第24話 鋼の巨砲と旋条の牙 〜アームストロング砲の鋳造〜
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開花丸の初試験航行の大成功から、わずか数日。
湊浦の赤煉瓦反射炉の敷地には、多賀根山から届いた最高強度の高純度鋼インゴットが何十本も積み上げられ、巨大な金属中ぐり盤が、昼夜を問わず唸りを上げていた。
作業台の前に立ち、真鍮のノギスを手にしたからくり宗兵衛が、目を吊り上げて叫んだ。
「宗介! 砲身の焼き嵌め(やきばめ)多層構造、三本とも内径の狂いなく締め上がったぜ!」
目の前に据え付けられていたのは、全長三間半(約六・三メートル)、漆黒の高純度鋼で鍛え上げられた【百ポンド級鋼製後装式ライフル砲(アームストロング砲)】の砲身だった。
従来の青銅砲や鋳鉄砲は、一枚肉の鋳造で作られているため、火薬の圧力を上げると砲身が耐えきれずに破裂(自爆)してしまう。
だが、宗介が指導したこの巨砲は違っていた。
高温で真っ赤に熱して膨張させた外側の鋼鉄リング(コイル)を、内側の砲身筒へ次々と嵌め込み、水で急冷して収縮させる【焼き嵌め多層構造】を採用。内側から外側へ向けて常に強い圧縮応力がかかっているため、従来の三倍以上の超高圧火薬爆発にビクともしない超強靭な砲身が誕生したのだ。
「宗兵衛さん、次は心臓部の【施条】加工です!」
宗介がスマホをタップすると、シズクの三次元幾何学図が青白く浮かび上がった。
『砲腔内旋条加工パラメータを展開。内径七インチ(百七十八ミリメートル)。右回り三十二条の等角螺旋スリットを、深さ一・五ミリメートルで精密切削。弾頭の回転安定数を毎分三千回転に設定します』
「作造さん、水車動力の送り刃を入れてください!」
「おうよッ! いけェーッ!」
棟梁・作造がレバーを倒すと、中ぐり盤の先端に固定された超硬質の玉鋼バイトが、砲身の奥深くへと回転しながらゆっくりと吸い込まれていった。
キリリリリリ……ッ! シュルルルルッ!
油と火花を散らしながら、砲身の内壁に、寸分の狂いもない美しい螺旋の溝が刻まれていく。
「宗介、この砲身の中の螺旋の溝……これには如何なる意味があるのじゃ?」
藍染めの小袖にたすき掛け姿の沙羅が、興味深そうに砲口を覗き込んできた。
風に乗ってふわりと漂う、清涼な白檀と撫子の香り。
「沙羅さん。従来の滑腔砲は、丸い鉄の球をただ筒から撃ち出すだけでした。それだと、空気の抵抗で弾が不規則にブレて、数町(数百メートル)も離れるとどこへ飛んでいくか分かりません。……ですが、この螺旋の溝を通すことで、弾丸自身が猛烈な独楽のように回転しながら飛び出すんです」
「独楽のように回転する……? 回転すると、真っ直ぐ飛ぶのか?」
「はい。『ジャイロ効果』といって、回転する物体はその姿勢を保とうとします。風に煽られても軌道が一切ブレず、目標へ吸い寄せられるように一直線に飛んでいくんです」
さらに宗介は、作業台に並べられた真新しい弾薬を指差した。
「弾丸も、丸い鉄球ではありません。先端が尖った【尖頭円筒形鉛被弾】です。後ろから火薬の爆発圧力を受けると、弾丸の側面に巻かれた柔らかい鉛が膨張して砲身の螺旋溝にピッタリ食い込み、火薬のガスを漏らさず百パーセント推進力に変えます」
「そして……装填は、砲口から棒で押し込むのではなく、後ろのネジ式尾栓を開けて込める【後装式】です。装填時間は従来の五分の一。一分間に三発以上の連続射撃が可能です」
「な……五倍の速さで撃ち込めるじゃと……!?」
老中筆頭・西園寺正信が、腕を組みながら息を呑んだ。
「さらに、弾丸の中には黒色火薬と、衝撃で火花を散らす雷汞信管を仕込んだ【尖頭炸裂弾(榴弾)】を採用しました。敵の船体に突き刺さった瞬間に内部で大爆発を起こし、木片と鉄片をまき散らして敵艦を内部から吹き飛ばします」
「……恐ろしい。恐ろしいほどの破壊の知恵じゃ……!」
沙羅の身体が、武者震いに小さく震えた。
――そして、翌日の午後。
湊浦の岬の突端、海を見下ろす台場(砲台)に、完成したばかりの百ポンド巨砲が据え付けられた。
台場には正信、沙羅、宗兵衛、作造、そして小夜が集まり、固唾を呑んで試射演習の時を待っていた。
「目標を設定します。……岬の正面、沖合一里(約四キロメートル)に浮かぶ無人の岩礁――『鬼ヶ礁』!」
見張り台の光学望遠鏡でしか捉えられない、水平線の彼方に小さく霞む標的の岩山。
「一里彼方の岩礁じゃと……!? 宗介殿、従来の城の大砲や異国の滑腔砲ですら、届くのはせいぜい十町(約一キロ)が限界じゃぞ! 一里先の小島など、目視すら危ういではないか!」
正信が驚愕して声を上げた。
「届きます、西園寺様。この巨砲の最大射程はおよそ一里半(約六キロメートル)。……シズク、風速、気圧、弾道計算を展開!」
『了解しました。仰角十八度二分、方位角百七十二度。射撃諸元を照準器へ同期完了。初速毎秒四百八十メートル――着弾まで九・二秒と算出されます』
宗介が旋回ハンドルを回し、砲身の仰角を精密に合わせた。
砲尾のネジ栓を開き、円筒形の尖頭炸裂弾と火薬筒を滑り込ませて、カチリと尾栓をロックする。
「沙羅さん、点火索(引き金)を引いてください!」
「うむ……! 瑞穂国の誇り、敵を穿つ鋼の牙……いざ放たんッ!」
沙羅が凛とした表情で引き綱を握り、力いっぱい手前に引いた。
カチッ……ドォォォォォォォォォォンッッッッ!!!!!!!
大地を叩き割るような凄まじい轟音が炸裂した。
砲口から猛烈な火柱と純白の爆煙が吹き上がり、台場の石垣がビリビリと激しく振動する。
キリリリリリリィィィィィン……ッッ!
砲腔内の螺旋溝に導かれ、超高速でスピンする尖頭弾が、大気を切り裂く鋭い風切り音を残して、青い大空の彼方へと吸い込まれていった。
一秒……三秒……五秒……八秒……。
水平線を見つめる全員が、息を止めて静まり返る。
そして――九秒後。
ドゴォォォォォォォォォォッッッッ!!!!!
沖合一里(四キロ)彼方の海上に、まるで火山の噴火のような巨大な火柱と、高さ二十メートルを超える真っ白な水柱が天を突き刺すように噴き上がった!
次の瞬間、頑丈な鬼ヶ礁の巨岩が、信管の炸裂によって粉々に砕け散り、粉塵の雲となって海中へと崩れ落ちていったのだ!
「……あ……あ……」
光学望遠鏡を覗き込んでいた正信が、手から望遠鏡を取り落としそうになりながら立ち尽くした。
「……消えた……。一里彼方のあの巨大な岩山が……一撃で、跡形もなく粉微塵に吹き飛んだというのか……!?」
「まあ……! なんて恐ろしい威力……! 敵の船の大砲の届かない遥か遠くから、一方的に狙い撃ちできてしまいますわ……!」
小夜が扇子を握りしめ、鳥肌を立てて叫んだ。
宗兵衛と作造は、腰を抜かしたようにその場へへたり込み、やがて大声を上げて笑い転げた。
「がはっ、がははははっ! すげえ、すげえぞ宗介! 敵の鉄砲の届かねえ遠くから、百発百中でぶち込める大砲なんて、世界のどこを探したってありゃしねえ! この国の海は……完全に無敵だァッ!!」
台場にいた何百人もの武士や職人たちから、地鳴りのような歓声と勝鬨が沸き起こった。
その熱狂の中、沙羅がそっと宗介の隣へ歩み寄ってきた。
潮風に吹き抜ける黒髪。
沙羅は宗介の手を両手でぎゅっと包み込むと、大きな瞳から熱い涙を零れ落ちさせた。
「……宗介。そなたは、海を制する足(開花丸)だけでなく、敵のいかなる暴力をも寄せ付けぬ『絶対の牙』までも授けてくれたのじゃな」
「沙羅さん。この大砲は、他国を侵略するためのものではありません。……この国の平和と民の笑顔を、絶対に奪わせないための『抑止の盾』です」
「うむ……! 妾も、父も、この国に生きる全ての民が……そなたのその高潔な心を、生涯忘れはせぬぞ!」
沙羅は宗介の胸元へと優しく身を寄せ、二人は青く広がる太平洋を静かに見つめ合った。
高圧蒸気船『開花丸』、即時電信網、そして最新鋭ライフル巨砲。
すべての準備が整った瑞穂国。
いよいよ運命の日は、すぐそこまで迫っていた。
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