青銅スクリュープロペラが、毎分四百五十回転という驚異的な超高速で回転を始めた!


 ザバァァァァッッッ!!!!!


 開花丸の船尾から、純白の巨大な水流がジェットエンジンのように海中へ噴射された。

 三百トンの船体がグンと海面からわずかに浮き上がるように加速し、クリッパー型の鋭頭船首が青い大波を左右へ鮮やかに両断していく。


「な……な、何だとォッ!?」


 タイタン号の艦橋で、ペルリ提督は目を剥いた。

 二千トンの巨艦が全力で石炭を燃やし、外輪を狂ったように回して追走しているにもかかわらず――。

 目の前の開花丸との距離が、縮まるどころか、猛烈な勢いでグングンと引き離されていくのだ!


「そ、速度測定――じ、十二・四ノット……! なおも加速中! 時速十三ノットに達しますッ!!」

 ミリガン副官が絶叫した。


「馬鹿な……! なぜだ!? 向かい風を受けているのは奴らも同じはずだ! なぜ風に押し戻されることもなく、あんな矢のような速度で海面を滑走できるのだ!?」


「外輪が水面を叩く我が艦と違い、奴らは水面下のスクリューで水を後方へ直接押し出しています! 波の揺れの影響を一切受けず、向かい風を切り裂く極めて鋭利な船首構造です! 追いつけません……完全に我が艦隊を凌駕していますッ!!」


 さらに、開花丸の驚異の機動力は、直線スピードだけにとどまらなかった。


「面舵(おもかじ)一杯! 敵艦隊の周囲を大きく旋回します!」

 宗介の号令一下、開花丸の舵が大きく切られた。


 ザザァァァッ!!


 開花丸は時速二十キロを超える高速を維持したまま、美しい弧を描いて海面を急旋回した。

 巨大な外輪が邪魔をして小回りの利かない合衆国艦隊の周囲を、まるで巨象を翻弄する一羽の白鳥のように、軽やかに、そして優雅に周回してみせたのだ。


 タイタン号の甲板を掠めるように通過した瞬間、開花丸が巻き起こした純白の船首波が、タイタン号の舷側を激しく打ち据えた。


 ザパァァァンッ!!


「うわああああっ!?」

 冷たい海水を頭から浴びせられ、合衆国の水兵たちが甲板によろめいて倒れ込む。


 ペルリ提督はびしょ濡れの軍服のまま、呆然と開花丸を見上げた。

 開花丸の船首甲板には、漆黒の生漆で塗られた百ポンド鋼製ライフル巨砲が、いつでも火を吹ける状態で据え付けられている。

 そして舳先には――潮風に黒髪をなびかせ、凛とした神々しい眼差しで自分たちを見下ろす沙羅姫と、スマートフォンを片手に冷静に微笑む宗介の姿があった。


「……あ、あいつらは……」

 ペルリの背筋に、冷たい汗が滝のように流れ落ちた。


 もし、これが本物の海戦であったなら――。

 開花丸は合衆国艦隊の大砲が届かない遥か遠くから、圧倒的な機動力で死角へと回り込み、一方的に砲弾を浴びせて全艦を海の底へと沈めていたはずだ。

 武力による威嚇など、最初から完全に破綻していたのだ。


「……ミリガン」

 ペルリはかすれた声で呟いた。


「は、はい……提督……」


「……全艦、蒸気を落とせ。……白旗(停戦信号)と、会談を求める国際信号旗を掲げろ」


「て、提督!? 未開の現地民相手に、我が合衆国海軍が白旗を掲げるなど前代未聞です!」


「黙れッ!!」

 ペルリは副官を一喝した。その瞳には、侮りなど微塵もなく、本物の怪物と対峙した軍人としての恐怖と戦慄が宿っていた。


「奴らのどこが『未開』だ! 我が国の最先端技術を何年も先取りした蒸気船を浮かべ、完璧な防備を敷いているではないか! ……これ以上無駄な威嚇を続ければ、我が東方艦隊が全滅するぞ! ……上陸し、代表者との正式な談判を行う!」


 タイタン号のマストに、ゆっくりと純白の布――白旗と、友好会談を求める国際信号旗が引き上げられた。


「……宗介、見よ! 敵の黒船のマストに、真っ白な旗が掲げられたぞ! あれは……戦の合図か!?」

 沙羅が愛刀の柄に手を添え、訝しげに目を細めた。

 作造たちも「おいおい、白旗なんざ掲げて、突撃でもしてくる気かい!?」と身構える。


「違いますよ、沙羅さん、作造さん」

 宗介は穏やかに笑い、首を横に振った。


「西洋の海軍の掟では、白旗は『これ以上戦う意志はない、武器を収めて話し合いたい』という停戦と降伏のサインです。……敵の提督は、武力で俺たちを脅すのを完全に諦めました」


「な……白き旗が、降伏の印じゃと……!?」

 沙羅が息を呑み、やがてその大きな瞳をパッと輝かせた。

「勝った……! 我が国の誇りを乗せた開花丸が、異国の巨大な黒船を完全に屈服させたのじゃな……!」


 作造たちが狂喜乱舞し、機関室から上がってきた宗兵衛が宗介の肩を力いっぱい叩いて笑い転げた。

「がはははっ! 見たかおい! 天下無敵の黒船様が、尻尾を巻いて話し合いを求めてきやがったぜ!!」


 そして――沙羅がそっと宗介の隣へ歩み寄ってきた。

 潮風に吹き抜ける黒髪。

 沙羅は宗介の手を両手でぎゅっと包み込むと、その大きな瞳から熱い涙を零れ落ちさせた。


「……宗介。武力で脅し、奪うことしか頭になかった異国の軍艦が……そなたの知恵の前に、白旗を掲げて平伏したぞ」


「沙羅さん。ここからが、本当の『大人の外交』です」

 宗介はスマホの画面をタップし、AIシズクの国際法データベースを呼び出した。


「相手は軍艦の威圧が通用しないと悟り、今度は『不平等条約』という法と言葉の罠を仕掛けてきます。……シズクの国際法シミュレーションで、奴らの不当な要求をすべて叩き潰し、完全に対等な平和条約を結ばせましょう!」


「うむッ! そなたと共に、この国の威信を世界に知らしめてやろうぞ!」


 海上の機動力対決を完全勝利で制した宗介と瑞穂国。

 いよいよ舞台は、湊浦の特設会談場における、知恵と法理が激突する緊迫の『外交談判』へと突入するのだった。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!


「ちょっと面白いな」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

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次回更新もお楽しみに!


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