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第26話 黒船来航 〜湊浦沖の漆黒の巨艦〜

いつもお読みいただき本当にありがとうございます! 飛鳥創です。

第3章を走り抜け、国産蒸気船『開花丸』を浮かべた宗介たち。

本日より、物語の最大の山場となる第4章『黒船来航と文明開化編』が開幕いたします!

ついに湊浦沖へ現れた、ルーディス合衆国の黒船四隻。

――黒船で脅せば屈すると思った? 残念、すでに文明開化してます!

この言葉を胸に、世界の理不尽を科学と誇りで打ち破る大逆転劇を、どうぞ最後まで見届けてください!

 朝靄(あさもや)が立ち込める湊浦(みなとうら)の沖合。

 水平線を覆い尽くすようにして姿を現したのは、瑞穂国(みずほこく)の人々がこれまでの歴史で一度も目にしたことのない、異形の四隻の巨艦だった。


 先頭を進むのは、排水量二千トンを超える二隻の巨大な蒸気外輪フリゲート艦――ルーディス合衆国東方艦隊の旗艦【タイタン号】と、同型艦【オケアノス号】。

 その後方には、重厚な三本マストに無数の帆を張った大型帆走戦艦【ヴァンガード号】と【セレス号】が、黒煙を吹き上げる蒸気艦に太いロープで牽引されながら堂々と追随していた。


 四隻の船体は、防腐用のコールタールによって見上げるような漆黒に塗り固められている。

 天を突く太い鉄の煙突からは、石炭の燃えかすを含んだ真っ黒な煙がもうもうと吐き出され、青空を黒く染め上げていた。船体の左右両側面に備え付けられた巨大な鉄の水車――【外輪パドルホイール】が、ゴウン、ゴウンと重々しい水音を響かせて海面を叩き割っている。


 タイタン号の最上甲板、金モールの肩章をつけた豪奢な軍服に身を包んだ男――東方艦隊司令長官、アレクサンダー・ペルリ提督(五十四歳)が、真鍮の単眼鏡を片手に湊浦の海岸を見下ろしていた。


「……ふん。本国の探検記録で読んだ通りの、遅れた封建の島国だな」


 ペルリは冷酷な笑みを浮かべ、葉巻の煙を燻(くゆ)らせた。

 隣に控える副官のミリガン中佐が、慇懃無礼(いんぎんぶれい)に頭を下げる。


「提督、湊浦の入江に多数の木造小舟が確認できます。我らの巨艦を見て、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑っているようです」


「結構なことだ。未開の東洋人どもに、文明国の圧倒的な力を骨の髄まで教えてやるのが我らの使命だ。……大統領からの親書(開国要求書)を突きつける前に、まずは我が艦隊の挨拶代わりに、祝砲の礼をくれてやれ。轟音を聞けば、城の王どもは腰を抜かして這いつくばるだろう」


「了解いたしました! 右舷砲、空砲一斉射方用意ッ!」


 号令一下、タイタン号の舷側に並ぶ七門の六十八ポンド滑腔砲(かっこうほう)が、一斉に湊浦の岬へと向けられた。


 ドォォォォォォォォォンッッッッ!!!!!!!


 大地を叩き割るような猛烈な爆音と、真っ白な硝煙の雲が海上に炸裂した。

 空砲とはいえ、大砲七門の斉射による衝撃波は、海面を激しく波立たせ、湊浦の町中に地鳴りのように響き渡った。


「がはははっ! 見ろ、町中のネズミどもが逃げ惑う姿が目に浮かぶようだぜ!」

 甲板の水平たちが下品な笑い声を上げる。


 ――だが。

 ペルリ提督たちが期待したような阿鼻叫喚(あびきょうかん)のパニックは、湊浦のどこにも起きていなかった。


 見張り番所の司令室では、電信手が落ち着いた手つきでモールスキーを叩いていた。


 カチッ、カチカチッ!

『テ・キ・カ・ン・ク・ウ・ホ・ウ・ナ・ナ・ハ・ツ・シ・ャ・ゲ・キ・ヒ・ガ・イ・ナ・シ(敵艦空砲七発射撃、被害なし)』


 江都城の作戦室からは、わずか数秒で正信からの指示が返信されてくる。

『シ・ラ・セ・リョウ・カ・イ・ケ・イ・カ・イ・ヲ・ツ・ヅ・ケ・ヨ(知らせ了解、警戒を続けよ)』


 海岸沿いの町では、万代屋の小夜と棟梁の作造が率いる誘導部隊が、手際よく住民たちを内陸の高台へ整然と避難させていた。


「皆さん、慌てず足元に気をつけて! 沖の船が撃ったのはただの脅かしの空砲ですわ! 宗介様と沙羅様が、港で完璧な備えを整えてくださっております!」

「おうよ! 俺たちの開花丸とアームストロング砲がありゃあ、あんな黒い船なんざヘッチャラだ! ゆっくり歩いて高台の寺へ入りな!」


 民衆は怯えるどころか、「宗介様がおられるなら安心だ」「あの黒い船、煙ばかり吐いて汚い船だな」と口々に言い合いながら、平然と避難を完了させていた。


 単眼鏡でその様子を覗き込んでいたペルリ提督の眉が、ピクリと跳ね上がった。


「……何だと? なぜ奴らはパニックを起こさん? 大砲の轟音に怯えて土下座するどころか、整然と隊列を組んで引き揚げているだと……!?」


「て、提督! 入江の奥から……何かが向かってきます!!」


 見張り員の悲鳴のような叫び声に、ペルリは慌てて単眼鏡を軍港の入り口へと向けた。


 そして――合衆国艦隊の全乗組員が、己の目を疑う光景を目撃することとなった。


 ザバァァァァッッッ!!!!!


 湊浦の軍港から姿を現したのは、真っ黒なタールの塊のような合衆国の軍艦とは似ても似つかない、息を呑むほどに美しい純白と漆黒の巨艦だった。


 全長四十メートル。

 波を鋭利に切り裂くクリッパー型の鋭頭船首には、金蒔絵で輝く撫子の神紋。

 甲板の首尾には、冷たい光を放つ最新鋭の後装式ライフル巨砲が堂々と据え付けられている。


 そして何より――異国の水兵たちを戦慄させたのは、その【推進力】だった。


 合衆国の蒸気船のように、船の横でバシャバシャと水を跳ね上げる巨大な外輪車(パドルホイール)など、その船のどこにも存在しない。

 天に向かって吐き出される黒煙もほとんどなく、ただ澄んだ熱気とわずかな白い水蒸気を漂わせているだけだった。


 それにもかかわらず――その船は、水面下の不可視の力によって、白波を左右へ豪快に蹴立てながら、信じられない速度で直進していたのだ!


「な……な、何だあの船はァッ!?」

 ミリガン副官が絶叫した。


「外輪車がないぞ!? 船の横に水車がついていないのに、なぜ動いている!? しかも……いま海の上は強い向かい風だぞ! なぜ風上に向かって、あんな恐ろしい速度で突進してこられるんだ!?」


 タイタン号の測量手が、震える手で測程線(スピードログ)を握りしめ、悲鳴を上げた。


「そ、速度測定――じ、十二ノット……! 時速十二ノット以上出ています! 我が艦隊の巡航速度(八ノット)を遥かに凌駕していますッ!!」


「ば、馬鹿なッ!!」

 ペルリ提督の手から、咥えていた葉巻が甲板へと転がり落ちた。


「外輪のない蒸気船だと……!? 水面下に螺旋の羽根を沈める『スクリュー推進』は、本国の海軍工廠(こうしょう)でもまだ実験段階の最先端理論のはずだ! なぜ……なぜ極東の未開国の連中が、実用的なスクリュー蒸気船を海に浮かべているのだァッ!?」


 度肝を抜かれ、硬直する黒船艦隊。

 その四隻の巨大な威容へ向かって、国産外洋蒸気船【開花丸】は、悠然と白波を切り裂いて接近していった。


 開花丸の舳先(へさき)には、風に藍染めの羽織をなびかせ、腰の愛刀に手を添えた沙羅が、凛とした神々しい姿で立っていた。

 その隣には、スマートフォンを手に、冷静沈着な瞳で黒船を見据える宗介。


『マスター、敵旗艦タイタン号の諸元スキャン完了。外輪推進フリゲート、主砲は旧式六十八ポンド滑腔砲。機関出力およそ五百馬力ですが、外輪の流体損失により実効推進効率は開花丸の半分以下です』


「了解だ、シズク。……相手は完全に腰を抜かしてるな」


 宗介は口元に不敵な笑みを浮かべ、機関室へ通じる伝声管を手に取った。


「宗兵衛さん、敵艦隊の正面五町(約五百メートル)で面舵(おもかじ)! 開花丸の機動力を、奴らの目の前で見せつけてやりましょう!」


「がはっ、任せときな! 異国の錆びた外輪車なんぞに、儂らのスクリューが負けてたまるかよォッ!!」


 ゴォォォォォッ!

 開花丸は鋭い舵を切ると、黒船艦隊の鼻先を掠めるようにして、華麗な旋回軌道を描いてみせた。


 未開の国を脅すためにやって来た西洋列強の黒船艦隊。

 だが――その目の前に立ちはだかったのは、彼ら自身の最新技術すら置き去りにした、超近代文明開化の奇跡の巨艦だった。


「沙羅さん、始めましょう。……俺たちの国の未来を懸けた、本当の交渉です」


「うむッ! 瑞穂国の誇り、異国の軍人どもにしかと見せつけてやろうぞ!」


 静まり返る湊浦の海上で、新旧の文明が激突する歴史的な対峙が、いま幕を開けたのだった。



最後までお読みいただき、ありがとうございました!


「ちょっと面白いな」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

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次回更新もお楽しみに!


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