14攻防
公爵夫人など辞めて一緒に来て欲しいと思っていたというフィリックの言葉に、リディアは驚いて目を見開く。アレンとディールはいかにも気に食わないと言わんばかりの顔でフィリックを見ている。だが、フィリックは相変わらず微笑みを浮かべたまま言葉を続けた。
「ああ、そんなに警戒しないでください。別にリディア様に異性として好意があるとかそういうことではありませんから。私はあくまでもリディア様の才能に惚れ、ご一緒したいと思っただけです」
そう言いながら、フィリックはリディアへ視線を向けた。
「アクセサリー作りの才能、ご自分の立場をわかった上での商業戦略、こんなに良い人材をほおっておくのはもったいない。もしリディア様の居場所がここにないなら、本格的にビジネスパートナーとしてご一緒したいと思ったんです。私なら、リディア様のその才能をいかんなく発揮することができる。この国だけでなく他の国にも自由に行き来し、見分を広めることだってできます」
フィリックの言葉に、リディアは目を丸くした。まさかフィリックがそんな風に思っていただなんて驚きだ。あまりにも評価が高すぎるのが気になるが、他の国に行って見分を広めることができるという言葉に自由さを感じて、ほんの少しだけリディアの心は反応する。
そんなリディアの様子に気付いたのか、アレンは掴んでいたリディアの手をきつく握り締める。ハッとしてリディアがアレンを見ると、憤りを感じているような今まで見たこともないような恐ろしい形相だった。
「……あなたはリディアを使い勝手のいい商売道具だとでも思っているのですか。だとしたら余計に渡すことなどできない。そもそも、リディアはこの屋敷に、そして何より俺にとって必要不可欠な存在だ」
厳しい視線をフィリックに向けながら、アレンは言う。それを受けて、フィリックは一瞬冷ややかな瞳でアレンに握られたリディアの手を見る。それから、変わらず笑みを向けアレンへ言葉を発した。
「商売道具だなんて思っていませんよ。ベルナール卿にとってはそう聞こえてしまったのかもしれませんね。ですが、そんなつもりはありません。加護無しでもリディア様の実力を発揮することができる、自由にのびのびとリディア様がリディア様としていられる、そんな場所を私なら提供できると言いたかっただけです。……ですが、ベルナール卿の様子を見るに、私の出る幕はないようです。リディア様、とっても愛されているようで本当によかったですよ」
そう言って、フィリックはにっこりと微笑んだ。その笑みは確かにいつもの微笑みなはずなのに、どことなく違和感を感じてリディアは戸惑った。
「あ、ありがとうございます……」
話が終わり、リディアとアレンはフィリックを玄関先の馬車の前まで見送った。
「ベルナール卿までわざわざお見送りいただき、ありがとうございます。本日も有意義な時間を過ごせてよかったです。ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ。あなたに直にお会いできてよかったです。観劇のチケットまでいただき、こちらこそありがとうございました」
フィリックが笑顔を向けながらアレンに挨拶すると、アレンは真顔のままそう言って軽く会釈をした。
「ぜひお二人で楽しんできてください。ああ、そうだリディア様。今度、リディア様にご紹介したい方がいるんです」
「紹介したい方、ですか?」
リディアが首を傾げると、フィリックは自信満々な瞳で力強く頷く。
「ええ。リディア様のアクセサリーをより多くの方に広め、盤石なものとするために重要な方です。ぜひ楽しみにしていてください。詳細は追ってご連絡します。それでは」
そう言って会釈すると、フィリックは馬車に乗って屋敷を後にした。玄関先にはリディアとアレン、少し離れたところにディールがいる。
(なんだか嵐のようだったわ……)
小さくため息をつくと、ふと強い視線に気がつく。視線の先を見上げると、アレンが真剣な顔でリディアを見つめていた。
「リディア、二人で少し話をしたいんだ、いいかな」
「え、ええ」
話しがしたいというアレンに連れられ、リディアはアレンの執務室に連れられてきていた。ソファに座っているが、リディアの向かいではなくすぐ隣にアレンが座っている。
「お、お話というのは?」
リディアが戸惑った表情でそう尋ねると、アレンは神妙な顔でリディアを見つめている。その瞳には小さな炎がユラユラと揺らめき、くすぶっていた。
「……あの商人、まるでリディアを俺から奪いたいたかったと言わんばかりだった。リディアはどう思った?」
リディアの片手をそっと取り、アレンは苦々しい表情で尋ねる。
「そうでしょうか……?確かにフィリックさんの発言には驚きましたけど、あれは商人として私をかってくださっていたということですし、あまりに評価が高すぎてむしろ申し訳ないというか……。私はあそこまで言っていただけるほどの人間じゃないのにとは思いました」
リディアは苦笑して返事をする。だが、アレンは表情を変えず、リディアの掴んだ手を強く握り締めた。
「確かにあれは商人としての言葉だった。あれに嘘偽りはないだろうな。……いや、本当にそうだろうか?あの男は本心を表に出すようなタイプじゃない」
アレンはその時を思い出すようにしてぶつぶつと独り言を言う。それから、すぐに真剣な顔でまたリディアへ語りかけた。
「でも、例えそうだとしても、俺は俺以外の男がリディアに思いを寄せることが許せない。あんなに堂々と、奪えるものなら奪ってやりたかったと告げられたんだ。それに、あれはこれから機会があればいつでもそれは可能だと言っているようなものだ」
苦しそうにそう言うアレンの言葉に、リディアはただ驚いていた。最後の言葉はあきらかにアレンの勝手な想像でしかない。何をどう捉えたらそういう解釈になるのだろうかとリディアは面食らう。
だが、アレンはさらにリディアが驚くようなことを尋ねてきた。
「リディア、君は……自由になりたいと思っているのか?」




