第15話 祝勝の宴と、伝説のからくり師
いつも温かい応援・評価をありがとうございます! 飛鳥創です。
大評定での痛快な勝利を経て、本日より第3章『産業革命とからくり技術革新編』が開幕いたします!
伝説の偏屈からくり師や豪商万代屋の若女将が新たに登場し、物語は「高炉製鉄」や「純国産蒸気機関」の開発という本格的な工業化の熱狂へ突入します。
職人たちの熱い魂と、宗介と沙羅の深まる絆にご期待ください!
江都城の大評定で土井大炊頭を完全論破し、疫病の終息が公に宣言された翌日の夜。
本町通りにある大店『万代屋』の最上階奥座敷には、祝勝の華やかな熱気と、甘く濃厚な伽羅の香りが満ちていた。
「宗介様! 沙羅様! 本日は万代屋の総力を挙げたお祝いの宴にございますわ。さあさあ、今宵は無礼講、心ゆくまで呑んで食べてくださいまし!」
万代屋の若女将・小夜が、艶やかな朱色の友禅染の袂を押さえながら、宗介の盃にトクトクと極上の純米大吟醸を注いだ。
座敷の中央には、千鳥川で獲れた新鮮な初鰹の刺身、鴨南蛮、美肌石鹸の原料にもなった椿油でカラリと揚げた極上の天ぷらが、所狭しと並べられている。
「ありがとうございます、小夜さん。本当に助かりました」
「いいえ、お礼を申し上げるのは私の方ですわ。宗介様のおかげで、万代屋の荷船も止まらず、新しい硝子や石鹸の注文で蔵がパンクしそうでございますもの」
小夜は妖艶な流し目を送りながら、ふわりと宗介の肩にその柔らかな身体をすり寄せてきた。
布越しにも伝わる豊満な温もりと、甘い伽羅の香りに、宗介は思わず喉を鳴らした。
「ちょ、ちょっと待つがよい、小夜ッ!!」
たまらず割って入ったのは、宗介の左隣に座っていた沙羅だった。
今夜の沙羅は、薄紅色の縮緬の小袖に身を包み、ほんのりと酒気配で桜色に染まった頬を膨らませていた。
「な、何を宗介にべったりと抱きついておるのじゃ! 宗介の盃が空いておるなら、妾が注いでやるのじゃから、小夜は離れるがよい!」
沙羅は徳利を奪い取ると、少し震える手つきで宗介の盃に酒を満たした。
至近距離から漂う、あの愛おしい白檀と撫子の清らかな香り。
「そ、宗介……! 妾の注いだ酒じゃ、ぐいっと呑んでくれ!」
「あ、はい! いただきます」
宗介が盃を干すと、沙羅は満足そうに目を細め、ぽっと耳まで赤くして膝の上で指をモジモジと絡ませた。
「ふふっ、沙羅様ったら、まるで新婚の若妻のように可愛らしいですわね」
「なっ……!? わ、若妻などと滅相もないッ! 妾はただ、公儀の技術御用掛の体調を気遣っておるだけじゃ!」
カッと真っ赤になって長い袖で顔を隠す沙羅と、扇子で口元を隠してクスクスと笑う小夜。
二人の美少女の微笑ましいやり取りに、座敷の空気は一気に和やかな笑いに包まれた。
宴が一段落したところで、宗介は懐からスマホを取り出し、居住まいを正した。
「小夜さん、沙羅さん。……ここからが、本当の『大改革』の始まりです」
「……いよいよ、例の『産業革命』とやらに着手するのじゃな?」
沙羅の瞳に、真剣な光が戻った。
「はい。手洗いと水道で民の命を守り、農業で食糧を確保しました。次はいよいよ――海の向こうから迫る異国の軍艦に対抗するための『高純度製鉄』と『蒸気機関』、そして『長距離通信』の基盤を造ります」
宗介はスマホの画面をタップし、AIシズクが割り出した三次元設計図を提示した。
「高圧蒸気エンジンを造るには、寸分の狂いもないシリンダーとピストン、そして滑らかに噛み合う頑丈な歯車が必要です。……ですが、いまの瑞穂国の一般的な鍛冶屋や木工の技術だけでは、千分の一ミリの精度を出すのは困難です。江都で最も腕の立つ、精密な金属加工やからくり細工の名人はいませんか?」
宗介の問いに、小夜と沙羅は顔を見合わせ、同時に一つの名を口にした。
「……それなら、下谷の路地裏におる『からくり宗兵衛』しかおらぬな」
「ええ。江都一の腕を持つと謳われながら、偏屈すぎて大名からの仕官もすべて断り、ボロ長屋で一人でからくり人形を削っている変わり者ですわ」
――翌朝。
宗介と沙羅は、下谷の薄暗い長屋街の突き当たりにある、古びた木造工房を訪れていた。
引き戸を開けると、鼻を突く油と鉄粉の匂い、そしてカチカチと無数の時計仕掛けが刻む小気味よい音が響いていた。
壁一面には、無数の鋸、ヤスリ、ノミ、そして真鍮や鉄の歯車がびっしりと掛けられている。
作業台の前に座り、小さな真鍮の歯車をヤスリで研いでいたのは、頑固そうな白髪交じりの総髪に、鋭い眼光を宿した老人だった。
「……何の用だ。お武家様の道楽に付き合う暇はねえ。帰んな」
老人――からくり宗兵衛(六十歳)は、宗介たちの方を振り返りもせず、冷たく言い放った。
「宗兵衛殿、無礼であろう! こちらにおわすは、公儀技術御用掛の司馬宗介殿じゃぞ!」
沙羅が凛とした声を上げたが、宗兵衛は鼻で笑った。
「御用掛だか何だか知らねえが、口先だけの役人に儂のからくりが分かってたまるか。儂が削りたいのは、生きた鉄と真鍮の魂だけだ。とっとと失せろ」
頑固一徹の職人の拒絶。
だが、宗介の口元には、確信に満ちた笑みが浮かんでいた。
職人の心を動かすのは、権力や金ではない――圧倒的な『設計』と『技術の美しさ』だけだ。
「宗兵衛さん。……これを見てからでも、追い払うのは遅くありませんよ」
宗介は作業台の端にスマホを置き、画面をタップした。
『マスター、立体機構ホログラムを展開します。ベベルギア(傘歯車)、遊星歯車減速機構、およびピストン・クランク運動変換モデルを投影』
ピピッ、と澄んだ音と共に、薄暗い工房の空間に、青白い光で編み上げられた【超精密な歯車機構】が浮かび上がった。
大小無数の歯車が、幾何学的に完璧な軌道を描いて滑らかに回転し、直進運動を回転運動へと鮮やかに変換していく。
「……な、なんじゃ……こりゃあ……!?」
宗兵衛の手からヤスリが滑り落ち、床にカランと高い音を立てた。
老職人は跳び起きるように作業台から身を乗り出し、光の歯車機構を食い入るように見つめた。
「傘歯車の歯の噛み合い……! そしてこの、中央の太陽歯車の周りを回る遊星歯車……! 木や鉄の軋み(摩擦)を極限まで逃がし、小さな回転を巨大な力へと化けさせる……! ば、馬鹿な……! こんな神のからくり、誰が考え出しやがった!?」
「俺の相棒の計算機と、俺の世界の技術者たちです」
宗介は宗兵衛の瞳をまっすぐに見つめた。
「宗兵衛さん。この設計図を現実の鉄と真鍮で削り出せるのは、江都中を探してもあなたしかいません。……俺と一緒に、水蒸気の力で巨大な船や工場を動かす、瑞穂国初の『蒸気機関』を造りませんか?」
宗兵衛の身体が、武者震いに激しく震えた。
偏屈な老人の瞳に、消えることのない職人の猛烈な炎が燃え上がった。
「……がはっ、がはははっ! 面白い、面白すぎるぜ若造ッ!!」
宗兵衛は拳を作業台に叩きつけると、野太い声で叫んだ。
「儂の全生涯を賭けて、この神のからくりを形にしてやる! おい若造、まずは一番硬くて粘りのある極上の玉鋼を用意しな! 最高の高炉で焼いた鉄がなきゃあ、この図面には釣り合わねえぜ!」
「はい! すぐに多賀根山の製鉄所へ向かいましょう!」
現代の最先端幾何学設計と、江戸随一のからくり職人の神業が、いま固く結ばれた。
瑞穂国を未曾有の発展へと導く『産業革命』の歯車が、ついに轟音を立てて回り始めたのだった。
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