第1章 終話
数日後、夜明けと共に少女は宿を出て、馬を出そうとしていた。小柄な愛馬はぶるると鼻を鳴らし、久しぶりの旅立ちに胸を躍らせているようだった。
「行こうか、カジ」
少女は微笑みながら馬に鞍を取り付けた。
ふと目を上げると、巡回中とおぼしき衛兵が駆け寄ってくる姿が目に入った。
「ようやく見つけた。歌い手殿」
黒い立派な鎧を身につけた衛兵は、胸に拳を当て敬礼すると、照れくさそうに笑った。
「ハミルトンさん」
若干身構えていた少女は安堵し、男に会釈した。
男は寂しげに微笑みながら、謝辞を述べ、そして妻が死んだことを伝えた。
「あいつは行ってしまったよ。息子たちのところに。でも最後の最後には、出会った頃みたいな笑顔を見せてくれたんだ」
少女は複雑な表情を見せた。
男は静かに、妻が穏やかに微笑んで亡くなっていったことを述べた。そして、亡くなる前に心が通じたこと、最後を穏やかに見送ることができたことに感謝していることを伝えた。
「あいつが愛した衛兵としての俺を続けて、誇りを持って最後は妻の元に帰るつもりだよ。まあまずは、今を大事に生きないとな。そうしないと、あいつに怒られちまう」
そう言って男は笑った。
「そうだ。あの日、礼ももらわずに帰ってしまったろう。これを受け取ってほしい」
男が腰から袋を取り出そうとするのを制止して、少女は言った。
「謝礼は不要です。ただ、私の唄のことを絶対に口外しないと約束して欲しいです」
「君の唄のことを?それはどういう・・・?」
「理由は言えません。でも、約束をして欲しいのです」
少女が困っている様子だったので、男は首をかしげながらも承諾した。何か事情があるのだろう。
「わかった。じゃあ、せめて名前だけでも教えてくれないか。恩人の名前すら知らないなんて衛兵が廃ってしまう」
少女は迷いながらも、小さく呟くように言った。
「・・・ユミタ」
少女は朝日を背に町を出た。男は少女を見送り、仕事に戻っていった。
朝日がまぶしく輝いて、少女の背を照らした。




