第21話 湊浦の沿岸防備 〜反射炉と即時電信網の敷設〜
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江都の南、蒼波が打ち寄せる海の玄関口――『湊浦』。
三浦半島の先端に位置するこの岬からは、太平洋の雄大な水平線が一望でき、遥か沖合を行き交う異国の交易船の航路となっていた。
潮風が吹き抜ける岬の高台に、宗介、沙羅、西園寺正信、そしてからくり宗兵衛と棟梁・作造が立ち並んでいた。
「ここが……湊浦か」
宗介がスマホを掲げると、シズクの地形スキャンが走った。
『マスター、湊浦周辺の海図および防衛適地解析を完了。湾口部の幅は約二里(約八キロメートル)。岬の高台に砲台を配置した場合、東京湾に相当する江都内海の制海権を完全に掌握可能です』
「宗介殿。異国の軍艦が江都城下へ直接押し寄せるを防ぐには、この湊浦の海を封鎖するしかない。……如何なる防備を敷くべきか?」
老中筆頭・西園寺正信が、引き締まった表情で尋ねてきた。
「はい、西園寺様。二つの巨大プロジェクトを同時に進めます。一つは、巨大な船の部材や沿岸砲を一度に鋳造するための【大型耐火煉瓦反射炉】の建設。そしてもう一つは、この湊浦から江都城まで――十里(約四十キロメートル)を一気に結ぶ【長距離即時電信網】の敷設です」
「じゅ、十里の電信網じゃと……!?」
沙羅が大きな瞳を瞬かせた。
「はい。従来の早馬では、湊浦の海で異変が起きてから江都城へ知らせが届くまでに、どれほど急いでも半日近くかかりました。ですが電信線を繋げば、沖合に異国の船が現れたその瞬間――『わずか数秒』で江都城の作戦室へ緊急警報が届きます」
「……敵が湾内へ侵入する前に、城下の全軍が迎撃態勢を整えられるということじゃな!」
沙羅の切れ長の瞳に、武家の英傑としての光が宿った。
「作造さん! 街道沿いに杉の丸太を立てて、陶器のガイシで電線を江都城まで架線できますか!」
「まかせときな先生! 街道筋の宿場町の大工仲間も総動員して、一週間で十里の電柱をぶっ立ててみせらあ!」
万代屋の小夜が投じた莫大な資財と、公儀の普請方五千人が動員され、街道沿いに空前の電信線敷設工事が始まった。
並行して、岬の岩盤の上には、多賀根山の耐火粘土で焼き上げられた高さ四丈(約十二メートル)の双子煙突を持つ『赤煉瓦反射炉』が組み上げられていく。石炭の燃焼熱をドーム状の天井で反射させ、不純物を混ぜずに鉄を千五百度で均一に溶かす近代鋳造の要塞だ。
――そして、工事開始から十日目。
湊浦の岬に築かれた見張り番所の司令室には、研ぎ澄まされた大型光学望遠鏡と、真鍮の電信機が据え付けられていた。
「宗介様! 江都城・瑞光殿との電信線、導通確認いたしましたわ!」
江都から早馬で駆けつけていた万代屋の小夜が、艶やかな友禅染の袂を翻して報告した。
「よし……! 緊急警戒演習を開始します!」
宗介が見張り台の光学望遠鏡を覗き込む。
水平線の彼方、遥か十里(四十キロ)先の沖合に、白い帆を張った南蛮の大型商船が、ゆっくりと航行しているのが鮮明に視界に捉えられた。
「目標視認! 南南東、距離三里に大型船一隻! ……打鍵手、江都城へ警報電文を打てッ!」
「へいっ!!」
訓練を受けた若き電信手が、真鍮のモールスキーを力強く叩いた。
カチッ、カチカチッ! カチッ、カチーッ!
『ミ・ナ・ト・ウ・ラ・オ・キ・ニ・テ・キ・セ・ン・ハ・ッ・ケ・ン(湊浦沖に敵船発見)』
ダニエル電池から送り出された電流が、十里の街道を一瞬の稲妻のように疾走する。
――その、わずか三秒後。
カチカチカチカチッッッ!!
見張り番所の真鍮サウンダーが、激しい勢いで音を鳴らした。
宗介が受信紙を読み上げる。
「江都城・西園寺正信様より返信――『シ・ラ・セ・ウ・ケ・ト・ッ・タ・ソ・ウ・イ・ン・ハ・イ・ビ・セ・ヨ(知らせ受け取った、総員配備せよ)』!」
「……な、なんということじゃ……!」
横で見守っていた沙羅が、息を呑んで立ち尽くした。
「十里……歩けば丸一日かかる江都城の父上と、息をする間もなく言葉が交わされた……! これほどの速さで海と城が繋がっておれば、どんな異国の艦隊が奇襲を仕掛けてこようとも、我が国が不意を突かれることは金輪際あり得ぬ……!」
沙羅の頬が興奮と感動に上気し、その瞳には涙が浮かんでいた。
彼女は感極まったように宗介の隣へ駆け寄り、その両手をとって胸元にぎゅっと引き寄せた。
「宗介……! そなたはまこと、この瑞穂国に『千里眼』と『天翔る声』を授けてくれたのじゃな……!」
潮風に揺れる濡れ羽色の黒髪から、ふわりと甘やかな撫子と白檀の香りが立ち上る。
触れ合う手の温もりと、真剣に宗介を見つめる沙羅の眩しい眼差しに、宗介の胸が熱く高鳴った。
「沙羅さん、防衛の盾と通信の神経網は完成しました。……次はいよいよ、この湊浦の造船ドックで、海を制する瑞穂国初の本格外洋蒸気船――【開花丸】の建造に入ります!」
「うむ! 我が国の誇りを乗せて大海原を駆ける鉄の船……この手で必ずや造り上げようぞ!」
電光の如き通信網と巨大反射炉を手に入れた宗介たち。
産業革命の熱気は、いよいよ未開国の運命を決定づける『外洋蒸気船建造』という最大の挑戦へと突き進むのだった。
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