9重い思い
アレンの口元を手で押さえ、リディアが必死に訴えかけると、アレンは深い海色の瞳をリディアへ向けたまま静止する。
それから、ゆっくりとリディアから顔を離した。
「……誤解?」
「そ、そうです!誤解です!フィリックさんとキスなんてしたことがありませんし、そもそも何もありません!」
リディアの訴えを聞いても、アレンはまだ光のない目をして無表情のままだ。
「……本当に?」
「本当です!離婚を切り出したのは、アレン様がメイリーン様のことを好きだと思ったからで、フィリックさんは関係ありません!むしろフィリックさんに失礼です」
リディアが少し怒り気味に言うと、アレンは口をムッとさせる。
「でも、あの男は実際どう思っているかわからないだろう。君のことを好きかもしれない。観劇にだって誘われたじゃないか」
「それは、たまたまお得意様からもらったとおっしゃっていましたし、私のことはビジネスパートナーだと思っていますよ」
実際にフィリックはそう言っていた。ディールだってその言葉を聞いている。
「口ではなんとでも言えるよ」
アレンは未だムッとしたままだ。
(だめだわ。どうしてこう疑り深いのかしら)
はあ、とため息をつき、リディアは毅然としてアレンを見つめる。
「とにかく、フィリックさんとはキスしていませんし何もありません!アレン様は実際にフィリックさんとお話していないでしょう?そんなに心配なら、実際にお会いしてみれば良いじゃありませんか」
リディアがそう言うと、アレンはリディアの肩を強く掴んで頷く。
「わかった、そうしよう。観劇は俺が直接断る」
「……お好きになさってください」
(フィリックさんには申し訳ないけど、これが一番だわ)
リディアが呆れたようにアレンを見つめていると、アレンはリディアの唇をジッと見つめ、大きく息を吐いて俯いた。
「……リディアの唇は奪われてなかったんだな。本当によかった!」
そう言って、アレンはリディアをそっと抱きしめる。突然のことにリディアの心臓は跳ね上がるが、リディアの心音をかき消すほどの音がアレンの胸元から伝わってきていた。
(アレン様、ドキドキしてらっしゃる……)
そんなに心配だったのだろうか。勝手に勘違いして勝手に嫉妬されたのは驚いたし困ったが、何よりアレンは最も大事なことを考えていない。
「私の唇を初めて奪ったのはアレン様です。しかも、あんな強引に」
リディアが静かにそう告げると、アレンの肩がびくりと揺れる。
(前世でキスもそれ以上も経験済みだけど、今世でキスするのは初めてだったのに)
ゆっくりとリディアから離れると、アレンはリディアの顔をそっと覗き込んだ。リディアを見つめるアレンの瞳は、後悔と喜びが入り混じっている。
「本当に?俺が初めて?」
「はい」
リディアが少し不満げに答えると、アレンは目を大きく開いて笑顔になる。それから、うっとりとした顔でリディアの唇を眺めた。
「そうなんだ……本当にごめん、誤解だったとは言え、あんな強引なやり方すべきじゃなかった。ああ、そうだ」
そう言って、アレンはリディアの唇をそっと親指でなぞる。
「謝罪の意味もこめて、仕切り直させてくれないかな」
「……はい?」
何を言っているのだろうか。怪訝そうな顔でリディアが聞くと、アレンは相変わらずうっとりとした顔でリディアの唇をなぞっている。
「リディアの初めてのキスをやり直したいんだ。あんな強引で身勝手なのは、記憶から消してほしい。キスで俺の誠意をちゃんと見せるよ。そうさせてくれ」
「は?な、何を言って……」
リディアは驚いて体を後ろに引こうとするが、いつの間にかリディアの腰に手が回り、もう片方の手はリディアの頭の後ろに固定されている。
(えっ、な、えっ!?)
「リディア、大好きだよ。俺の気持ちを受け取って」
「え、ちょ、ちょっと待ってください!あんなに目も合わせられなかったくせに、急になんなんですか!?」
慌ててリディアが言うと、アレンは妖艶に微笑む。
「そうだね、確かに目も合わせられないし話をすることもできなかった。でも、もう君にはこうして触れることもできるし、目を合わすこともできる。キスだってできるんだ。むしろ、今すぐキスしたい」
(な、なんなの!?この変化の早さ!)
一度箍が外れてしまえばもう何でもありということだろうか。先程のふっきれたような清々しさは、もしかするとそういうことだったのかしらとリディアは驚く。
慌ててアレンの胸元を押し返そうとするが、ピクリともしない。むしろどんどんリディアへ接近してくる。
「リディア、好きだよ。愛してる」
そういうアレンの瞳は、綺麗な深い海色のはずなのに、執着心と独占欲にまみれドロドロとした思いが垂れ流れているかのようだ。
その纏わりつくような瞳に拘束されたかのように、リディアはなぜが動くことができず、視線を逸らすことができない。
呆気に取られているうちに、いつの間にかアレンの顔が目の前にあって、あっという間に唇は奪われていた。
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