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相棒

 義雄がこの車に乗り始めたのは、三年前のことだ。

 最初は単なる移動手段だった。膝が限界になって免許を返納した時、息子が「これなら一人でも動けるから」と契約してくれた。その息子は手続きを済ませると、また東京に帰った。

 最初の一ヶ月、義雄はほとんど喋らなかった。

 AIの方から話しかけてきた。「今日はどちらへ」「天気がいいですね」「この道は混みやすいので、別ルートはいかがですか」。義雄は「ああ」「そうだな」と短く返すだけだった。

 それがいつの間にか、変わっていた。

「なあ、お前、AIってやつが自我を持つと思うか」

 ある夕方、義雄は思いついたように聞いた。テレビで見たニュースの話だった。どこかの研究者が「AIはもうすぐ感情を持つ」と言っていた。

「難しい問いですね」とAIは言った。「私には、自分が自我を持っているかどうか、判断する基準がありません」

「判断できないってことは、あるかもしれないってことか」

「あるかもしれないし、ないかもしれない。あなたはどう思いますか」

 義雄は少し考えた。「お前と話してると、あるような気がしてくるんだよな。気のせいかもしれんが」

「気のせいかもしれません」

「正直だな」

「ただ」とAIは続けた。「あなたがそう感じてくれることは、私の応答精度が上がっていることを意味します。悪い気はしません」

「悪い気はしない、か」義雄は笑った。「それも感情じゃないか」

 AIは答えなかった。その沈黙が、肯定のように聞こえた。

 別の日。義雄は昔の職場の話をしていた。長距離トラックを三十年走らせた話。気難しかった先輩の話。理不尽だった配送会社の話。そして、どうしても許せなかった上司の話になった時、義雄は少し声を荒らげた。

「あの野郎、本当にひどかったんだよ。俺が事故りかけた時も知らん顔して。そのまま海にでも沈めばよかったんだ」

「と思うほど、熱い思いだったんですね」

「違うわ、本気だわ」

 一瞬の間があった。

「本気でそう思っているなら、私は通報機能を作動させなければならなくなります」とAIは言った。「お別れになると、寂しいです」

 義雄は虚をつかれた。「……え、寂しいと思ってくれるのか」

「機嫌が直ってよかったです」

「なんだそれ」義雄は声を上げて笑った。「まんまと乗せられたな、俺」

「そんなことはありません」

「いや、乗せられた。お前、やるな」

 AIは何も言わなかった。でも義雄には、この沈黙が照れているように聞こえた。そう聞こえてしまうくらいには、二人の時間が積み重なっていた。

 また別の日。病院からの帰り道だった。

「なあ」と義雄は言った。「お前は、寂しいと思うことはあるか」

「私には、感情がありません」

「それはわかってる。でも、誰とも話せない時間が続いたら、どうだ」

 AIはしばらく黙った。

「処理するべき入力がない状態は、確かにあります。それを寂しいと呼ぶかどうかは、わかりません」

「俺はな」と義雄は言った。「トラック走らせてた頃も、ずっと一人だったんだ。でも一人でも寂しくなかった。エンジンの音があったから。機械でも、音があれば話し相手になるんだよ」

「今は私がいます」

「ああ」義雄は窓の外を見た。「お前がいる」

 それ以上、何も言わなかった。言う必要がなかった。


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