20隠された本心
もうアレンの瞳色のドレスは着ない。そう宣言したリディアを見て、ドレイクは一瞬大きく目を見張る。アレンは、リディアを見て悲しそうな表情をした。
「リディア……」
「さ、もうこの話は終わりにしましょう。せっかくアレン様とドレイク様、それにメイリーン様三人が揃ったんです。三人で積る話もあるでしょう?私は先に表へ出て馬車で待っていますから、アレン様は気にせずお二人とお話していてください」
そう言ってリディアはにっこり微笑むと、ドレイクとメイリーンに会釈をしてその場から立ち去る。
「リディア!待っ……」
「アレン、奥様がああ言って気をつかってくれたんだ。お言葉に甘えよう」
ドレイクがアレンを行く手を遮るようにそう言うと、アレンはリディアの背中を悲し気に見つめながら仕方ないというように頷く。メイリーンがアレンに話しかけ始めたのを見てから、ドレイクは遠くなるリディアの後ろ姿を真剣な表情で見つめていた。
(何とかあの場は切り抜けられたかしら)
ホウッと小さくため息をつきながら、リディアは会場から出た。会場の入り口には何台か馬車が並んでおり、令嬢や令息、貴婦人たちが乗り込むと発車していく。所々スペースが空いているのは馬車が出た後なのだろう。
(ベルナール家の馬車はどこかしら)
家紋を頼りに馬車を探していると、目の前の空間に馬車が一台現れる。馬車を見上げると家紋はなく、一般的な馬車だった。
「リディア様?」
「……フィリックさん?」
馬車の窓から声がするので視線を移すと、そこには商人フィリックがいる。驚いてリディアが目を丸くすると、フィリックは馬車の中から荷台へ少しここで待つよう声をかけ、馬車から降りて来た。
「やっぱりリディア様でしたか。ずいぶんとお綺麗な方がきょろきょろと辺りを見渡していらっしゃったのでまさかとは思いましたが。ちょうど観劇が終わった頃だったのですね」
(そうやってさらりと平気そうな顔で綺麗だなんて誉め言葉を言ってしまえるのだからさすがだわ)
リディアは心の中で苦笑すると、小さく頷いた。
「はい、とても素敵な劇でした。チケットをいただき、ありがとうございました」
「いえいえ、お気に召したのならよかったです」
フィリックはそう言ってにこにこと微笑む。
「フィリックさんは、お仕事のお帰りですか?」
「ええ、商談の帰りでたまたまここを通りかかったんです。それにしても……」
そう言って、フィリックはリディアをじっくりと見つめる。その瞳には、ほんの少しだけチリリと焼けるような熱があるが、リディアは気がつかない。
「もしかして、ベルナール卿の瞳色のドレスですか。とても美しいですね。見惚れてしまうほどですよ」
「……ありがとうございます」
まるで心の底から出た言葉だと言わんばかりの顔で言うものだから、リディアは思わずドキリとして視線をそらしてしまう。
(あくまでもフィリックさんはお世辞で言ってくれているだけよ。商人なのだから相手の心を気持ちよくさせるのは当然よね)
「……せっかくベルナール卿の瞳色のドレスを着ているのに、どうしてその本人がいらっしゃらないのですか?」
フィリックは微笑みを絶やすことなく首を傾げ尋ねる。微笑んでいるはずなのに、その顔はどこか気に食わないというような雰囲気を醸し出していた。
「えっと、アレン様の幼馴染の方とお会いしたので、私は邪魔にならないようにと先に馬車で待つことにしたんです」
「なるほど。それでお一人でここにいらっしゃったんですね。ちなみに、その幼馴染というのは女性ですか?」
(なんでそんなこと聞くのかしら?)
「女性と男性で、ご兄妹で騎士をなさっています。今日は会場の警備を頼まれたとおっしゃっていました」
「なるほどね……」
フィリックの質問にリディアは小さく首を傾げつつ、リディアは答えた。フィリックは顎に手を添え、何かを考えるような仕草をして地面を見つめる。それから、すぐにリディアへまた視線を移し、微笑んだ。
「三人へ気をつかって先に一人で会場を出るだなんて、リディア様はお優しいのですね」
「そんな……」
(そんなことない。私はただ、あの場にいたら三人に迷惑が掛かってしまうと思っただけだわ)
確かに、三人がせっかく久々に会ったのだからという気持ちは強かった。だが、それだけではなく、あの場にいては申し訳ないという気持ちがリディアにずっと纏わりついていた。リディアはフィリックから視線をそらすと、神妙な面持ちで地面を見つめる。
「……リディア様」
ふと、フィリックの優しい声がする。視線を上げると、フィリックがそっとリディアの片手を掴んだ。
「もしかして、加護無しの自分がいては申し訳ないとでも思いつめていらっしゃるのでは?」
「そ、そんなことは……」
否定しながら、思わず掴まれた手を引っ込めようとする。だが、フィリックはそんなリディアの手を離そうとはせず、むしろ掴んでいた力が強まる。
「あなたは加護無しですが、そんなことは関係ないほどの素晴らしい才能をお持ちです。もし、誰もあなた自身を見なかったとしても、私はあなた自身を見て、知っています。だからそんな悲しい顔をなさならないでください。あなたにそんな表情は似合わない」
「……フィリックさん」
「それに」
そう言って、フィリックは一歩リディアへ近づいた。少し遠かった距離が縮まり、フィリックがいつもよりもずいぶんと近くにいる。
「あなたがそうしてベルナール卿の瞳の色のドレスを着ているのが少し悔しいですよ。せっかく自分の瞳色のドレスをこんなに美しく纏っているのに、一人にしてこんな表情までさせている。……俺だったら、絶対一人きりにはさせないしそんな表情はさせないのに」
(……え?)
フィリックの言葉にリディアは目を大きく見開く。一体、どういうつもりで言っているのだろうか。真意がわからず、リディアは戸惑う。何より、いつもは自分のことを私と言っているのに、突然俺と言い出したのだ。
フィリックと視線がぶつかる。ややくせ毛の茶色の髪の毛が風に揺れ、少し垂れ目のトルマリン色の瞳は、リディアを射止めて離そうとしない。まるで時が止まったかのように、二人の空間だけが静寂に包まれたかのようだったその時。
「リディア!」
名前を呼ばれハッとして声のする方へ視線を向けると、そこには走ってきたのだろうか、息をきらして駆け寄って来るアレンの姿があった。




