21挑戦的な瞳
艶やかな黒髪を振り乱しながらリディアの元へ走って来るアレン。
(アレン様……!)
「……ようやく来た」
ぽつり、と誰にも聞こえないほどの小さな声でフィリックは呟く。それから、先程まで強く握り締めていたリディアの手を急にパッと離した。
(フィリックさん?)
リディアは驚いてフィリックを見ると、フィリックは含みのある笑みを浮かべながらアレンを見ている。
「リディア!……フィリックさん、どうしてあなたがここに?」
息を切らしながらリディアのすぐそばまで来ると、アレンは鬼の形相でフィリックを睨みつけた。だが、そんなアレンの睨みを何とも思わないというように笑みを浮かべたまま、フィリックは首を傾げる。
「ずいぶんと遅かったですね。こんなに美しい方をこんな場所でお一人にしておくだなんて、どこかの悪い輩に連れて行かれでもしたらどうするおつもりだったんですか?」
「……あなたのような輩にか?」
フィリックの嫌味にアレンが嫌味で返す。アレンはそんなことしてみろ絶対に許さないと言わんばかりの顔をしているし、フィリックは変わらず飄々としながら笑みを浮かべ挑戦的な目でアレンを見ていた。
「とんでもない。ここは上流階級の貴族が訪れる劇場とはいえ、会場から一歩外へ出てしまえば危険がいっぱいです。こんなに美しく着飾ったご婦人がたった一人で馬車を探していたら、ひったくりや暴漢がいつどこからあらわれてもおかしくありませんからね。私はリディア様をお守りしていただけです。ベルナール卿はいつお戻りになるかと思っていましたが、ようやくおいでになってよかったですよ」
言葉にはなかなか棘があるが、実際にフィリックはリディアを守ってくれていた。その事実に、アレンは何も言い返せない。
「たまたま私が通りかかったからよかったものの、あのままお一人であの時間を待っていたかもしれないと思うと怖すぎますね。こうしてこの道を通り、リディア様を発見できて良かったです」
にっこりと屈託のない笑みを浮かべフィリックはリディアへ視線を移す。
(フィリックさんは私を守ってくださっていたのね)
確かに、最近劇場の前は馬車を待つ令嬢や婦人を狙ったひったくりや暴漢が多いと聞く。劇場の中は騎士団が警備しているが、劇場の外までは管轄外なのだろう。フィリックがいてくれなかったらリディアも危なかったかもしれない。
「本当にありがとうございました。まさかフィリックさんにこうしてお会いできるとは思いませんでしたので……」
「いえいえ。そういえば、メルベルト公爵夫人にはお会いになりましたか?」
メルベルト公爵夫人の名前が出て、リディアはハッとする。
「え、ええ!少しだけお話することができました」
「それはよかった。話をして恐らく予想はついたと思いますが、今度リディア様へご紹介したいと言っていた方はメルベルト公爵夫人なんです。メルベルト公爵邸にお呼ばれしていますので、ご一緒しましょう」
(メルベルト公爵邸に!?)
確かにメルベルト公爵夫人は色々と話を聞かせてくれと言っていた。だが、公爵邸に招かれて話をするということだとは思わず、まさかの展開にリディアは目を丸くする。
「日程は近々ご連絡しますね。それでは、私はこれで失礼します」
「本当に、ありがとうございました」
二人に挨拶をして馬車に乗り込もうとするフィリックに、リディアが礼を言う。フィリックは笑顔をリディアへ向けると、馬車へ乗り込んでから窓越しにアレンを見た。アレンもフィリックを見返し、二人は窓越しにバチバチと見えない火花を散らす。
(なんだかお二人、お会いするたびに険悪な感じになるのだけれど、どうにかならないのかしら)
馬車が走り出すのを見送りながらリディアが心の中でそう思っていると、突然アレンがリディアを抱きしめる。
「えっ、ちょっ!?アレン様!?」
「リディア、一人にしてすまなかった。あの男に何もされなかった?」
体を離してリディアの肩を掴むと、アレンはリディアを覗き込んだ。深い海色の瞳は不安げに揺れ、心の底から心配しているのがわかる。
「フィリックさんは私を守ってくださっていたんですよ。何かされるわけないじゃありませんか」
リディアがそう言って苦笑すると、アレンは神妙な表情になり、ぽつりと呟いた。
「本当にたまたま通りかかっただけか……?」
「アレン様?」
アレンの呟きは、あまりに小さすぎてリディアには聞こえない。リディアが首を傾げると、アレンは小さく首を横に振って眉を下げて微笑んだ。
「何でもない。さ、俺たちも屋敷へ帰ろう」
その後アレンはすぐにベルナール家の家紋がある馬車を見つけ、二人は乗り込んだ。
(どうしてわざわざ隣りに……?)
馬車に乗り込むとすぐにアレンはリディアの隣りに座った。戸惑うリディアをよそに、馬車は走り出す。
「あの、アレン様、どうして隣に座るのですか?向かいの席が空いていますけど」
「……リディアの側を離れたくないからだ。隣に座られるのは嫌なのか?」
悲しげにアレンは言う。
「いえ、そういうわけではないのですが……」
「そんなことより、リディア」
アレンのいつも以上に低い声を聞いて、纏う空気が変わったのがわかる。リディアが驚いてアレンの顔を見ると、アレンの瞳はどろどろの嫉妬と独占欲にまみれていた。




