2 変化
俺の部屋なのに、俺の部屋じゃないみたいだ。でも、飾られている写真に写っているのは紛れもない俺で、ちょっとぎこちない笑顔が俺だと主張している。
「俺……だな……でも、なんで……」
「そりゃあ、過去をやり直したんだから、当たり前じゃないか」
背後から聞こえた声。振り向けば、夢で見た姿のリオが、ベッドに腰掛けていた。よく見れば、中学の制服を着ている。
「え、どういうこと……?て言うか、なに、その格好……」
「これ?あぁ、夢でカイセイの弟になったからね。そりゃあ現実でも、カイセイの弟になるに決まってるじゃないか」
「いや、それ知らないんだけど……」
さも当然かのように笑っているリオ。でも、俺は翔太と友達になれただけで、他のことは何もしてない。
「あ、そっか。過去をやり直してからの記憶を渡してなかったね。ごめんごめん。今渡すから」
思い出したかのように手を叩くリオ。やり直してからの記憶……?まあ、確かに無いよりはあった方が良いだろうけど、どうやって渡すつもりなんだ?
「ちょ〜っと我慢してね」
「へ?」
次の瞬間、鈍器で殴られたような痛みが脳を襲った。
次々と流し込まれる存在しなかった記憶。知らなかった人々。知らない知らない知らない。今までの俺が、体験していない物が、脳に刷り込まれていく。
あまりの痛みに膝を着く。呼吸が荒くなる。片手で頭を抑えて息を整える。流し込まれた記憶を整理する。
「ありゃ、だいじょ〜ぶ〜?なんて、そんなわけないか。なんたって3、4年分の記憶だもんね。脳に負荷がかかるのは必然だよ」
3、4年分の記憶……。中学の入学式から今までの俺。それなりに濃い数年間を送ったんだろう。今まで感じたことの無い感情も、一気に流れ込んできた。
「は、ははっ……。友達作っただけでこうなるのか……」
「人それぞれだと思うよ?ボクが今まで見てきた人達でも、元の現実と差異がない人もいたし、かと思えば、人生大逆転した人だっている」
「今まで見てきた……?」
「あぁ、まだちゃんとした自己紹介してなかったね」
リオはそう言うと立ち上がって、くるりと宙返りをする。次に地面に足をつけた時の姿は、黒いローブを纏った黒猫だ。後ろ足だけで、まるで人間のように立っている。
「改めて、ボクはリオ。人間が足掻く姿って面白くて好き。それに溺れる姿……ちょっと興味あるんだ。だって、後悔って、後引く味がするんだよ」
丁寧にお辞儀をして、俺に向き直る。俺を捉える瞳は朝焼けのような曙色。瞳孔は縦に長く細い。
目の前にいるのは、紛れもなく猫であると痛感させられる。
「……猫、なんだよね……」
「うん、猫だよ」
「ほんとに?」
「うん」
試しに近くにあった充電コードを、ゆらゆらとリオの目の前で揺らしてみる。そうすればリオはコードをじっと目で追っている。
素早く動かせば、つられて体も一緒に動いている。本能なのだろうか。
「……猫だね」
「だから言ってるじゃん」
リオはまたくるりと宙返りをして、人間の姿になる。
中学の制服を着た俺に似た男の子。夢と同じ、群青色の瞳を切り裂くような細い瞳孔。髪はくせっ毛みたいで、所々跳ねている。
「それより!スマホ、さっきから鳴ってるよ?」
そう言われてスマホを見れば、クラスのグループチャットが活発に動いていた。「おはよー」とか「ねみぃ〜」とか「課題写させて!!!」とか、とにかく賑やかだ。
この現実では、どうやら俺は陽キャと言われる部類らしい。「おはよ」と送れば、沢山の反応が返ってくる。
「悪くないかも」
グループチャットなんて、元の現実では縁がなかったものだ。結構楽しいかもしれない。他愛もない話をしていたら、下から母さんの呼ぶ声が聞こえてくる。それに適当な返事をして、学校へ行く準備を始める。
「ねえ、リオ。この現実って夢じゃないよね」
「紛れもない現実だよ。ほら」
リオに手の甲をつねられた。思ったより力が強くて声が出る。間違いない、これは現実だ。
「ね?」
「あぁ、よく分かったよ……」
階段をおりてリビングに行けば、母さんがいた。いつもと同じように朝ごはんを作っていて、テーブルには俺の弁当が置かれている。
「おはよう、海星、理生」
「おはよう母さん!ちゃんと兄ちゃん起こしたよ!」
「ふふ、ありがとう」
母さんとリオが普通に会話してる。俺の事を兄ちゃんって呼んでるあたり、本当に俺の弟って事になってんだな。
制服についてる名札を見たところ、「リオ」という名前は変わらずに、「理生」と書くらしい。
「朝ごはん出来てるよ。早く食べちゃいなさい」
前と変わらない。いつも通りの母さんだ。普段と同じ空間にいる理生という存在が、異物に感じる。なんだか、とても不気味だ。
───
──
─
この現実で俺が通ってる高校は、前の所より少し遠い。そして偏差値的には下の方の学校だ。
流し込まれた記憶を頼りに、教室へ向かう。どうやら、中学で仲良くなった翔太も同じクラスらしい。
「おはよー!海星!」
「おはよ、翔太。朝から元気だな」
「へへん!元気が俺の代名詞だからな!」
教室でそんな話をしていれば、自然と数人が集まってくる。
昨日のドラマの話をしたり、今日の授業の愚痴を言ったり、泣きながら課題を移してる奴を揶揄ったり。
前の俺じゃ絶対に入る事のなかった会話の輪。でも今じゃ、その輪の中心に俺がいる。
「(楽しい……)」
下を向いて過ごさなくていいんだ。周りの視線に怯えなくていいんだ。俺が話しても、笑われたりしない。
少しやり直しただけで、こんなにも学校生活が変わるなんて……。
「(リオに感謝しないと……)」
帰りに猫缶でも買ってってやるか。いや、今は人間の姿な訳だし……、別のものがいいかな。
そんなことを考えていると、隣の翔太が急に思い出したように口を開いた。
「そういや海星、弟と仲直りできた?」
「……え?」
「昨日言ってただろ?弟が勝手に本棚漁ったって。どうなったんだよ」
「え、えぇ……っと……」
いや、それ知らないんだけど……。なんで数年分の記憶流し込んだ癖に昨日の記憶は無いんだよ……!てか俺心狭すぎないか!?
「まあ、何とか?」
「へ〜。まあ仲直りしたんならいいけどよ」
「お前機嫌悪いと周りに当たるからな」
え、俺ってそんな性格なの……?周りに当たるって……。いや、そんな記憶ないぞ?
てか、そんな嫌な性格してる俺の友達って……、こいつらもヤバい……?
「お、チャイム鳴ったな。また休み時間に話そうぜ」
誰かがそう言うと、俺を含めた皆は自分の席に戻った。
騒がしい教室。教師に注意されても静かになる気配はない。全員席に着いてるはずなのに、休み時間のような騒がしさ。
「(なんだこれは……)」
いくらなんでも変わりすぎじゃないか。俺はただ中学で友達を作っただけだ。それだけなのに、なんでこんなにも変わるんだ。
───
──
─
「ただいま……」
「あ、おかえり〜」
家に帰れば、人間姿の理生に出迎えられた。普通の中学生らしく、リビングでテレビゲームをしている。床にはジュースとお菓子が置かれていて、かなり楽しんでいるみたいだ。
「母さんは?」
「買い物だよ。安売りのスーパーに行くって言ってたから、遅くなるんじゃない?」
ゲームをする手を止めることなく俺と会話をする理生。遊んでいるのはノベルゲームだろうか。選択肢が出る度にセーブをしている。そんな小さな選択で、物語に影響が出るとは思わないけど……。
まあいいか、俺には関係ないし。
鞄を適当に放って、冷蔵庫からジュースを取って飲む。それにしても、違和感が凄い。本来なら居ないはずの弟が存在して、こうして会話もしてる。
それにこいつは────。
「今の会話、普通の兄弟みたいだったね」
────人間ではないんだ。
薄く笑う理生の群青色の瞳が、不気味に光ったような気がした。




