15瞳色のドレス
自由になりたいのかとアレンに聞かれ、リディアは目を大きく見開いた。
(え?どういうこと?)
聞かれた意味がわからず、リディアは首を傾げる。すると、アレンは苦しげな表情で口を開いた。
「あの商人の言葉に、君は反応していただろう」
「それは……」
確かに、他の国を周って見分を広めるというのは魅力的な言葉で一瞬だけ反応してしまったが、別に心の底からそれを望んでいるわけではない。リディアが説明しようとすると、アレンはリディアの手を強く掴んだ。
「ここにいるのは窮屈なのか?君が自由を望むなら、それを叶えてあげるべきなのかもしれない。そもそも君は俺を好きなわけではないし、契約結婚のつもりだったんだろう」
そう言いながら、アレンは顔を顰め、さらに苦しそうな顔になる。
「……だとしても、俺は君を手放したくない。君の幸せを何よりも望んでいるのに、それでも君を手放せない。あいつになんか渡したくない」
アレンはさらに強くリディアの手を握る。
「お願いだ。行かないでくれ。君の望みならなんでも叶える。どんなことだってする。だから……」
そう言って、アレンはリディアを切なげに見つめた。その瞳はまるで必死に懇願するかのようだ。
(アレン様、完全に勘違いしてるわ。これは、ちゃんと伝えないといけない)
アレンの様子に驚きながらも、リディアはしっかりとアレンを見つめ返した。
「何か誤解してらっしゃるみたいですけど、私は別に他の国に行きたいわけでも、自由になりたいわけでもありません」
リディアはゆっくりとアレンに言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「確かにフィリックさんの話は魅力的でしたし、ほんの一瞬だけ心が動いたのは確かです。でも、だからと言って本当にそうなりたいかと言われたら別です」
「本当に……?」
アレンはまだ不安げだ。フィリックに対してリディアは渡さないと言い切っていた威勢のよさは何処にも見当たらない。
「本当です。私はここでの生活を嫌だと思ったことはありません。アクセサリー作りだって自由にさせていただいてますし、それに……アレン様と少しずつ分かり合おうとすることだってまだ途中です。それを投げ出したりするほど酷い女ではありませんよ」
リディアが苦笑しながらそう言うと、アレンは瞳を輝かせる。そして、掴んでいたリディアの手に自分の額をくっつけた。
「よかった……」
アレンが心の底から安堵しているのが手に取るようにわかる。そこまで不安だったのかと、リディアは少し驚いていた。
「ありがとうリディア。これからも、君にはここでの生活が快適だと思ってもらえるようにする。そして君に、もっと俺をわかってもらえるように頑張るよ。だから、どうかずっと俺の側にいて……俺から離れないでくれ」
そう言って、アレンはリディアの手の甲にキスを落す。そして、少し顔を上げるアレンの瞳にはメラメラと熱い炎が揺れているように思えて、リディアの心臓は跳ね上がる。
(さっきまでとまた様子が全然違う)
コロコロと変わる雰囲気に戸惑うリディアをよそに、アレンは顔をあげてそうだ、と小さく呟いた。
「リディア、観劇はたしか来週だったね」
「はい、そうでしたね」
「だったら、ひとつお願いがあるんだ」
「お願い、ですか?」
一体なんだろうかとリディアが首を傾げると、アレンは優しく微笑む。その微笑みは優しいはずなのにどこかじっとりとした湿気を含んだ微笑で、リディアは困惑する。
「婚約が決まった時、君にドレスを贈っただろう?」
「……アレン様の瞳の色のドレスですか?」
この国では婚約が決まると、男性が女性に自分の瞳の色のドレスを贈る風習がある。そのドレスを社交の場で女性が着ることで、二人の仲が良いとアピールすることができ、他の男性へのけん制の意味も込められている。
「そうだ。それを、観劇の日に来てほしい」
「……えっ?」
リディアは、アレンからもらったドレスを二人の婚約のお披露目パーティーの時しか着ていない。リディアがアレンの瞳色のドレスを着ていたことを、陰で色々と言われていたのを知ったからだ。
加護無しの自分がこのドレスを着るせいで、アレンにも迷惑がかかるかもしれない。そう思い、それ以来ドレスには袖を通していない。
「でも、着ることでアレン様にご迷惑が……」
「迷惑なんてかからないよ。むしろ、一度しか着てくれなくて俺は悲しかった。……君に気持ちを伝えることができなかった俺が、悲しむ立場じゃないのはわかっているけど」
そう言って、アレンは悲し気に苦笑する。
「でも、今は君に気持ちをきちんと伝えた。だから、君には社交の場で俺の瞳色のドレスを着てほしい。俺は、誰に何を言われても構わない。もし君が何か言われるようなことがあれば、俺が君を守る」
アレンは深い海色の瞳をしっかりとリディアへ向け、はっきりとそう言い切った。
(アレン様の瞳色のドレスを、社交の場で……)
着れば何かしら陰口を言われたり、面と向かって嫌味を言われる可能性がある。だが、アレンはそんなもの気にしないし、むしろリディアを守ると言ってくれた。
リディアは、自分の心臓が少しずつ速くなっていくのを感じて思わずアレンの手を強く握る。すると、アレンはそれに気づいてしっかりとリディアの手を握り返した。
「不安なのはわかる。君が加護無しのせいで色々なことを言われ、傷ついてきたこともわかっている。でも、これからは何があっても俺が君を守るよ。どうか、守らせてほしい」




