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第25.5話(閑話)黒船艦隊の針路 〜極東への航路と、提督の傲慢〜

飛鳥創です。いつもお読みいただきありがとうございます!

 ――湊浦(みなとうら)沖へ姿を現す、わずか数刻前の深夜。

 月光に青白く照らされた広大なる大洋の波間を、巨大な怪物の如き影が、轟々(ごうごう)たる水煙と黒煙を夜空に噴き上げながら切り裂いていた。


 ルーディス合衆国海軍東方艦隊。

 先頭を進むのは、外輪蒸気フリゲートの威容を誇る旗艦『タイタン号』、そして同型艦『オケアノス号』。

 その背後には、三本マストに無数の帆を張った大型スループ艦『ヴァンガード号』と『セレス号』が、整然たる陣形を保って追随していた。


 黒鉄の装甲と、船体左右に張り出した巨大な外輪水車。

 舷側(げんそく)の砲門からは、鈍い光を放つ六十八ポンド巨砲の砲身が幾重にも顔を覗かせ、まさに西洋近代文明の武力を象徴する圧倒的な威容だった。


 旗艦タイタン号の士官室(ウォードルーム)では、真鍮のランプの下、若き将校たちが高級スコッチウイスキーのグラスを傾け合い、朗らかな笑い声を響かせていた。


「――いよいよ明日ですな、砲術長。あの極東の孤立した未開国……『瑞穂国(みずほこく)』への到達は」


 グラスを掲げた航海長のスミス大尉が、唇の端を吊り上げて笑った。


「ああ。数百年の間、海を閉ざして殻に閉じこもっていた野蛮な島国だ。ネーデル商人の記録によれば、頭のてっぺんを剃り落として奇妙な髷(まげ)を結い、刀と弓矢を振り回して暮らしているそうじゃないか」


「ハハッ、傑作ですな! 風の力だけで進む木造の小舟しか見たことがない連中だ。夜が明けて、このタイタン号の吐き出す巨大な蒸気の大煙と、六十八ポンド砲の空砲を一発轟かせてやれば……恐怖のあまり腰を抜かして海へ飛び込むか、神の雷(いかずち)だと平伏して祈り始めるに違いありませんよ」


「まったく同感だ。我が合衆国の意のままに治外法権と一方的な低率関税を認めさせ、市場を丸ごと開拓する。……本国の議会が期待する通りの、実に容易い任務(ピクニック)になりそうだ」


 将校たちの笑い声には、世界に冠たる近代軍隊としての絶対の自負と、東洋の小国を見下す抜きがたい優越感が満ち溢れていた。


 その士官室の喧騒から離れた、最上甲板の船橋(ブリッジ)。

 夜の冷涼な海風を全身に浴びながら、漆黒の水平線をじっと見つめる一人の巨躯の男がいた。


 東方艦隊司令長官、アレクサンダー・ペルリ提督。

 五十四歳。数々の海戦を潜り抜け、合衆国海軍の最高実力者として大統領の全幅の信頼を背負う、歴戦の剛腕軍人である。


 濃紺の軍服の胸元には無数の戦功勲章が輝き、金モールをあしらった二角帽子(バイコーン)の庇(ひさし)の下から、猛禽類(もうきんるい)の如き鋭い眼光が放たれていた。

 ペルリは真鍮の単眼鏡を下ろすと、内ポケットに手を差し入れ、エドワード・ハリントン大統領から託された【大統領親書】の封蝋(ふうろう)にそっと触れた。


「……泰平の眠り、か」


 提督の唇から、低く重重しい呟きが漏れた。


「蒸気機関の熱エネルギー、高圧ボイラーの推進力、そして長距離巨砲の火力……。これら産業革命の精華こそが、近代世界を支配する絶対の力だ。自然の理(ことわり)を知らぬ極東の島国が、これに対抗する術など、地球上のどこを探しても存在せぬ」


 ペルリに、瑞穂国に対する個人的な憎しみはなかった。

 ただ、国際社会の冷酷な力学――強者が弱者を呑み込み、法と規律を押し付ける帝国主義の論理を、軍人として淡々と信奉しているに過ぎない。


「もし賢明であるならば、黒船の威容を見た瞬間に自らの無力さを悟り、平和裏に扉を開くがよい。……だが、もし万が一にも愚かな抵抗を試みるならば」


 提督の瞳の奥に、冷酷な光が宿った。


「その時は、湊浦の沿岸要塞を艦砲射撃で灰燼(かいじん)に帰し、武力の圧倒的な差を骨の髄まで教えてやるまでのこと。……明日、この極東の地において、歴史が動く」


 ペルリは不敵な笑みを浮かべ、夜空を見上げた。

 東の水平線の彼方には、夜明けを告げる薄青い朝靄(あさもや)が、音もなく立ち込め始めていた。


 夜が明ければ、湊浦の民は黒船の影に震え上がり、合衆国の軍門に降る――。

 ペルリも、そして艦隊の将兵たちも、その勝利を微塵も疑っていなかった。


 ――だが。

 提督はまだ、夢にも思っていなかったのだ。


 数時間後、朝靄を破って姿を現す湊浦の海で、自分たちを待ち受けているのが……怯え惑う哀れな未開人などでは断じてないことを。


 自慢の外輪フリゲートを赤子のように置き去りにする、水面下のスクリュー推進船『開花丸』。

 一分の狂いもなく標的を撃ち抜く超精密施条ライフル砲。

 そして――合衆国の二重基準を国際法の論理で完膚なきまでに打ち破る、恐るべき若き知恵者・司馬宗介の存在を。


 傲慢なる黒船の砲門が、極東の夜明けの海へと、刻一刻と迫っていた――。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!


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次回更新もお楽しみに!


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