29嫉妬の炎
フィリックにまた手を握られたと知ったアレンは、嫉妬で煮えたぎるような瞳をリディアに向け、リディアの手を強く握りしめる。
(これは……まずいかも)
リディアはどうにかしてこの状況を回避しなければと思考をめぐらせるが、それよりも早くアレンが口を開いた。
「リディア、帰って来てから手は洗った?」
「え?は、はい。いつものように帰って来てすぐ手洗いうがいをしていますけど」
「そう。それならいい。あいつの名残は消えているか。洗わないとべったりといつまでもくっついていそうだからな。どっちの手を握られた?」
「……え?えっと、私の右側に座ってらっしゃったので、右手だと思います……」
リディアがそう言うと、アレンはじっとりとした瞳をリディアへ向けたまま、掴んだリディアの右手を顔の近くまで持ち上げる。そして、その手にキスをし始めた。
(ま、また、あの時と同じ……!)
以前もフィリックに手を握られたと知った時、執拗に手にキスをしてきた。リディアは慌ててディールに助けを求めようと視線を向けるが、そこにはもうディールはおらずドアが閉まる音がした。
「ディールに助けを求めても無駄だよ。ディールは俺の味方だ」
そう言って、小さなリップ音を響かせながらアレンはリディアの手に何度もキスをする。
「前に言っただろう?あんな男の感触は俺で全部上書きするって。握られた事実なんてなかったくらいに消し去ってやるって言っただろう。二度と触らせないでくれと言ったのに、どうして触らせたんだ?」
「そ、れは……!気づいたら、握られていたので……!」
手を引っ込めたいのにアレンがしっかりと手を掴んでいるので引っ込めることもできない。さらにアレンは手から腕、そして首筋までキスをしながら這い上がっていく。
「ア、レンさま、あっ、くすぐった、い」
「だから?そう言われたからやめるような男じゃないって、もうわかっているだろう」
アレンはリディアの後頭部に手を回し、リディアの首筋や頬に何度もキスをする。そのたびにリディアから小さな吐息と声が漏れ出る。
「ア、レンさま、ごめんなさい、もう、わかったから……!」
「何が?何がわかったって?君は何もわかっていない。俺が今どんな気持ちで君にキスしているか、君には絶対にわからない。君を大切にしたいのに、こんなにもはらわたが煮えくり返りそうなほど怒りがわきあがってくる」
「や、あっ」
アレンは執拗にキスを繰り返すと、リディアの首筋に吸い付く。小さな痛みと首筋の皮膚が吸い上げられている感覚にリディアは驚いて体が自然と動きそうになるが、アレンがそれを許さない。
「!」
リディアの首筋から唇を離すと、アレンの深い紺色の瞳がリディアを射抜く。ドロドロと嫉妬を垂れ流しているのに、その奥には燃え滾るような炎が大きく揺らめき、リディアをそのまま灼熱の中に閉じ込めてしまいそうだった。
「ア、レン、さま……」
「あの男が勝手に君の手を握ったんだから君は何も悪くないってわかっている。それでも、簡単に触られてしまうことに腹が立つんだ。どうしてあの男はそうも気安く君に触れる?君は俺の妻だぞ?簡単に触れていいと思われていること自体に腹が立つんだよ」
アレンの言うことはもっともだ。例えリディアの戸惑いを落ち着かせるためとはいえ、なんの躊躇もなく他人の妻の手を簡単に握ってしまうのはよろしくないだろう。そしてそれが可能だと思われていることにも、アレンは腹を立てているのだ。
(フィリックさんからは他の男性のように厭らしさを一切感じないから気にしていなかったけれど、確かにそうよね……)
「君は、俺が他の女に気安く手を握られることを許せるの?」
ぽつり、とアレンが辛そうに呟く。その言葉を聞いた瞬間、リディアの両目が大きく見開かれた。
(アレン様の手を、他の女性が……)
ふと、なぜかメイリーンの顔が浮かぶ。幼馴染であるメイリーンであれば、簡単にアレンの手を握れるのではないか。もしかすると、リディアが知らないだけで過去にそんなことは何度もあったかもしれない。そう思った途端、リディアの胸の中に黒いモヤモヤしたものが一気に広がっていく。
(何、この気持ちは一体……?私、アレン様がメイリーン様に手を握られたら嫌だと思っている?)
気分が悪い。気持ち悪い何かが胸の奥底から這い上がって来る。何も出ないのに吐いてしまいそうだ。
(アレン様は、こんな気持ちを抱えているの?)
なんなら、アレンはこれ以上の複雑な気持ちを抱えているのかもしれない。そう思うと、リディアは驚きと申し訳なさで胸が苦しくなる。
「……ああ、でもそうか。君は俺に対してそんなふうには思わないのか。君は俺とは違って俺のことを別に……はは、そうだよな。君にこの気持ちはわからないか」
自嘲気味に笑いながら、そう言ってアレンは辛そうな表情をしたままリディアから体を離す。握られていた手が離され、リディアは思わず離れていくアレンの手を掴んだ。
「リディア?」
「……私も、嫌です。アレン様が、他の女性に、手を握られるのは……」
嫌だと思ってしまった。メイリーンだったら嫌だと思っただけで、他の女性だったらどうかと言われるとそこまでまだ思考が回らない。だが、確実に拒否反応は沸き上がっている。
「本当に……?君が、そう思っているのか?」
信じられないという顔をしながら、アレンは瞠目しリディアを見つめる。リディアは、アレンの手を掴んだまま小さく頷いた。それを見た瞬間、アレンの目はさらに大きく見開いた。
アレンはリディアの手を掴み返しその手にキスをすると、手を離して腰に手を回し密着する。もう片方の手でリディアの頬に優しく触れると、額を合わせる。
「本当なのか?信じられない……リディアがそんなふうに思ってくれるなんて……」
そう言って、アレンは額を離すとリディアの顔を覗き込んだ。その瞳は期待と不安が揺れうごめき、奥底で燃え滾っていた炎はさらに強さを増している。
「リディア。もう一度言ってくれないか。俺の目を見て、もう一度」
「……嫌だと思いました。私、あなたが自分以外の女性に手をにぎられるのは、嫌、です」
リディアのその言葉を聞いて、アレンは嬉しそうに目を細め頬をほんのりと赤く染める。そして次の瞬間、アレンはリディアの唇へまるで食らいつくようにキスをした。




