8挽回
(うわ……私、すごく失礼なことをアレン様に言っていたのね)
アレンの思い出話を聞いて、確かにそんなこともあったような気がするなとリディアは思った。ただ、絡まれて助けられるということはよくあったことなので、どこの誰だったかというのはいちいち覚えていない。
しかも、そんな失礼な態度を取っていたのに覚えていないだなんて余計に失礼だと思い、リディアは深々と頭を下げる。
「も、申し訳ありません。助けていただいたのに、とても失礼なことを言ってアレン様を困らせていただなんて……」
「いや。あの時の君を見て、俺は君が気に入ったんだ」
謝るリディアへ、アレンはとても嬉しそうに微笑んで首を振る。
(……?気に入らないと思われるならまだしも、あれで気に入ったってどういうこと?)
さっぱり意味がわからない。リディアが困惑した顔でアレンを見つめていると、アレンはリディアを見てうっとりした表情をする。
「あの時の君は、本当に気高く美しかった。男に媚びることなく、あんなにはっきりと自分の気持ちを伝えることができるのは素晴らしいことだと思う。男に色目を使っているという噂とは全く違う君を知って、俺は君に興味がわいたんだ」
それからアレンはテーブルを見つめて静かに微笑む。
「俺は堅物だと言われているだろう。真面目過ぎるとか融通がきかないとか言われているし、そんな俺をめんどくさがって関わろうとしない貴族も少なくない。それは別に否定しないしど言われようと構わない。俺自身、他人と関わるのが面倒だと思っている。ただ、周囲からそう言われている俺に対して、あんな風に真っすぐに面と向かって気持ちを伝えてくれた君が、どうしようもなく気になったんだ。それにきっと、あれは一目ぼれだったと思う」
耳をほんのりと赤く染めながら、照れくさそうにアレンは笑う。
(まさか、そんな風に思われていただなんて知らなかった。しかも、一目ぼれだなんて……)
見た目だけで一目ぼれをしたと言い寄って来る貴族は多い。だが、それだけではなく、自分の失礼すぎる言動を含めて一目ぼれだと言われるのは初めてだ。リディアはなんだか胸の中がこそばゆくなって仕方がない。
「それから、俺は君について徹底的に調べ上げた。君がたくさんの男に自分から声をかけてふしだらな関係を重ねているという話は、全部嘘だということもわかっている。君のその見た目だけに興味を持って一方的に言い寄り、拒否された恨みで嘘でたらめをまき散らしているバカがあまりにも多すぎて驚いたよ」
険しい顔をしたアレンがダンッ!とテーブルの上に拳を叩きつけると、テーブルにひびが入る。
(テ、テーブルが……!アレン様、そんな力が強かったの!?)
大人しそうで綺麗な顔立ちゆえあまり力が強そうには見えないので、意外過ぎる。リディアは呆気に取られているが、アレンは怒りで周りが見えないのか、気づくことなく話を続ける。
「でも誰も君のことを信じないし、加護無しだと言うだけで低い扱いを受けている。そんなの許せないと思ったよ。そんな時、両親からいい加減結婚しろと言われて、俺は結婚するなら君がいいと思った。君以外の女性には興味がない。この国には優れた加護を持っているというだけで、高飛車で傲慢で勘違いしているような女性ばかりだ。そんな女性と一生を共にするなんて御免だし、一生独身でいいと思っていたんだ。けれど、どうしても結婚しなければいけないなら、絶対に君がいいとそう思った」
フフッ、とアレンは嬉しそうに微笑み、リディアを見つめる。今まではほとんど目が合うことが無かったのに、今はリディアの瞳を逸らすことなく見ている。そして、その視線は焦げてしまうのでは思えるほどに熱烈だった。
「だから、俺が好きなのは君であって、メイリーンではないよ。断言する。神に誓ってもいい」
きっぱりとそう言い切ったアレンは、すっきりしたのだろうか、とても清々しい表情をしている。
そこまではっきりと言われてしまっては、信じるなと言う方が無理だろう。だが、それでもリディアはひっかかっていた。
「……お話はわかりました。でも、それならなぜ社交パーティでメイリーン様にお会いした時、何かを言いたそうな顔をしてらっしゃったんですか?それに、昨晩、話が聞こえてしまったんですが、ディールと話していたことが、メイリーン様についてだったようですし……。先ほども、メイリーン様へアクセサリーを送りたいとおっしゃっていましたよね。てっきり、私はアレン様がメイリーン様のことが好きなのだと思いました」
リディアがそう言うと、アレンは悲痛な表情をして大きく首を振る。
「違う、違うんだ!社交パーティの時は、君にメイリーンは本当に幼馴染だから変な勘違いはしないでほしいと言いたかったんだ。でも、君は別に俺のことを好きなわけではないだろうし、君を直視することもできなくて結局何も言えなかった」
アレンは前のめりになり、必死になってリディアに訴えかけている。
「昨晩の話は、ディールにいい加減君とちゃんと向き合って話をすべきだ、そうでないとあの商人に君を取られてしまうと言われていたんだよ。メイリーンへアクセサリーを送りたいというのは、君と会話をするための苦肉の策というか……他に思いつかなかったんだ。アクセサリーの話だったら、君と会話できるんじゃないかと思ったんだよ」
そこまで言って、アレンの表情が急に変わる。急に目は据わり、纏う空気が一変して嫉妬にまみれる男の顔になっていた。さっきまでリディアを見つめる情熱的な瞳は、ドロドロと執着心がたれ流れるようなまとわりつくような瞳に変わっている。
「……それで、あの商人とはどこまでいったんだ?離婚したいってことは、あの商人と一緒になりたいってこと?ははは、そんなの絶対に許さない」
そう言ってアレンはゆっくりと立ちあがり、向かいにいるリディアの隣に座る。そして、リディアの腰に手を回すとリディアの顎を掴んで持ち上げた。
(え?)
あまりに急なことに、リディアはただ目を大きく見開いてアレンを見つめることしかできない。
「君がどんなに懇願しようと、泣きわめこうと、俺は絶対に離婚しない。君を誰にも渡さない」
アレンはリディアを見下ろしながら、親指でそっとリディアの唇をなぞる。その瞳は、思い出話をしていた時のような輝いた瞳とは違い、まるで光が消えたように真っ暗な闇のような色になっている。
「ああ、あの商人はこの唇に触れたのか?……許せない、俺以外がこの唇に触れるなんて絶対に許さない。あんな男の唇の感触なんて、今すぐにでも忘れなきゃだめだ」
悲し気な顔でそう言うと、すぐに怒った表情になってリディアの顔に自分の顔を近づけた。今にも獲って食わんと言わんばかりの表情に、リディアの心臓は大きく跳ね上がる。
(ひっ!まずいわ、このままでは……!)
「ま、待って下さい!アレン様、誤解です!」
アレンの唇がまたリディアの唇に重なりそうになる寸前、リディアはアレンの口元を手で押さえて叫んだ。




