26後ろ盾
メルベルト公爵邸へ到着し馬車が止まると、ディールとフィリックが先に馬車を降りる。リディアも続いて馬車から降りようとしたその時、フィリックが馬車の外から手を差し出した。
「リディア様、どうぞ」
だが、すぐにディールが険しい顔をしながら横から割り込んで同じように手を差し出す。
「商人のあなたはそんなことしなくて良いんですよ。これは私の仕事です。さ、リディア様、こちらへ」
「あ、ありがとう……」
リディアが戸惑いながらもディールの手を取り静かに馬車から降りる。
「まるで私がリディア様に触れることは絶対に許さないと言わんばかりの態度ですね。ベルナール卿に念を押されましたか?」
フィリックがやれやれと肩をすぼめながら苦笑しそう言うと、ディールは冷めた瞳でフィリックを見る。
「ええ、その通りです。ですが主に言われずとも、リディア様に指一本たりとも触れさせません」
「へえ、そうですか」
フィリックとディールは視線をぶつけ合い、その間にはバチバチと見えない火花が飛び交っているかのようだ。
(どうしてこうなってしまったのかしら……)
リディアが心の中で悲し気にため息をつきながら歩き出すと、フィリックが隣に来てそっと耳打ちする。
「リディア様はベルナール卿だけでなく、使用人にもにずいぶんと愛されているようだ。気持ちはよくわかりますが、なんだか妬けてしまいますね」
「……なっ!」
(そんなこと、思ってもいないくせに)
そう思ってフィリックを見ると、フィリックはいつものように楽し気に微笑んでいる。だが、その瞳の奥にチリリと焼けるような小さな炎が見えた気がして、リディアの心臓は跳ね上がった。
(!)
「ああ!リディア様に不用意に近寄らないでください!もっと離れて!」
「はいはい」
ディールがリディアとフィリックの間に割って入ると、フィリックは仕方ないという顔をして少し先を歩き始めた。
「リディア様、大丈夫ですか?」
「え、ええ!大丈夫よ……」
リディアはなぜか速く鳴る心臓をごまかすように苦笑いをする。だが、そんなリディアを見てディールは表情を曇らせ、フィリックの背中を睨みつけた。
*
「ようこそ。お待ちしていましたよ」
応接室へ通されたリディアたちがソファに座り待っていると、すぐにメルベルト公爵夫人がやってきた。一つにまとめ上げられた量の多い金色の髪の毛には、リディアが作った天然石のついた髪飾りがついている。耳にも、リディアが作った小ぶりの天然石のイヤリングがキラリと揺れていた。
「お招きいただきありがとうございます」
「観劇でもお会いしましたし、堅苦しい挨拶は抜きにしましょう」
リディアが挨拶すると、メルベルト公爵夫人は濃い紫色の瞳を向けて微笑む。それから、その瞳はゆっくりとディールへ向けられた。ディールはソファに座ることなく、後ろの方で静かに立っている。
「そちらが側近の方ですね。ベルナール卿から先に連絡を受けています」
言葉を受けて、ディールは静かにお辞儀をした。そんなディールを見ながら、メルベルト公爵夫人はフフ、と小さく笑う。
「フィリックさんだけではこころもとなかったのかしらね?」
「どうやら、私はあまり信用されていないようです。これからどうにかしてベルナール卿の信頼を勝ち取ろうと思っているところですよ」
メルベルト公爵夫人が茶化すように言うと、フィリックは苦笑しながらも楽しそうに言う。二人が楽しそうに言い合う横で、リディアはいたたまれず俯いてしまった。そしてそんな状態でも、ディールは表情を変えずにフィリックを冷ややかな目で見つめている。
「さて、雑談はこのくらいにして本題に入りましょうか。このアクセサリーの製作者は、あなたなのでしょう?」
「……!」
メルベルト公爵夫人は耳元のイヤリングに触れ、尋ねる。
(やっぱり私がアクセサリーの製作者だと分かっているんだわ)
「メルベルト公爵夫人はリディア様が製作者だと気付いています。その上で、お話したいことがあるそうなんですよ」
「話したいこと、ですか?」
(一体、加護無しの私なんかに何の話かしら……?)
加護無しのリディアとわざわざ話をしたがる人間はそうそういない。戸惑うリディアに、メルベルト公爵夫人はフフッと小さく微笑んだ。
「あなたの作るアクセサリーはとても斬新で新しいものばかり、とても素敵です。こんなに素晴らしい作品なのに、製作者が明かされていないと聞いたのできっと何かあるのだろうとは思いました。あなたはご自分が加護無しだから、製作者として公表するのを避けているのでしょう?」
なぜ公表しないかを簡単に言い当てられたリディアは、メルベルト公爵夫人を見つめながら小さく頷く。
「加護無しの私が製作者だとわかれば、それだけでアクセサリーの価値は下がります。明かさない方が売れ行きがよくなると思ったので、フィリックさんには伏せるようにお願いしました」
リディアの言葉に、フィリックは同意するように微笑んだ。
「あなたの判断は賢明だと思います。確かに、最初の段階で加護無しのあなたが作ったとわかれば、それだけでアクセサリーを毛嫌いする人も多いでしょう。……ですが、今は違う」
そう言って、メルベルト公爵夫人はリディアを見て口角を上げる。その表情は何かを企むような不敵な笑みだった。
「これだけ売れ行きが伸び、多くの貴族はこのアクセサリーを身に着けている。そろそろあなたが作っているのだと公表してもいいのでは?フィリックさんも、それを望んでいるようですよ」
(フィリックさんが?)
リディアが驚いて隣に座るフィリックを見ると、フィリックはリディアを見て力強く頷いた。
「こんなに素晴らしいものを作っている本人が、隠れるようにしているだなんておかしいと私は思います。だからこそ、メルベルト公爵夫人がこのアクセサリーに興味を持った時点で協力してもらいたい、そう思いました。そしてそれをこちらから提案する前に、メルベルト公爵夫人から声がかかったのです」
(メルベルト公爵夫人から?どうして?そんなことしても、夫人には何のメリットもないはずなのに)
ただただ驚いて目を大きく見開くリディアに、メルベルト公爵夫人とフィリックは目を合わせて微笑む。
「私が古臭い価値観を好まないと言うことはご存じですよね?加護無しだからと言ってあれこれ言い毛嫌いする連中をばかばかしいと思っていました。いつかあなたに直接お会いしたいと思っていたけれど、あなたはあまり社交の場に出てこないでしょう。そんな中、アクセサリーのことがあって、チャンスだと思ったのです」
ジッとリディアを見つめるメルベルト公爵夫人の瞳は力強い。リディアはその力強さに怯みそうになるが、なんとか目を合わせたまま話を聞いた。
「私があなたのアクセサリーを後押しすれば、あなたが製作者だとわかっても文句を言う人間はいないでしょう。もしあれこれ馬鹿なことを言う輩がいれば、蹴散らしてみせます」
フン、と鼻で笑うかのようにしてメルベルト公爵夫人は言い切る。その堂々たる姿に、リディアは唖然としつつも感心してしまった。
(王家と古くから繋がりのある公爵家の夫人、しかも本人の公爵夫人としての力も強い。確かに、メルベルト公爵夫人の後ろ盾があれば……)
「ですが、メルベルト公爵夫人に何のメリットもないのではありませんか?むしろ私なんかと関わってご迷惑がかかるのでは……」
「迷惑?とんでもない。私なんかが、なんてことを言うのはおやめなさい。こんなに素敵なアクセサリーを作れることを、むしろ誇るべきです」




