第4章 第97話 良き判断の先にある結末
藤堂剛のWHA東アジア統合支部長就任から、数日。
JHA東京本部を訪れたのは、記者だけではなかった。
政府からも、連絡が入った。
それも、問い合わせという穏当なものではなかった。
「――どういうことですか」
会議室に響いた声は低かった。
机を挟んで座っているのはJHA東京本部の幹部たち。その向かいには、未生物対策省の幹部官僚と、ダンジョン政策に関係する与党議員が並んでいる。
誰一人、穏やかな表情をしていなかった。
「藤堂剛氏の退職について、改めて説明してください」
「すでにご説明した通りです。真神幸一郎氏のWHA移籍という結果について、組織として――」
「それは聞きました」
言葉を遮ったのは、官僚だった。
「私が聞いているのは、なぜ藤堂氏だったのかです」
「当時、真神氏にもっとも近い立場で対応していた責任者が――」
「その人物が、今どこにいると思っています?」
誰も答えなかった。
「WHA東アジア統合支部長です」
分かり切った事実が、改めて突きつけられる。
「大阪支部長だった人間を退職させて、2日後にはWHA東アジア統合支部長ですよ。しかもWHAは、彼の実務経験と知見を評価したと公表している」
別の官僚が資料をめくった。
「こちらでも経緯を確認しました。藤堂氏について、重大な規定違反は確認されていない。真神氏への初期対応についても、むしろ本人の意思を尊重するよう本部へ繰り返し意見を上げていた」
「……はい」
「では、なぜ辞めさせたんです?」
「結果に対する責任を――」
「その結果を悪化させてどうする!」
初めて、声が荒くなった。
会議室が静まり返った。
「真神幸一郎氏がWHAへ移った。その結果について責任を取らせるために藤堂氏を辞めさせた。そこまでは、あなた方の組織内の判断だ」
議員が指を一本立てる。
「だが結果として、日本は何を失った?」
もう一本。
「真神氏との間に、少なくとも一定の信頼関係を築いていた実務責任者です」
さらに一本。
「8年間の失踪から帰還した真神氏への初動対応を直接経験した人間です」
もう一本。
「そして現在、世界中が注目している異鉱物研究と、今後のダンジョン攻略に関わるWHA。その東アジア統合支部長になった」
そこで手を下ろした。
「あなた方は責任を取らせたんじゃない」
議員の視線が、JHA幹部たちを順番に射抜いた。
「日本側に残っていた橋を、自分たちで一本壊したんですよ」
「…………」
反論はなかった。
できなかった。
官僚が静かに続ける。
「さらに面倒なのは、藤堂氏が何も不正をしていないことです」
「……と、いいますと?」
「WHAから正式な打診を受けたのは退職後。競業上の問題も、機密情報の持ち出しも、現在確認されていない。本人もJHAを批判する発言をしていない」
「それが何か……」
「こちらから何も言えないということです」
ようやく意味が伝わった。
「WHAに抗議する理由がない。藤堂氏を非難する理由もない。戻ってきてほしいと要求する権利もない。あなた方自身が退職させたのですから」
「…………」
「そして今後、東アジア地域におけるWHAとの実務協議が発生すれば――」
官僚がそこで言葉を切った。
何人かが同時に気づいた。
「……藤堂氏が、出てくる可能性がある?」
「東アジア統合支部長ですからね」
沈黙。
それは、あまりにも綺麗な帰結だった。
昨日まで部下だった男。
責任を取らせ、組織から去らせた男。
その男に対して今度は、日本側がWHAとの協議相手として頭を下げる可能性が生まれていた。
「……何をやってるんですか、あなた方は」
官僚の口から漏れた言葉は、もはや叱責というより純粋な困惑に近かった。
◇ ◇ ◇
そして当然のように。
この会合も、完全には隠し通せなかった。
数日後。
『【独自】政府関係者がJHA東京本部を異例訪問――藤堂氏“電撃WHA入り”で厳しい追及か』
再び、週刊誌だった。
記事には会議の詳細までは書かれていなかった。だが複数の関係者への取材として、政府側が藤堂の退職経緯について改めて説明を求め、JHA側の判断を厳しく問題視したことが報じられた。
中でも大きく扱われたのは、ある政府関係者の証言だった。
『真神氏を失った責任を取らせるために、真神氏と話のできた人間まで失っている。何のための人事だったのか、という話です』
当然、燃えた。
『草』
『正論パンチやめろ』
『国にも怒られてんじゃねーかw』
『真神失いました』
『責任者クビにしました』
『責任者もWHA行きました』
『?????』
『JHA、WHAに人材供給する組織になってない?』
『やめろwww』
『しかも藤堂さん東アジア統合支部長だろ』
『今度政府がWHAと話するとき藤堂さん出てきたらどうすんだよ』
『JHA「藤堂君、これは日本として重要な――」』
『藤堂「私はWHAの人間ですので」』
『地獄で草』
『切った尻尾が上になったってそういうことかよ』
そして記事の最後には、政府関係者によるもう一つの言葉が載っていた。
『人事は組織の自由です。しかし、その結果まで組織の中だけで完結するとは限りません』
それは奇しくも、JHAが藤堂を退職させた時に使った理屈とよく似ていた。
結果が出た以上、誰かが責任を取らなければならない。
JHAはそう判断した。
ならば当然――。
藤堂に責任を取らせた、その判断の結果についても、誰かが答えなければならなかった。




