27誇るべきもの
自分をもっと誇るべきだとメルベルト公爵夫人に言われ、リディアは目を見開く。加護無しの自分は非難されることがあっても、誇れと言われることなど一度もなかったのでどう反応していいかわからない。
「この国では、加護によって女性の地位は高い。ですがその加護によっても優劣がついてしまい、弱い加護の持ち主や加護無しは使い道がないと言われ差別されてしまう。そんなの、馬鹿げているとは思いませんか?」
メルベルト公爵夫人は厳しい顔でそう言うと、イヤリングを片方取って手の上に置き、満足そうに微笑んだ。
「私はどんな状況であっても自分なりに頑張る女性を応援しています。そして、あなたもその一人。こんなにも素晴らしい才能を持っているのに、隠れるようにしているのはおかしいと思うのです」
フィリックもその言葉に力強く頷く。
「それに、このアクセサリーのおかげで使い道のなかった天然石の欠片が活用されている。アクセサリーの材料として新しい金具も作られたと聞きます。あなたは加護無しであっても、大きく社会に貢献しているのてすよ。それを誇らずにむしろ卑下するなんて間違っている」
そう言って、メルベルト公爵夫人はイヤリングをまた耳に付け、にっこりと微笑んだ。
「というのが、私の言い分です。伝わったかしら?」
「……は、はい。とても、嬉しいです」
(メルベルト公爵夫人がそんなふうに思ってくださっていたなんて……嬉しいけど、やっぱり戸惑ってしまうわ)
非難され蔑まれることに慣れてしまっていたリディアにとって、メルベルト公爵夫人からの気持ちはありがたいのと同時に不思議でもあった。
そこまで思われるほどすごいことをしてるわけでもないし、何よりアクセサリーは前世の記憶を使って作っているのだ。別に優れた才能でもなんでもないと思ってしまう。
「リディア様、戸惑ってらっしゃるのでしょう?ですが、メルベルト公爵夫人の気持ちを素直に受け取っていいものなのですよ。あなたにはその資格がある」
「……!フィリックさん……」
フィリックがそっとリディアの片手を包み込む。ディールは二人の後ろにいるので、フィリックがリディアの手を握っていることには気づかない。
リディアの手を優しく包み込むフィリックの手をメルベルト公爵夫人は静かに見つめ、目を細めて口角を上げた。
「あなたが制作者だと公表することについては、ベルナール卿にも相談したほうが良いでしょう。領地内で取れた天然石の欠片を使っていますし、そもそもあなたが表舞台に出ることを快く思わないかもしれません。ずいぶんと心配性のようですからね」
そう言って含み笑いをするメルベルト公爵夫人の視線に気づいたフィリックは、そっとリディアから手を離す。
(アレン様はどう思うかしら……確かに、相談したほうが良さそうだわ)
あまりにキャパオーバーすぎて、一人では決められない。
「わかりました。夫に相談してみます」
「ええ。そうしてください。返事は急ぎませんから、しっかり話し合ってくださいな。あなたたちはそれができる御夫婦なのでしょう?観劇の時も、とても仲睦まじい様子でしたもの」
そう言って、メルベルト公爵夫人は静かにフィリックへ視線だけを向ける。
「え、ええ……そう、ですね」
仲睦まじいと言われてリディアは思わず照れてしまい、ほんのりと顔を赤らめて俯く。その様子に、フィリックは一瞬だけ顔を強張らせ、メルベルト公爵夫人はそれに気づいたが何も言わず微笑みを浮かべたままだった。
「それでは、今日のところはこれくらいにしておきましょう」
メルベルト公爵夫人がそう言うと、フィリックはハッとしてリディアへ視線を向け、微笑む。
「私と夫人は別の商談の話があるので、リディア様は先にお帰りになってください。今後のことについてはまた追ってご連絡します」
「わかりました。メルベルト公爵夫人、本日はありがとうございました」
リディアは立ち上がって大きくお辞儀をすると、ディールと共に応接室から出て行こうとする。
ディールはチラリとフィリックへ冷たい視線を向け、フィリックは微笑みを絶やさず視線を返す。そしてそんな二人を見ながらメルベルト公爵夫人は扇で口元を隠し、なんとも言えない笑みを浮かべていた。
「リディア様はどうでしたか?」
リディアとディールが出ていくと、フィリックがメルベルト公爵夫人へ尋ねる。
「そうですね。あなたの言う通り、聡明なご夫人だと思いましたよ。自分の意見もきちんと話せる強い意思の持ち主……ですが、やはり加護無しのせいで過剰に萎縮しているのは否めませんね。もったいないとは思います」
メルベルト公爵夫人はそう言ってから扇をパチンと閉じる。
「ですが、きっとこれからはそのままではいられない。変わらざるを得ないでしょうね。変わるというより、本来の彼女に戻ると言うことかもしれませんけど」
「そうですね。リディア様にはリディア様らしくいてほしいと切に願っています」
そう言って静かに微笑みを浮かべるフィリックを見て、メルベルト公爵夫人は首を傾げた。
「そんなことより、あなたはずいぶんと夫人に対して距離が近いのですね。他の夫人や令嬢とは明らかに態度が違うと私は思ったのだけれど」
「そうでしょうか?他の方たちとなんら変わりありませんよ。それに、リディア様はあくまでもビジネスパートナーの一人です」
「そう?あなたはただのビジネスパートナーの手をあんなに優しく、愛おしそうに握るものなの?」
メルベルト公爵夫人は笑みを浮かべたままフィリックを試すかのように見つめる。フィリックはほんの少し肩を揺らすが、表情は変わらず微笑んだままだ。
「あなたのような有名人の前で戸惑うリディア様を落ち着かせようとしただけですよ。他意はありません。そんなふうに見えてしまったならむしろ誤解です」
フィリックは、まるで心外だと言わんばかりの顔で苦笑しながら言う。
「……そう。てっきりあなたもあの美しさに心を奪われてしまったのかと思いましたよ」
「それはリディア様が一番嫌がることです。私はリディア様が嫌がることはしたくない。それに、私はリディア様の外見ではなく才能に惚れたんです」
小さく首を横に振り、フィリックは答えた。
「そう。それなら良いわ。逆に、あなたは見栄えが良いのだし、その話術であなたにうっかり好意を寄せてしまうご令嬢も多いようですからね、勘違いされるようなことはしない方が良いでしょう。特に彼女は独身ではないのだし」
ふわりとしたややくせ毛の金髪に垂れ目がちの瞳。いつも微笑みを絶やさず柔らかい物腰で、人の心に入り込むのが上手い。
商人として立ち回りが上手く、見た目と話術も相まってフィリックにほのかな恋心を抱く令嬢も多いのだ。
「ご忠告、痛み入ります。それにリディア様はこんなことで誤解するような方ではありませんよ」
フィリックは大げさにさも残念だと言うような顔をするが、メルベルト公爵夫人はそれを見て目を細める。
「あなた、むしろ少しは勘違いしてくれても良いのにと思っているんじゃなくて?」




