第22話 鉄骨木皮の巨艦 〜外洋蒸気船『開花丸』の起工〜
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湊浦の奥深く、三方を険しい岩壁に囲まれた天然の入り江。
そこには、石垣と木組みの水門で潮の満ち引きを完全に遮断した、瑞穂国初となる【乾ドック(ドライドック)】が姿を現していた。
水を排水したドックの底には、長さ二十二間(約四十メートル)に及ぶ、巨木を削り出した漆黒の主骨格――『竜骨』がどっしりと横たわっていた。
「……で、でかい……! これが、これから造る船の背骨か……!」
棟梁の作造が、手にした大工鎚を握りしめ、圧倒されたように見上げた。
「はい、作造さん。瑞穂国初となる本格外洋蒸気船――【開花丸】です。全長四十メートル、排水量三百トン。風がない大海原でも、時速十二ノット(時速約二十二キロメートル)で航行できます」
宗介がスマホをタップすると、シズクの青白いホログラムがドックの空間いっぱいに広がった。
宙に浮かび上がったのは、伝統的な千石船(和船)のずんぐりした形とはまったく異なる、鋭利な刃物のように波を切り裂く流線型の美しい船体だった。
『マスター、流体力学最適化船型モデルを展開します。船首は波の抵抗を極限まで低減するクリッパー型鋭頭船首。船尾には水流剥離を抑制する滑らかなスターン形状を採用。推進効率を最大化します』
「宗介、この船の骨組み……木だけでなく、鉄の帯が幾重にも交差しておるようじゃが?」
沙羅が藍染めの袴の裾をたすき掛けで引き締め、不思議そうに図面を指差した。
「よく気づきましたね、沙羅さん。この船は【鉄骨木皮構造】で造ります」
「てっこつ……もくひ?」
「はい。船全体を鉄板で造る『総鉄製船』は、いまの瑞穂国の設備では重すぎて造れません。しかし、これまでの木造船では、外洋の荒波や大型蒸気エンジンの激しい振動に耐えられず、骨組みが歪んでしまいます。そこで――背骨と肋骨フレームの要所に多賀根山の『高純度鋼リブ』をガッチリと組み込み、その外側に樹齢百年の楠と欅の厚板を張り巡らせるんです」
「なるほど……! 鉄の強靭さと、木の軽さとしなやかさを併せ持つ、最強の船体というわけか!」
老中筆頭・西園寺正信が、腕を組みながら感嘆の声を上げた。
「さらに、もう一つ。異国の軍艦を凌駕する最大の秘密があります」
宗介は図面の船尾の下部をタップした。
「異国の初期の蒸気船は、船の横に大きな水車(外輪パドル)をつけて水を掻いています。ですが外輪は、敵の砲撃を一発食らっただけで壊れて動けなくなり、外洋の荒波に揺られると片方の車輪が空回りして前に進めなくなります。……ですから開花丸には、水面下に完全に隠れる螺旋の羽根――【スクリュープロペラ】を装備します」
「な……水の中に隠れる螺旋の羽根じゃと……!?」
からくり宗兵衛が、目を丸くして身を乗り出した。
「はい。水面下に沈んでいるので敵の大砲が当たらず、荒波でも常に全力で水を後ろへ押し出せます。宗兵衛さん、反射炉の銑鉄と青銅を使って、この三枚羽のスクリュープロペラと、二百馬力の二気筒高圧蒸気エンジンを鋳造・切削できますか!」
「がはっ、言ってくれるじゃねえか! 旋盤と反射炉がありゃあ、どんなスクリューだろうがピストンだろうが、神の寸法で削り出してみせるぜ!!」
宗兵衛が拳を鳴らし、野太い声で吠えた。
「資金と物資の調達は、すべて万代屋にお任せくださいまし!」
小夜が艶やかな友禅染の袂を翻し、微笑んだ。
「伊豆や紀州から最高級の楠材と松脂を千石船で運び込ませておりますわ。万代屋の全財産を賭けて、この開花丸を浮かべてみせます!」
正信の公儀の威光、小夜の商人財力、宗兵衛の精密加工、作造たちの木工技術、そして宗介とシズクの最先端工学。
すべての力が一つに結実し、いよいよ開花丸の起工式が執り行われた。
ドックの底、太い欅の竜骨の前に、宗介と沙羅が並び立った。
宗介はノミと金鎚を沙羅に手渡した。
「沙羅さん。この国の未来を切り拓く船の最初の名と祈りを、あなたの手で刻んでください」
「……妾が、よいのか……?」
沙羅が驚いたように瞳を丸くした。
「はい。あなたがいなければ、俺はこの世界で一歩も進めませんでした。この船は、沙羅さんの国を想う心そのものです」
「宗介……」
沙羅の瞳に、熱い涙がじんわりと滲んだ。
彼女は小さく頷くと、ノミの切先を竜骨の心臓部へとあてがい、大工鎚を力いっぱい振り下ろした。
カァァァンッッ!!
澄み切った槌音が、湊浦の岩壁に心地よく反響した。
漆黒の木肌に刻まれたのは――『開花丸』の力強い三文字と、可憐な撫子の神紋。
沙羅は鎚を置き、宗介に向き直ると、その両手をぎゅっと握りしめた。
至近距離から漂う、潮風に混ざる甘美な撫子と白檀の香り。
「宗介。……妾は、この船が海へ浮かぶ日を、誰よりも楽しみにしておる。この船は……そなたと妾が、そしてこの国の民が共に紡いだ『希望の翼』じゃ」
「はい。必ず、世界で一番強く美しい船に仕上げましょう」
二人は見つめ合い、固く誓い合った。
ドック中に響き渡る無数の槌音と、反射炉から立ち上る熱風。
瑞穂国の誇りと未来を乗せた巨艦『開花丸』の建造が、いま力強い第一歩を踏み出したのだった。
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