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第4章 第91話 異鉱物の可能性2

魔鉄製装備に生じた変化について、試験結果はその日のうちにWHAへ送られた。


 高出力の魔力を繰り返し流した場合、魔鉄には微細な構造変化が発生する。通常のハンターによる試験では確認されず、世界トップクラスのハンターによる高出力試験で初めて顕著になった現象だった。


 研究側は、加工方法に起因する問題なのか、魔鉄そのものの性質なのかを判断できず、試験記録とともに幸一郎への確認事項を添付した。


 数日後、WHAを通じて回答が返ってきた。


『魔鉄は大量の魔力を流し続けると保たなくなる。深い階層では自分も途中から使わなくなった』


 あまりにも簡潔な回答だった。


 だが、研究者たちにとっては十分だった。


「……やはり加工不良ではなかったか」


「少なくとも、真神氏も同じ現象を経験している」


「次の素材についても書いてある」


 回答には続きがあった。


『その頃はミスリルに替えた。物理的な強さは魔鉄とそこまで変わらなかったと思う。ただ、ミスリルの方が粘るし、魔力にはかなり強い』


 すぐに研究計画が変更された。


 魔鉄とミスリルを可能な限り同じ条件で加工し、物理的な特性を比較する。


 結果は、研究者たちが期待していたものとは少し違った。


「……強度そのものは、それほど変わらないな」


「測定誤差では?」


「複数の試料で同じ傾向が出ている。少なくとも、魔鉄の何倍も強いという素材ではない」


「では、何が違う?」


 違いが明確になったのは、高い負荷を与えた時だった。


 ミスリルは魔鉄よりも粘りを見せた。


 そして、魔鉄を傷めた高出力の魔力負荷を繰り返しても、ミスリルには目立った変化が現れなかった。


 5回。


 10回。


 20回。


 投入する魔力量を増やしても、魔鉄で確認されたほころびは生じない。


「魔力負荷への耐性が違う……」


「単純に硬い素材ではないのか」


「魔力を扱うことを前提にすれば、まったく別物だ」


 研究者たちは再び試験結果をまとめ、WHAへ送った。


『ミスリルは魔鉄と比較して物理的強度に著しい差は確認されない。一方、高魔力負荷に対する耐性について大幅な差異を確認。真神氏が認識している他の特徴について情報提供を求める』


 回答が届いたのは、その翌日だった。


『魔法系の武器ならミスリルの方がいい。魔力を通した時の抵抗がほとんどない。感覚的には、入れた分がそのまま出る』


 最後には、さらに一文が付け加えられていた。


『たぶん100入れたら100出るくらい』


「…………」


 研究室が静かになった。


「これ、比喩だと思うか?」


「分からん」


「真神氏の“その辺に転がっている鉄”を我々は一度軽く見た」


「……測ろう」


 ミスリル製の試験武器が用意された。


 使用者、投入魔力量、測定機器、試験環境を揃え、魔鉄との比較試験が行われる。


 最初の測定結果を見た研究者は、何も言わなかった。


「どうした?」


「もう一度」


「異常値か?」


「分からない。もう一度やる」


 2回目。


 ほぼ同じ結果だった。


 3回目。


 変わらない。


 測定機器そのものを交換し、別の研究チームにも同じ試験を依頼した。


 結果は変わらなかった。


「投入量は?」


「基準値100」


「出力側は?」


「……ほぼ100」


「損失は?」


「測定誤差の範囲を除けば、ほとんど確認できない」


 誰もすぐには言葉を発しなかった。


 魔鉄ですら、従来の素材とは比較にならないほど魔力を通した。


 だが、そこにはまだ損失があった。


 ミスリルには、それがほとんどない。


 使用者から武器へ与えられた魔力が、途中で失われることなく、そのまま出力側へ伝わっている。


 さらに高出力試験を繰り返しても、魔鉄で見られた劣化は確認されなかった。


「……100入れて100出る」


 一人の研究者が、幸一郎から届いた回答を見た。


「本当に、そのままじゃないか」


「少なくとも、現在の測定精度ではな」


「これを本人は知っていた?」


「知っていたというより……使っていたから、そういうものだと思っていたんだろう」


 研究者は魔鉄とミスリル、二つの試験結果を並べた。


 そこで初めて、異鉱物に対する考え方そのものが変わった。


 魔鉄よりミスリルの方が硬い。


 ミスリルよりアダマンタイトの方がさらに硬い。


 そうした単純な上下関係ではない。


 少なくともミスリルは、物理的な強度だけを求めて生まれたかのような素材ではなかった。


 大量の魔力に耐え、それをほとんど損失なく伝える。


「……魔法を扱うための金属か」


 その言葉は、その日の研究報告書にも記された。


 そして報告書の最後には、新たな研究課題が追加された。


『ミスリルを用いた魔力伝達機構および魔法武器への応用研究を最優先課題の一つとして提案する』


 その報告はWHAを通じ、国際共同研究へ参加する各機関にも共有された。


 魔鉄は、ハンターが持っていた力を従来以上に引き出した。


 ミスリルは、その力をほとんど失うことなく武器へ伝えた。


 人類はここでようやく気づき始めていた。


 異鉱物とは、ただ鉄より硬く、強い素材なのではない。


 それぞれに異なる役割がある。


 そして、その先にはまだ――アダマンタイト、オリハルコン、ヒヒイロカネが残されていた。



 異鉱物の研究は、そこで終わらなかった。


 研究の目的は、素材の性質を明らかにすることではない。

 ハンターを、より安全に、より深い階層へ送り届けることにある。

 魔鉄とミスリルの性質がある程度把握された段階で、WHAは実戦試験へ移行した。

 対象に選ばれたのは、これまで何度も100F前後へ到達し、そのたびに十分な余力を残して撤退してきた世界トップクラスの攻略チームだった。


 彼らの判断に誤りがあったわけではない。

 むしろ、その判断が正しかったからこそ選ばれた。

 同じ人間が、同じ技能で、同じように安全を優先した時、装備だけを変えることでどこまで違いが生まれるのか。それを確認するには、彼ら以上に適した存在はいなかった。

 前衛には、魔鉄を主体として製作された新型の防具が支給された。

 そして前衛、後衛を問わず、全員の武器にはミスリルが用いられた。


 剣。


 槍。


 弓。


 杖。


 それぞれのハンターが長年使い慣れた形式を可能な限り維持しながら、素材だけが置き換えられている。

 とりわけ後衛職にとって、ミスリルの効果は大きかった。

 投入した魔力をほとんど損失なく伝える。

 研究室では測定値として確認されていたその性質が、実戦では別の意味を持った。

 同じ魔法を使うために必要な魔力量が減る。

 同じだけの魔力を使えば、これまでより大きな出力を得られる。

 そして何より、戦闘終了後に残る魔力が増えた。

 それは一度の戦闘だけを見れば、小さな違いだった。


 だが、何十回もの戦闘を繰り返しながら深層を目指すダンジョン攻略では、その小さな差が積み重なっていく。


 前衛にも変化が現れた。


 魔鉄製の防具は、攻撃を受け止めるだけではない。ハンター自身が流す魔力を従来の装備より効率よく受け入れ、それまで装備によって阻害されていた身体強化や防御能力を発揮しやすくした。


 もちろん、すべてが順調だったわけではない。


 魔鉄には限界がある。

 高出力の魔力を長時間流し続ければ、少しずつ素材にほころびが生じる。実戦試験には研究者と技術者が同行し、階層を進むごとに装備の状態が確認された。

 それでも、従来装備との差は明らかだった。

 そして数日後。


 WHAの攻略管制室に、一つの報告が届いた。


『100F到達』


 それだけなら、珍しい報告ではなかった。


 問題は、その後だった。


『攻略隊、継続を決定』


 管制室にいた職員たちが顔を上げた。

 これまでなら、そろそろ撤退を検討する地点だった。

 未知の領域へ進めないわけではない。

 進んだ後、安全に帰還できる保証が薄くなる。

 だから彼らは戻っていた。

 今回も判断基準は変えていない。

 安全基準を緩めてもいない。

 それでも、隊長から届いた報告には明確に記されていた。


『前衛装備、継戦可能』

『後衛魔力残量、想定以上』

『回復資源、十分』

『帰還余力、基準値以上』

『攻略続行可能と判断』


 そして攻略隊は、101Fへ足を踏み入れた。


 102F。


 103F。


 これまでなら撤退していた地点を越えても、彼らは進み続けた。

 もちろん、急激に何十階層も攻略できるようになったわけではない。敵が弱くなったわけでも、ハンター自身が突然強くなったわけでもない。


 ただ、消耗が違った。


 前衛が受ける負担が減り、後衛が一度の戦闘で失う魔力が減り、結果としてチーム全体に残される余裕が増えた。


 それだけだった。

 だが、それこそが幸一郎が求めていたものだった。

 撤退しなくなったのではない。

 危険を無視するようになったのでもない。

 撤退を判断する場所が、少しだけ先へ動いた。

 やがて攻略隊は、自ら定めていた安全基準に従って進行を停止した。

 そして全員が帰還した。


 死者、0。


 重傷者、0。


 装備には実戦による損耗が確認されたものの、攻略能力を喪失するような破損はなかった。

 世界記録と呼ぶには、あまりにも小さな前進だった。

 けれど研究者たちは、その数字を見ていた。

 何階進んだのかではない。

 なぜ進めたのかを。

 ハンターは同じだった。

 技能も同じだった。

 安全基準も変えていない。

 変えたのは、装備だった。

 WHAから幸一郎へ送られた報告書の最後には、簡潔に結果が記されていた。


『異鉱物製試作装備を使用した実証攻略において、従来の撤退判断地点を超えて攻略を継続。安全基準を維持した状態で、攻略可能深度の更新を確認』


 その報告を読んだ幸一郎から返ってきたのも、短い一文だった。


『じゃあ、いけそうだな』


 それだけだった。

 だが、研究者たちには分かっていた。

 これは、たった一つの攻略記録の更新ではない。

 真神幸一郎にしか進めなかった場所へ、別の誰かが進むための最初の一歩だった。

 まだ100Fを少し越えただけ。

 異鉱物が自然に現れ始める領域は、さらに先にある。

 それでも、これまで100Fで止まっていた人類の撤退線が、初めて動いた。

 ほんの少し。

 だが確かに、前へ

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