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第12話 千鳥川の浄化作戦 〜神楽・千鳥上水×近代砂濾過システム〜

飛鳥創です。いつもお読みいただきありがとうございます!

 石鹸と消毒液の普及によって、川端長屋の感染者は目に見えて激減していた。

 だが、宗介の視線はすでに、その先にある江都百万人を支える巨大な水道網――『神楽上水(かぐらじょうすい)』と『千鳥上水(ちどりじょうすい)』の水源へと向けられていた。


「シズク、江都城下の水道インフラの構造を解析してくれ」

『了解しました。江都の水道網は、郊外の大河から引き入れた水を、地下の木製暗渠(木樋)を通じて町中の共同井戸(釣瓶井戸)へ供給する、世界最大級の給水ネットワークです。しかし――取水口における沈殿池の機能が不十分であり、さらに老朽化した木樋の継ぎ目から生活排水が侵入。水質汚染度は中流域で危険水準に達しています』


「水源から届く水そのものが汚れていたら、いくら町中で手を洗っても、いたちごっこになる。……江都の取水堰(せき)に、近代的な『大規模砂濾過浄水池』を造るしかない」


 宗介の決意に、老中筆頭・西園寺正信は即座に応えた。


『公儀の普請方(ふしんかた)と人足三千人、すべて宗介殿の指揮下に置く! 存分に腕を振るうがよい!』


 正信の鶴の一声により、千鳥川の上流に位置する広大な取水堰――『羽田の大堰(はねだのおおせき)』に、空前の大工事部隊が集結した。

 さらにそこへ、威勢のいい掛け声と共に駆け込んできた一団があった。


「――宗介先生! 緑川村から、野郎どもを引き連れて駆けつけましたぜッ!!」


 無精髭をたくわえた棟梁・作造が、大工鎚を掲げて満面の笑みで飛び込んできた。


「作造さん! 緑川村からわざわざ来てくれたんですか!?」

「当たり前でえ! 先生が江都で大仕事をやるって聞いて、じっとしていられるかい! 木組みの腕なら、城下の普請方にだって負けねえぜ!」


「心強いです、作造さん!」

 宗介はスマホをタップし、シズクが割り出した三次元の立体設計図を広げた。


「作造さん、普請方の棟梁たち! これから川岸に、長さ五十間(約九十メートル)、深さ二間の巨大な階段状の『四層濾過池』を三つ掘り抜きます!」


「よ、四層の濾過池……?」

 職人たちが図面を覗き込む。


「はい! 最下層には拳大の『玉石と砂利』、その上には粒の細かい『川砂』。そしてその上には、万代屋さんに集めてもらった大量の『備長炭(活性炭)』の層を敷き詰めます!」


『濾過メカニズム解説。砂粒の隙間で目に見える濁りを物理的に濾し取り、砂の表面に繁殖する有用な好気性微生物膜(バイオフィルム)が、水中の病原菌や有機物を捕食・分解します。さらに多孔質な活性炭層が、微細な臭気と有機毒素を完全に吸着除去します』


 シズクの精密な計算に基づき、宗介が現場で次々と指示を飛ばす。


「木樋の継ぎ目には、松脂と柿渋を練り合わせた特製の防水漆喰を隙間なく塗り込んでください! 地下からの汚水の侵入を完全にシャットアウトします!」


「おうよッ! 野郎ども、先生の指図通りに寸分違わず掘り進めろォッ!!」


 作造の豪快な怒号と、三千人の職人たちの槌音が大地を揺るがした。

 万代屋の小夜が手配した膨大な木材、砂利、備長炭が舟運で次々と運び込まれ、沙羅が凛とした姿で現場の治安と補給を見事に統率していく。

 AIの超近代工学と、江戸職人たちの神業が一体となった突貫工事は、わずか五日間という奇跡的な速度で完了した。


 ――そして、通水の朝。


 完成した巨大な多層濾過池の前に、宗介、沙羅、正信、小夜、作造たちが立ち並んでいた。


「水門を開けよッ!」


 正信の号令と共に、千鳥川の茶色く濁った濁流が、第一濾過池へと勢いよく流れ込んだ。

 砂利を通り、きめ細かな砂の層を潜り抜け、漆黒の備長炭の海を静かに通過していく。


 そして――最下部の吐水口から、木樋へと溢れ出した水を見た瞬間、その場にいた全員が息を呑んだ。


「……な、なんじゃ、これは……!?」


 正信が目を丸くして立ち尽くした。

 吐水口から流れ出していたのは――濁りなど微塵もない、底の小石の一粒まで透き通って見える、まるで高山の雪解け水のような【奇跡の清水】だった。


 宗介は柄杓(ひしゃく)でその水をすくい、正信と沙羅、小夜の前へ差し出した。


「どうぞ。これが、新しく生まれ変わった江都の水です」


 正信がごくりと喉を鳴らし、柄杓の水を一気に飲み干した。

 数秒の沈黙のあと――老中筆頭の顔が、驚嘆に染まり上がった。


「……う、美味い……! 臭みも濁りも一切ない、甘露(かんろ)のような清らかな水じゃ……! これが、あの泥川の水であったとは……信じられん!」


「妾にも飲ませてくれ、宗介!」

 沙羅が愛らしい両手で柄杓を受け取り、一口含むと、その大きな瞳をパッと輝かせた。


「……んっ……! まこと、冷たくて甘い……! 体に染み渡るように清らかじゃ……!」


「まあ……! これほどの極上の水、お茶を点てても、お酒を仕込んでも、天下一の味になりますわ……!」

 小夜もうっとりと頬を染めて感嘆の声を漏らした。


 川沿いに集まっていた三千人の職人や人足たちから、地鳴りのような大歓声が巻き起こった。


「すげえええっ!! 泥水が水晶みてえな清水になっちまったぞォッ!!」

「宗介先生! 先生はまこと、生ける神仏の生まれ変わりだァッ!!」


 新しく生まれ変わった清流は、地下の木樋を通じて、江都中の長屋や武家屋敷の井戸へと一斉に送り届けられた。


 ――それから数日後。

 江都全域における感染者の発生数は、ついに【ゼロ】を記録。

 大都会・江都を震撼させた恐怖の疫病は、宗介の公衆衛生と近代水道改革によって、完全に終息を告げたのだった。


 町中には宗介を称える瓦版(かわらばん)が飛び交い、民衆は「技術御用掛・司馬宗介様」の名を英雄として語り継いでいた。


 ――だが、その栄光を、忌々しげな眼差しで睨みつける男がいた。


 江都城の一角。守旧派筆頭・土井大炊頭が、机の上の瓦版を握り潰し、冷酷な光を瞳に宿していた。


「……小癪な若造めが。西園寺の威光をここまで高めおって……。だが、どれほど民に崇められようと、貴様は所詮、出所も知れぬ怪しげな異邦人よ」


 土井は背後の影に潜む忍びに向かって、低く囁いた。


「宗介の身辺を探れ。あの『光る妖しい板』の正体を暴き、公儀を転覆させんとする南蛮の間者として捕縛いたせ。……二度と日の目を見られぬようにな」


 見えない病魔を打ち破った宗介に、今度は人間の黒い権力闘争の刃が、容赦なく迫ろうとしていた。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!


「ちょっと面白いな」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

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次回更新もお楽しみに!


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