17観劇
リディアの前に跪いて、リディアの手の甲にそっとキスをするアレン。
「なっ……!アレン様、みんなが見ています!」
アレンの動きに、その場にいたメイド長は嬉しそうに微笑み、メイドたちは両手を口元へ持ってきて目を輝かせている。ディールはやれやれといった顔だが満足そうだ。
「それが何か不都合でも?俺はもう君への思いを我慢しないと決めた。誰が見ていようが構わない。むしろ、見せつけていくつもりだ」
アレンはそう言って立ち上がり、口の端に弧を描いて首を少し傾げた。その表情は挑戦的にも思え、今までのアレンの面影はどこにも見当たらない。
(なっ、……!あまりにも違いすぎて、どう反応していいかわからない……!)
顔を真っ赤にしながら口を開けアレンを凝視するしかないリディアを見て、アレンは満足そうに微笑む。
「それじゃリディア、そろそろ行こうか」
*
劇場に到着すると、あちこちに着飾った令嬢や令息、上流階級の貴族夫婦が会場へ足を運んでいる。
(観劇とはいってもある程度上の階級の貴族だけが来れる劇場だけあって、みんなすごいわ)
きらびやかな世界にリディアは気おくれする。今までは自分の置かれた状況を考えて最低限の社交の場にしか参加しなかったため、あまり慣れていないのだ。
「大丈夫か?さ、俺の腕にしっかりつかまって」
そう言って、アレンは腕を曲げてリディアへ向ける。
(今までは腕を通すこともなく、ただ隣を歩いていただけなのに)
アレンがリディアの顔を見ることもなく、ただ隣を歩くだけだったので、加護無しのリディアに腕を組まれるのは嫌なのだろうと思っていた。リディアも気を使って隣を歩くだけにしていたので、いざ腕を組もうと言われてもためらってしまう。
何より、自分のような人間がアレンと腕を組んで歩いていいものだろうかと思ってしまうのだ。
「リディア、俺のことを気にしてくれているなら、そんなことは考えないでいい。君はまぎれもない俺の最愛の妻だ。……今までの態度から急に変わってしまって戸惑っているのはわかるし、それは申し訳ないと思っている。でも、だからこそ、これからはちゃんと君と向き合い、正々堂々夫婦として歩きたいんだ」
そう言うアレンの紺色の瞳は、強い意思が感じられリディアは思わずドキリとする。促すようにアレンが腕を向けると、リディアは観念したように、そっと腕を通した。
(アレン様と、腕を組んでる……)
まさかこんな日が来るなんて思いもしなかった。リディアの心臓がほんの少し速く鳴りだしたその時、隣で小さくうめく声がした。
(?)
どうしたのだろうかとアレンを見上げると、アレンはもう片方の手で顔を覆い、横を向いている。表情は見えないが、心なしか耳がほんのりと赤くなっている。
「やばいな、腕を組むだけでリディアとこんなに密着できるのか……」
「……アレン様?」
アレンの独り言はリディアの耳には入らない。リディアが不思議そうに名前を呼ぶと、咳ばらいをしてアレンがリディアへ顔を向けた。
「何でもない。さ、行こうか」
何もなかったかのように、アレンはリディアをエスコートする。慣れない状況に戸惑いながらも、リディアはアレンと共に会場へと足を運んだ。
会場に入ると、アレンとリディアを見た観客たちが驚いて小さく声を上げる。
「おい、あれはベルナール卿じゃないか?堅物公爵様がこんなところに珍しい」
「隣にいるのは……まさか加護無し夫人じゃない?どうしてベルナール卿の瞳色のドレスなんか着ているの!?」
「あり得ない、ベルナール卿は一体何を考えているんだ」
あちこちからそんな声が聞こえてくる。皆、リディアがアレンの瞳色のドレスを着ていることに驚いているようだ。
(やっぱり、すごい目立ってしまうし、アレン様が悪く言われてしまう)
ドレスを着てくるべきではなかったのではないか。リディアの心が曇り、アレンに対して申し訳なさでいっぱいになっていると、アレンがそっとリディアの耳元で囁いた。
「リディア、何も気にしなくていい。俺は君がドレスを着てくれて嬉しいと言っただろう?それだけを考えていてくれ」
リディアが驚いて顔を上げると、アレンはリディアへ小さく微笑んでからすぐに顔をあげ、厳しい視線を周囲に向ける。まるで、リディアを悪く言う人間は絶対に許さないと言わんばかりの気迫だ。
その恐ろしい様子に、ひそひそと小言を言っていた人間は一斉に黙り込む。それを見てアレンはフンと小さく鼻息を飛ばすと、リディアへまた顔を向けた。
「リディア、愛おしい我が妻。俺の瞳色のドレスを着てくれて嬉しいよ。今日の君は、俺にとって誰よりも美しい。まるで女神のようだ」
周囲に聞こえるほどの声でそう言って、嬉しそうに微笑む。まるで歯の浮くようなセリフを恥ずかしげもなく言ってのけ、しかもそれが心の底から出ていると明らかにわかる表情で、近くにいた女性たちから小さな黄色い声が聞こえる。
リディアは一瞬何が起こったかわからず唖然としていたが、次第に顔が赤くなり、目を大きく見開いたままアレンを瞠目していた。
「はは、そんな風になってしまう君も本当に可愛い。さ、席へ行こうか」
嬉しそうにそう言うと、アレンはリディアを連れて二階へ向かった。
(すごい、とても良い席だわ!こんなに良い席だったなんてフィリックさんは一体どんな上流階級のかたからチケットをいただいたのかしら)
座席にたどり着くと、そこは二階席で階級の高い貴族専用の二人席だった。座席はふかふかで座り心地もよい。リディアが驚いていると、ふと強い視線に気づく。
視線の先に目を向けると、リディアたちよりもさらに上質な二人席に座り、扇で口元を隠しリディアとアレンをジッと見つめる一人の貴婦人がいた。隣には娘だろうか、若い令嬢がステージを見て目を輝かせている。
(あの方は……)
リディアの視線の先に気付き、アレンも貴婦人へ視線を向ける。
「あれは……メルベルト公爵夫人だな」
アレンがそう言うと、メルベルト公爵夫人はリディアを見てにっこりと微笑んだ。




