第14話 大評定の対決 〜科学の光 vs 守旧派の闇〜
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翌朝、東条幕府の中枢――江都城の大広間『瑞光殿』には、息苦しいほどの緊張感が張り詰めていた。
上座の一段高い畳の上には、東条幕府の若き第十四代将軍・東条家治(とうじょう いえはる・十六歳)が、紫の直衣を端正にまとい鎮座している。
その左右には、老中や有力親藩大名、目付たちがずらりと居並び、広大な広間を威圧的な武家の空気が満たしていた。
静寂を破り、守旧派筆頭老中・土井大炊頭が、扇子で畳をピシャリと叩いて前に進み出た。
「上様! 申し上げたき儀がございます!」
土井は隣に座る老中筆頭・西園寺正信をねめつけ、勝ち誇ったような醜悪な笑みを浮かべた。
「近頃、西園寺殿は相模野の寒村より、素性も定かならぬ異邦人・司馬宗介なる若造を連れ込み、『技術御用掛』などと称して城下を我が物顔で歩かせております。……しかし、その実態は、南蛮の妖異たる『光る黒き板』を操り、人心を惑わして幕府の転覆を企む邪教の間者! 昨夜、公儀大目付の役人・斑目十兵衛が詮議に向かったところ、西園寺殿の娘・沙羅と宗介は、妖術を用いて役人たちを昏倒させ、不当にも捕らえたとの由にございます!」
土井の声が大広間に響き渡ると、守旧派の大名たちから「なんと!」「公儀への反逆ではないか!」と非難のざわめきが広がった。
「西園寺殿! そなた、南蛮の妖術師と結託して公儀を乗っ取る腹積もりか! 上様、司馬宗介なる妖術使いを直ちに引き据えて打ち首とし、西園寺家はお役御免・領地没収が妥当と存じまする!」
土井の怒号に、正信は微動だにせず、ただ静かに腕を組んでいた。
若き将軍・家治が、凛とした瞳で口を開いた。
「……西園寺。土井の申し立てに対し、弁明はあるか?」
「はっ。我が娘・沙羅、ならびに技術御用掛・司馬宗介をこれへ。……すべては二人の口より、上様へ直にお答え申し上げます」
正信の合図と共に、瑞光殿の重厚な襖が左右に開かれた。
凛とした足取りで入廷してきたのは、格式高い藍染めの大紋羽織を身にまとった沙羅と、端正な羽織袴姿の宗介だった。
沙羅の気高い横顔と、宗介の澄み切った眼差しに、居並ぶ大名たちのざわめきがすっと静まった。
「司馬宗介、前に出よ」
将軍・家治が促す。
宗介は礼儀正しく一礼し、畳の上に正座した。
「技術御用掛・司馬宗介でございます。……土井様が仰った言いがかりについて、二つの事実をお示しいたします」
「ふん! 妖術使いの戯言など誰が聞くか!」
土井が一喝したが、宗介は意に介さず、懐から一枚の自白書を取り出した。
「まず第一に――昨夜、我が私室へ乱入した斑目十兵衛は、公儀の正式な奉行所の手続きを一切経ず、土井様から『宗介を拷問して偽りの自白書を書かせ、西園寺家を失脚させよ』との私的な密命を受けていたことを、すでにすべて自供しております」
「な、何だと……!?」
土井の顔が引き攣った。
「さらに、証拠はこれだけではありません。……シズク、昨夜のログデータを再生してくれ」
『了解しました、マスター』
宗介がスマホを畳の上に置いた瞬間――端末の画面から、青白い光の柱が天に向かって立ち昇った。
ホログラム投影機能によって、大広間の中央に、昨夜の斑目の凶行と自白の様子が、鮮明な映像と音声で立体的に再現された。
『……土井様は……明日の朝、江都城の大評定にて貴様を妖術師として告発し、西園寺正信様ごと失脚に追い込む手はずで……!』
大広間に響き渡る、紛れもない斑目十兵衛の怯えた生々しい肉声。
「ひゃっ……!?」「な、なんじゃこれは……!?」「人の姿が光の中で動いておる……!」
大名たちが驚愕して腰を浮かす中、土井は額から滝のような冷や汗を流し、激昂して叫んだ。
「お、おのれぇっ! それ見たことか! 光の中に幻を映し出すなど、これこそ南蛮の妖術の動かぬ証拠ではないかッ!!」
「いいえ、土井様。これは妖術ではありません――『科学』です」
宗介は毅然とした声で、土井の怒号を遮った。
「妖術とは、限られた者が個人的な呪いで起こす、再現性のない幻のことです。しかし、この板の中にあるのは、千年以上もの人類の試行錯誤が積み上げた『自然科学の法則』です」
シズクが画面を切り替え、大広間の空間に、江都城下の精緻な立体地図と、疫病の発生推移グラフが鮮やかに浮かび上がった。
「見てください。川端長屋で発生した疫病は、悪霊の祟りでも瘴気でもなく、井戸水に混入した目に見えない小さな病原細菌が原因でした。……我々が施した『煮沸による殺菌』『石鹸による洗浄』『砂と木炭による四層濾過』は、すべて物理と化学の法則に基づいたものです。同じ施設を造り、同じ手順を踏めば、私でなくとも、どの村の大工でも、誰がやっても百パーセント同じ結果が得られます」
宗介は力強い眼差しで、将軍と老中たちを見渡した。
「誰がやっても同じ結果が出る――これこそが『科学』であり、民を救うための普遍の知恵です。これを妖術と呼んで退けるならば、この国は永遠に迷信に怯え、病魔や飢饉に怯えて滅びゆくしかありません!」
凛と響き渡る宗介の正論。
その圧倒的な説得力に、先ほどまで土井に同調していた守旧派の大名たちも、ぐうの音も出ずに押し黙った。
さらに、西園寺正信が重厚な声で畳み掛けた。
「上様。万代屋からの帳簿控えによれば、宗介殿の衛生改革によって、江都全域の商いが止まることなく維持され、救われた経済損失は『金十万両』に達しまする。さらに、宗介殿の硝子や石鹸の製法により、すでに幕府へ納められる運上金は例年の三割増しとなっております。……これを妖術と呼び、功臣を処刑するなど、天下の笑い草にございます!」
「ぐ……ぬぬぬ……っ!」
土井は顔を真っ赤に鬱血させ、わなわなと震えながら座り込むしかなかった。
大広間の静寂の中、若き将軍・家治が、ゆっくりと立ち上がった。
その瞳には、宗介への深い感嘆と尊敬の光が宿っていた。
「……見事である、司馬宗介」
家治の声が、瑞光殿に厳かに響き渡った。
「民の命を救い、百万人を潤す清らかな水を届け、理をもって天下を富ませる。……これほど尊き知恵を『妖術』などと呼ぶはずがなかろう。宗介の知恵は、まさにこの瑞穂国を照らす『新しき光』である」
家治は冷徹な視線を土井大炊頭へと向けた。
「土井大炊頭。私怨により公儀の役人を動かし、功臣を陥れようとした罪、到底許し難い。……老中の職を免じ、当分の間、屋敷にて蟄居・謹慎を命ずる!」
「は、ははぁぁぁっ……! 上様、なにとぞご慈悲をォォッ!!」
土井は畳に額をこすりつけ、無様に引き立てられていった。
守旧派の巨頭が失脚し、瑞光殿に満場の拍手と歓声が沸き起こる中、沙羅が宗介の隣で、眩いばかりの満面の笑みを咲かせた。
その大きな瞳には、感動の涙がキラキラと光っていた。
「……やったの、宗介……! まこと、見事な論破であったぞ……!」
「沙羅さんが信じて、最後まで隣にいてくれたからです」
二人は見つめ合い、確かな絆を深め合った。
こうして、江都の疫病と権力闘争を完全に制圧した宗介。
いよいよ舞台は、瑞穂国の国力を根本から跳ね上げる一大技術革新――『からくり産業革命』へと突き進むのだった。
(第2章・完 / 第3章へ続く)
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