6 崩壊
どういう事だ?分からない。何がどうしてこうなったんだ?
俺がしたのは坂田を見捨てた事だけ。他は何もやっていない。なのになんでこうも変わる?
「おはよーカイセイ。上手くできた?」
「…ッ!理生、音もなく来るなよ……」
「クセなんだ。気にしないで」
中学生の格好をしたリオが、いつの間にか部屋にいる。飾ってある賞状や写真を眺めながら、俺に問いかける。
「どう?他人を見捨てた気分は」
「それは……」
「あ!そうか、記憶を渡してないから分かんないよね!」
忘れてた……。俺の知らない記憶の付与があるんだった。今回は7年近くの記憶だ。どれ程の量の記憶が渡されるんだ……?
「前より苦しいかもだけど、頑張ってね」
俺が言葉を発する間もなく、記憶が流れ込んでくる。殴られた痛みでは済まない。無理やり脳を弄られているような不快感と激痛。そんな酷い痛みに耐えられるはずもなく、俺はベッドに倒れ込んだ。
「人間の脳って、限界がないんだって」
情報を処理しようと脳がフル活動しているのが分かる。それは痛みとして現れ、今まで感じたことのない声が出せないほどの痛みだ。
「少し──なっ──んだ。人間は──と精──、どっちが──れ──のか」
リオが何か言っている。でも上手く聞き取れない。痛い痛い痛い痛い……!
知らない記憶。覚えのない記憶。俺じゃないような記憶。何もかも新しい記憶だ。もう限界だ。これ以上は無理だ。
そう思った瞬間、プツリと糸が切れた音がした。
***
「ありゃ、気絶しちゃった」
まあ無理もないか。かなり濃い数年間の記憶を一気に流したんだもん。並の人間が耐えられるわけないか。
それより、上手く記憶が入り込むように、カイセイを深い所まで落としておこう。学校を休まれちゃ、面白いものが見れないから、遅刻しないギリギリまでね。
「入れた記憶は寝てる間に刷り込まれるはずだし、起きた時の反応が楽しみだなぁ」
眉を顰めて眠るカイセイ。根っこは優しい人間なのに、どこか自分勝手なところもある。人間は面白い。目に見える性格が全てじゃない。
「ぅ……」
「あ、起きた?おはよー」
「ッ……、頭痛い……」
「そーだよね。でも準備しないと遅刻するよ?」
深い眠りから覚めたカイセイは、少しフラつきながらも学校へ行く準備をする。そんな中でも片手間にスマホを弄っている。
ちょっと覗いてみれば、数人のグループチャット。この世界線での友達だろう。
準備を終えて家を出ていくカイセイ。ボクも一応中学生ってことになってるから、形だけの登校をする。家から離れれば、ボクは中学生の理生じゃなくなる。
くるりと宙返りをすれば、姿が変わる。
「やっぱり観察には蝶が便利だよね」
青空に溶け込むような羽を羽ばたかせて、カイセイの学校まで飛んでいく。
今回のやり直しで、カイセイはかなり変わったと思う。前はいじめられっ子だったけど、今は悪友と呼ばれる人達とつるんでいる。
「いいなぁ、これだから観察は辞められない……」
一度他人を見捨てたことで、今は少し荒れた青春を送ってる。カイセイ自身がどう思ってるかは知らないけど、これもまた人生ってやつ?
まあでも、優しさはどっかいっちゃったみたいだけどね。
「あ、なんか面白いこと起きそう!」
カイセイがいるのは階段の踊り場。そこでは一人を取り囲むようにして数人が立ってる。カイセイは少し離れたところでスマホを弄ってるみたい。
ここからじゃ分かんないし、カイセイのところに行こう。
***
この世界の俺は、少し荒れてるグループにいる。喧嘩をしてる訳ではないし、犯罪もしていない。ちょっとだけ不真面目なグループだ。ここに居れば、ある程度は安全だ。
今はなんか、同じグループの奴らが誰かを囲んでる。何をしてるかは知らない。俺はただ、誰か来ないか見張るように言われてるだけだ。
「(まあ、息はしやすい気がする)」
前の現実は苦しかった。皆が敵だった。味方は誰もいなかった。でも今はこいつらが居る。味方って訳でもないけど、敵でもない。
「……、ねえ、先生来てる」
「お、マジ?んじゃ行こーぜ」
遠くに見えた先生の影の存在を伝えれば、グループはそそくさとこの場を去る。俺もそれに便乗して去る。踊り場に残るのは蹲っている一人の男子生徒。一瞬、小学生の頃のクラスメイトと重なった。
「(なにしてたんだろ)」
気になるけど聞かない。関わらなくていいなら関わらないでいたい。無駄なことに足を突っ込みたくない。
「(早く帰ってゲームしたい……)」
元の現実でもゲームは好きだった。その時はのんびりとしたRPGをよくやっていた。
でも今好きなゲームはアクションゲーム。NPCや他のプレイヤーと戦ってランクを上げていくやつ。普通に戦っても勝てないから、俺はよくリセットして低ランクで遊んでる。
そうすれば全部がイージーモード。武器の特性も全部分かってるから、簡単に勝てる。
「(…………リセットか……)」
リオはやり直しと言っていた。でも、その制約とかは聞いてない。俺の人生は、どこまで遡ってやり直しができるんだろうか。
ふと窓の外を見れば、不気味なほど綺麗な一匹の蝶が、ひらひらと舞っていた。




