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第3話 からくり揚水水車 〜木工職人の神業×流体力学シミュレーション〜

飛鳥創です。いつもお読みいただきありがとうございます!

 竹樋水路の開通によって、緑川村の低地に広がる田畑には潤沢な清水が行き渡った。

 だが、翌朝――村の北西に広がるすり鉢状の段々畑を見上げた村人たちの顔には、再び暗い影が落ちていた。


「……駄目だ。いくら用水路に水が戻ったって、この高台の棚田(たなだ)までは水が届かねえ」


 作造が太い腕を組み、額の汗を拭いながら悔しげに呟いた。

 低地の本流から高台の棚田までは、高低差がおよそ二間半(約四・五メートル)。水は高いところから低いところへしか流れない。十数枚の段々畑に植えられた稲は、今も黄色く立ち枯れかけていた。


「村中の男手で桶(おけ)を担いで往復したところで、この広さじゃ焼け石に水だ。……せっかく宗介先生が水路を引いてくれたってのに、高台の畑は見捨てるしかねえのか……」


 肩を落とす農民たちの姿に、沙羅が悲痛そうに眉を寄せた。


「高台の田を持つ者は、村でも特に貧しい小作の民ばかりじゃ。ここを枯らしてしまえば、冬を越せぬ家が何軒も出てしまう……。宗介、そなたの故郷の術で、『水は高きより低きに流れる』という天の理(ことわり)を覆す手立てはないのか……?」


 すがるように見つめてくる沙羅の瞳。

 朝日に照らされた彼女の横顔には、昨日の労働の疲れが微かに残っていたが、民を想うその眼差しはどこまでも澄み切っていた。


「ありますよ、沙羅さん。水そのものの力を使って、水を押し上げる『からくり』を作ります」

「なっ……!? 水を押し上げるからくりじゃと!?」


 作造が目を丸くして身を乗り出した。


「おいおい先生、水が自分で自分を持ち上げるなんて、そんな手品みたいな話があるかい!」

「手品じゃありません。水車と、螺旋(らせん)の揚水ポンプを組み合わせるんです」


 宗介は懐からスマホを取り出した。

 昨晩、ソーラーパネルを全開にして朝陽を浴びせ、バッテリーは九十八パーセントまで回復している。


「シズク、本流の流速と流量データから、揚水水車の最適トルクとギア比を算出。三次元設計図を展開してくれ」

『了解しました。流速毎秒一点八メートル、有効水頭差を考慮。アルキメディアン・スクリュー(螺旋揚水管)と下掛け式水車の連動機構を設計します。木工加工用の噛み合い歯車比は一対四。ブレードの迎え角を三十二度に設定することで、流体エネルギー変換効率を最大化します』


 ピピッ、と澄んだ電子音と共に、スマホの画面上に木組みの巨大な水車と、斜めに突き刺さる螺旋の筒が立体的に回転し始めた。


「ひゃああっ……! ま、また板の中で絵が動いておる……!」

「作造さん、見てください。この羽車を本流に沈めて水流で回し、その回転を歯車で斜めの筒――中が螺旋状になった竹筒に伝えるんです。そうすれば、ハンドルを回さなくても、水車が勝手に水を上へ上へと汲み上げてくれます」


 作造は画面に顔を近づけ、食い入るようにその構造を見つめた。

 最初こそ呆気にとられていた職人の瞳に、やがて猛烈な熱気が宿り始める。


「……すげえ。すげえぞ、これ……! 水流の力で歯車を回し、螺旋の溝で水を抱え上げて上へ運ぶのか! おい先生、この歯車の歯の角度、なんて滑らかな曲線を描いてやがるんだ! これなら木同士が軋まずに、軽々と力を伝えられるぜ!」

「作造さんの腕なら、この図面通りに組めますか?」

「舐めてもらっちゃ困るぜ! 儂ら江都大工の仕口(しぐち)と継手(つぎて)の技がありゃあ、鉄の釘なんざ一本も使わずに、樫(かし)と欅(けやき)の木組みだけでビクともしねえ水車を仕立ててみせる!」


 作造の怒号のような号令一下、村の木工小屋に槌音と鋸の音が鳴り響いた。


 宗介がシズクの画面で寸法をミリ単位で指示し、作造たちがそれを寸分の狂いもなく木材へ落とし込んでいく。

 木材の収縮まで計算に入れた職人たちのノミ遣いは、まさに神業だった。AIが提示した高度な流体力学の幾何学モデルが、瑞穂国(みずほこく)に受け継がれてきた伝統木工技術によって、驚くべき速度で現実の立体へと組み上がっていく。


 ――昼下がり。

 作業の合間の小休止、宗介は木陰の縁側に腰掛けていた。


「――宗介、精が出るな」


 ふと、涼やかな声がかけられた。

 見上げると、井戸水で冷やした瑞々しい真桑瓜(まくわうり)を竹皿に乗せた沙羅が、裾を揺らして隣に腰を下ろしたところだった。

 男装の羽織を脱ぎ、白い小袖姿になった彼女の襟元からは、細く美しい鎖骨が覗いている。ふわりと風が抜けた瞬間、彼女の髪から微かに甘い撫子の香りが漂った。


「これ、村の者が礼にと持ってきてくれたのじゃ。そなたも食べよ」

「ありがとうございます。いただきます」


 一口かじると、上品な甘みとみずみずしい果汁が口いっぱいに広がった。

 ふと横を見ると、沙羅は小さく瓜をかじりながら、宗介の横顔をじっと見つめていた。その切れ長の瞳が、どこか切なげに揺れている。


「……沙羅さん? どうかしましたか?」

「……いや。そなたは不思議な男じゃと思うてな」

 沙羅はふっと自嘲気味に微笑み、遠くの青空を見上げた。

「神のような知恵を持ちながら、決して威張らず、作造たちの技を心から称え、民と同じ汗を流す。……妾の父や、城に巣食う高官たちに見せてやりたいものじゃ。民の暮らしも見ず、己の権力と面子(めんつ)ばかりを気にしておる、あの者たちにな」


「沙羅さんのお父さんって……偉いお武家様なんですか?」


 宗介が尋ねると、沙羅はハッと我に返ったように丸い瞳を見開き、両手を慌てて振った。


「あ、いや……! そ、その……ただの武家の出じゃ! 大したことではない!」

 照れ隠しに長い袂で口元を隠し、ぽっと頬を染めて視線を逸らす。

 その仕草があまりにも可憐で、宗介は思わず見惚れてしまった。


『マスター、沙羅姫の生体データ分析。嘘をつく際の微細な視線移動パターンを検知。身分に関する情報を意図的に秘匿しています。なお、現在の好感度パラメータは【八二・一パーセント】を推移中』

(シズク、今は静かにしてろって……!)


「おい宗介先生! 沙羅様! 組み上がったぞッ!!」


 作造の大声が響き、二人は弾かれたように立ち上がった。


 用水路の段差に据え付けられたのは、直径一丈(約三メートル)の堂々たる木製水車と、太い竹を螺旋状にくり抜いた揚水パイプだった。


「水門を開けるぞッ! いけェーッ!」


 水門が引き上げられると、激しい水流が水車の羽を叩いた。

 ギィ……ゴトゴトゴトッ!

 樫の歯車が心地よい重低音を響かせて噛み合い、螺旋の竹筒が滑らかに回転を始める。


 次の瞬間――。


 ザバァッ!! ザババババッ!!


 高低差四メートルを超える高台の棚田の最上段へ、螺旋パイプから汲み上げられた大量の水が、白い飛沫を上げて滝のように勢いよく注ぎ込まれた。


「上がった……! 水が山を駆け上がっていくぞォッ!!」

「からくり水車だ! 棚田が全部、水で満ちていく……!!」


 乾ききっていた段々畑が、上から下へと美しい水鏡のように連鎖して輝きを取り戻していく。

 村人たちが狂喜乱舞し、作造は宗介の肩を痛いほどに叩いて豪快に笑った。


「わはははっ! 見たかおい! 先生の図面と、儂ら大工の木組みが合わさりゃあ、天の理だってひっくり返せるんだよ!」

「やりましたね、作造さん!」


 水飛沫が舞い散る中、沙羅が駆け寄ってきて、宗介の濡れた手を両手でぎゅっと包み込んだ。

 その瞳は涙で潤み、太陽よりも眩しい笑顔が咲き誇っていた。


「宗介……! 見事じゃ、まことに見事じゃ! そなたを信じて……まこと、良かった……!」


 感極まったようにこぼれた本心の言葉に、沙羅自身が気付いてカッと顔を真っ赤にする。

 触れ合う柔らかな手の温もり。

 二人の心は、この日、確かに深く結びついたのだった。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!


「ちょっと面白いな」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

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次回更新もお楽しみに!


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