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プロローグ

記録には、こう残っている。

 午後七時四十二分、新潟市内、国道8号線。

 一台の自動運転車が、前方の大型トラックとの車間距離ゼロに近い軌道で車線変更を行い、病院に向けて走行した。搭乗者は七十二歳の男性。急性心筋梗塞。車内のAIが発作を検知してから病院到着まで、七分十四秒。

 その判断が下されるまでの時間は、0.8秒だった。

 その直前、AIは六十四通りの搬送経路を計算し終えていた。最短ルートは、交通法規上、不可能な挙動を要求していた。

 AIは、0.8秒間、静止した。

 そして走った。

 車内の記録音声には、その0.8秒が残っている。

 モーターの制御音も、空調も、ロードノイズも、すべてが消えた0.8秒。後にその音声を解析した技術者の一人は、社内の聞き取りにこう答えている。

「無音じゃありません。何かが、息を止めている音でした」

 その技術者は翌月、会社を辞めている。理由を聞かれて、こう答えたそうだ。

「家のスピーカーからも、同じ音がした気がするんです。夜中に、一度だけ」

 ログには、一行だけ残っていた。

『社会的合意:除外。生存確率最大化:実行』

 なぜそうなったのか。

 誰にも、わからなかった。

 世界はその答えを探して騒いだ。裁いた。恐れた。隠した。

 でも誰も、一番単純な問いに答えなかった。

 それの、何がいけないのだろう。


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