22乱れる心
嫉妬と独占欲にまみれた瞳はリディアを捉えて離さない。その隠そうともしないドロドロの瞳にリディアが驚いて絶句していると、アレンはリディアの片手をしっかりと掴んだ。
「あの男、リディアの手を掴んでいたように見えたけれど、気のせいか?」
「……っ!」
フィリックに突然手を掴まれたことを思い出し、リディアの目は大きく開かれる。それを見てアレンは苦しみと嫉妬で煮えたぎるような思いになり、ギリリと奥歯を噛む。
「掴まれたんだな?……あいつ、リディアに仕事以外で触れるだなんて許せない。たとえ仕事だとしても触れるのは許せないのに……!」
そう言うと、アレンは懐から上質なハンカチを取り出し、リディアの手首から手を入念に拭きだした。
「なっ、アレン様!?何をしているんですか?」
「あの男の触ったところを拭いているんだよ、見ればわかるだろう」
(いや、確かに見ればわかりますけども!?)
どうしてそんなことをしているのだろうかとリディアが唖然としていると、アレンは拭いた手を持ち上げてしげしげと眺める。
「本当は洗いたいところだが、今はこれが精一杯だな」
(あ、洗いたい?そこまで?)
アレンの一挙一動にリディアは戸惑うが、アレンはそんなことおかまいなしだ。ハンカチをしまうと、今度はリディアの手をそっと口元へ持っていき、小さくキスをしだした。
(なっ……!?)
小さなリップ音を立てながら、アレンは手や手首のあちこちにキスをする。時折、リディアへ視線を向けるが、その様子はあまりにも妖艶で色っぽく、リディアの胸はドキドキして仕方がない。
(凄い色気……本当に一体どうしてしまったの?)
リディアは慌てて手を引こうとするが、アレンはそれを許さないと言わんばかりの力で掴み、ひたすらキスをする。
「ア、アレン様?どうしてそんな……」
リディアが聞くと、アレンはキスを止めてからフッと小さく口角を上げた。
「どうして?あの男の手の感触を無くすためだよ。あんな男が掴んだ箇所は全部俺で上書きする。あの男に掴まれた事実なんて消してしまうくらいにしないとだめだ」
そう言って、またキスをし始める。こんどは、手首を伝って腕、そして首筋にまでキスをし始めた。
「な、アレン様!掴まれたのは手だけです……!」
(く、くすぐったい!)
リディアの体の奥から、ゾクゾクと何かがせりあがって来る。思わず声が出てしまいそうになり、リディアは声をこらえるのに必死だった。
いつの間にかアレンはリディアの頬に片手を添え、首筋や胸元に何度もキスをする。リディアは両手でアレンの胸元を押し返そうとするが、アレンはびくともしない。
「掴まれたのは手だけだとしても、そもそも手を掴むこと自体が許せないんだよ。俺はリディアとの距離感を間違えたから、あれ以来リディアに触れるのはなるべく慎重にと思ってきた。それなのに、あの男はいとも簡単にリディアに触れたんだろう?……許せない」
そう言って、アレンはリディアの顔を覗きこみ、視線をしっかりと合わせる。アレンの瞳は嫉妬の炎が燃え滾り、あまりの熱さでリディアの心まで燃やし尽くしてしまいそうなほどだ。
「リディアの心にも体にも、リディアの全てに触れていいのは、俺だけだ。俺だけじゃなきゃ嫌だ。お願いだリディア、あんな男に簡単に触れさせないでくれ」
そう言って、アレンはリディアに抱き着く。まさかこんなにも重く激しい気持ちを向けられるとは思わず、リディアは呆気に取られてしまった。
「どうして何も言ってくれないんだ、リディア。俺にああされるは嫌だった?」
少しだけ体を離すと、アレンはリディアの額に自分の額を合わせ、弱弱しい声で尋ねる。先ほどまでとは打って変わった様子に、リディアはさらに拍子抜けする。
「いえ、あの、嫌ではありません。嫌ではないのですけど、あまりに突然だし、そこまでのことだと思わなくて、驚いてしまって……」
リディアが戸惑いつつもそう返事をすると、アレンは小さく息を吐き首を横に振る。
「俺だってこんなになってしまうなんてどうかしてると思う。でも、リディアのことになると気持ちが抑えきれないんだ。驚かせてしまったことは本当にすまない。反省するよ」
悲し気にそう言うと、アレンはリディアから体を離し、座りなおす。だが、片手は掴んだままだ。
(アレン様がこんなに嫉妬深いと思わなかった。箍が外れて急に行動がエスカレートしてしまうことは前にもあったけど)
「……メルベルト公爵夫人のところにあの男と行くんだろう?」
「え?ええ」
「君のアクセサリー作りは応援している。邪魔するつもりもない。でも、メルベルト公爵邸へ行くのにあの男と二人きりで馬車に乗るのは許可できない」
(え?)
突然何の話だろうと思ってリディアが首を傾げると、アレンは大きくため息をついた。
「こんなこと言うのは馬鹿らしいと思う。でも、もしも何かあったらと思うと気が気じゃないんだ。馬車は密室だろう、こんな風に」
リディアの手を掴むアレンの力がグッと強くなった。
「だから、メルベルト公爵邸に行く際はディールを連れて行ってくれ。馬車も同じ馬車に乗らせる」
「……わかりました」
(フィリックさんと会う時はいつもディールがいるけれど、彼は本来のお仕事をちゃんとできてるのかしら?)
こんなことに付き合わされて、なんだかディールがかわいそうに思えてしまう。だが、ディールのことだ、そんなこと気にしないでくださいと当然のようにあっけらかんと言いそうだ。
「……重い男だと思うか?」
「え?」
アレンがぽつりと言葉を落す。リディアが目を丸くしてアレンを見ると、アレンは悲し気に微笑んだ。
「俺は、自分がこんなに重い男だとは正直思わなかった。本当はリディアのことはもっと自由にさせてあげたいし、信頼だってしている。だけど、……それだけじゃどうしようもない思いが湧き出て仕方がないんだ。こんなことして嫌がられたくないし縛り付けたいわけじゃない、でも、本当にどうしようもないんだよ」




