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第4章 第90話 異鉱物の可能性

異鉱物の研究試料が世界各地へ届き、各研究機関で基礎的な分析が始まってからしばらく。最初に次の段階へ進んだのは、5種類の中でも最も身近な存在として幸一郎が語っていた魔鉄だった。


魔鉄、ミスリル、アダマンタイト、オリハルコン、ヒヒイロカネ。幸一郎が提供した5種類の異鉱物の中で、魔鉄は彼自身が「深いところだと、その辺に転がってる鉄みたいなもの」と評した素材である。そして、現時点で知られている実用上の特徴も一つだけだった。


 普通の鉄より、魔力が通りやすい。


「真神氏は、これを実際に装備として使っていたんですよね?」


「そのようです」


「なら、まず同じことをしてみましょう。武器と防具を作るんです。既存装備と可能な限り同じ規格で」


 未知の素材だからといって、すべてを理解するまで利用できないわけではない。少なくとも幸一郎は、ダンジョンの中で異鉱物を装備として利用していた。ならば同じ寸法、同じ用途の装備を作り、現在の装備と比較すればいい。方針そのものは単純だった。


 そして問題もまた、単純だった。


「……足りませんね」


「足りないな」


 研究者たちが見つめたケースの中にあるのは、基礎分析のために切り出された数ミリ程度の小さな試料だけだった。


「これで剣は作れません」


「防具も無理だな」


「追加試料を申請しましょう」


 同じ結論へ辿り着いたのは、一つの研究機関だけではなかった。世界各地からWHAへ、ほぼ同時期に似た内容の要請が届き始める。


『加工試験および実装試験のため、魔鉄の追加提供を要請します』


 要求された量には多少の違いがあったが、目的はほぼ同じだった。実際に加工し、武器と防具を作り、現在使われている装備と比較したい。当然、その話は幸一郎のところにも届いた。


『真神さん。各研究機関から、魔鉄の追加提供を求める要請が届いています』


「もう?」


『基礎的な分析が進み、次の段階へ移りたいとのことです。実際に武器や防具を製作し、既存装備との比較試験を行いたいと』


「まあ、そうなるよな」


『ですが、現在提供している試料では量が足りません』


「そりゃそうだろ。あんなちっちゃいので剣作れないし」


『はい』


「俺が持ってるので足りる?」


『初期の試作分であれば、おそらく』


「じゃあ出すよ」


 幸一郎は即答した。


『よろしいのですか?』


「魔鉄だろ?」


『はい』


「ならいいよ。研究するために出したんだし」


 幸一郎にとって、それ以上考える必要のある話ではなかった。こうして追加の魔鉄がWHAへ提供され、国際共同研究に参加する研究機関や加工企業へ送られることになった。


 今度は数ミリの試料を測定するだけではない。切る、削る、熱する、曲げる、接合する。そして最終的には、武器や防具という形にする。未知の金属を実用品へ変えるための試行錯誤が始まった。


「まず、どう加工する?」


「それを調べるところからだ」


「切削は?」


「試す」


「熱処理は?」


「試す」


「接合方法は?」


「それも試す」


「……何が分かってる?」


 技術者の問いに、研究者が資料を持ち上げた。


「真神幸一郎が、これを装備として使っていた」


「それだけ?」


「それだけだ」


「最高だな」


 皮肉なのか、未知の素材を扱えることへの喜びなのか。おそらく、その両方だった。


 当然、最初からすべてが上手くいったわけではない。加工条件を変え、結果を記録し、失敗すれば原因を調べる。ある研究所で分かったことが共同研究網へ共有され、別の研究所が追試し、加工企業が製造工程へ落とし込む。そこで見つかった問題は再び研究側へ戻される。


 一人の男が8年間、ダンジョンの中で経験として積み重ねてきたものを、今度は世界中の研究者と技術者が分担して追いかけ始めていた。


 そして、追加の魔鉄が提供されてからしばらく後。


「……できましたね」


「ああ」


 試験室の中央に、一振りの剣が置かれていた。その隣には比較用として、現在のハンターが使用している同規格の武器が並んでいる。少し離れた場所には防具の試作品も用意されていた。


 完成した魔鉄製の剣は、驚くほど普通だった。光っているわけでも、不思議な力を放っているように見えるわけでもない。華美な装飾もなく、形状そのものは既存の武器と大きく変わらない。


「……普通だな」


「普通ですね」


「もっとこう、光ったりしないのか?」


「研究成果に何を期待しているんです?」


 違うのは素材だけだった。


 だが、その違いを確かめるために、この研究は始まった。


「魔力が通りやすい、か」


「真神氏は、そう表現しています」


「具体的には?」


「分かりません」


「……分からない?」


「彼にとっては、実際に使えば分かる程度の話だったのでしょう」


 幸一郎が8年間、ダンジョンの中でどのように魔鉄を扱ってきたのか、詳細な記録など存在しない。ならば実際に使うしかなかった。


 試験場には、現役のハンターが一人呼ばれていた。特別な能力を持つ者ではなく、普段から武器へ魔力を通して戦う経験豊富なハンターである。


「まずは普段使っている武器でお願いします。いつも通り魔力を流してください」


「分かった」


 男が自分の剣を構え、魔力を流す。そのまま数メートル先に置かれた試験用の標的へ斬りつけた。結果は研究者たちの想定した範囲内で、計測装置がその数値を記録していく。


「次、魔鉄製です」


 男は自分の剣を置き、試作品を受け取った。重さと重心を確かめるように何度か軽く振る。


「どうです?」


「少し違うが……まあ、問題ない」


「では先ほどと同じ程度を意識して、魔力を流してください」


「了解」


 男が剣を構え、いつもと同じ感覚で魔力を流した。


「――っ!?」


 その表情が変わった。


 流し込まれた魔力が、ほとんど抵抗を感じさせることなく柄から刀身へ広がっていく。根元から切っ先まで、魔力が刀身全体に帯同する。


「待っ――」


 研究者が声を上げた時には、男は反射的に剣を振っていた。


 刀身を覆っていた魔力が、その軌跡に引かれるように離れる。凝縮されたエネルギーが斬撃となって試験場を走り、数メートル先の標的へ直撃した。


 標的が粉々に砕け散った。


「…………」


 破片が床へ落ちていく音だけが、試験場に響いた。


 研究者も技術者も動かなかった。


 剣を振った本人まで、粉々になった標的を呆然と見つめていた。


「……俺、今……」


「動かないでください!」


「え?」


「そのまま! 剣を下ろさないで!」


「いや、でも――」


「計測中です!」


 その一言で、止まっていた研究者たちが一斉に動き始めた。


「今の記録は!?」


「取れてます!」


「魔力投入量!」


「直前の試験とほぼ同じです!」


「そんなわけあるか!」


「測定値ではそうなっています!」


「標的側は!?」


「確認します!」


「映像を保存! 高速度カメラも全部だ!」


 一瞬で試験場が騒がしくなる。その中心で、ハンターだけが魔鉄製の剣を握ったまま固まっていた。


「……なあ」


「動かないで!」


「動かないけどさ……」


 男は粉々になった標的を見た。そして、自分の手にある剣を見る。


「俺、あんなことできないぞ?」


 研究者たちの動きが止まった。


「……普段は?」


「できるわけないだろ」


「魔力を飛ばす技能は?」


「持ってない」


「類似する能力は?」


「ない」


「今、何か普段と違うことを?」


「してない。いつも通り剣に魔力を流して、振っただけだ」


 再び沈黙が落ちた。


「……もう一度やります」


「マジかよ……」


「今度は振る前に止めます。まず魔力が刀身へどう伝わっているのかを測定します」


 ハンターは手の中の剣を見つめた。


「これ……魔鉄なんだよな?」


「はい」


「5種類の中で一番下なんだよな?」


「少なくとも、真神氏の認識では」


「その辺に転がってる鉄?」


「……そう言っていました」


 男は粉々になった標的へ視線を戻した。


「どんなところに住んでたんだよ、あの人……」


 誰も答えなかった。


 ただ一つ、分かったことがある。


 真神幸一郎が言った――普通の鉄より魔力が通りやすい。


 その言葉を、人類は少し軽く受け取りすぎていた。


 そして試験場の隣室には、まだ4種類の試料が残されている。


 ミスリル。


 アダマンタイト。


 オリハルコン。


 ヒヒイロカネ。


 研究者の一人が、ガラス越しに保管されたそれらへ目を向けた。


「……魔鉄で、これか」


 誰も続きを口にはしなかった。


 だが、その場にいた全員が同じことを考えていた。


 ならば、その先にある4つは――一体、何なのか。


 魔鉄の試験は、それだけでは終わらなかった。


 研究室で確認された性質が、実際にハンターが使用した場合にも同じように現れるのか。


 数日後、魔鉄は剣へと加工され、世界でもトップクラスに位置するハンターの手に渡った。


「普通に使えばいいんだな?」


「はい。まずは普段の武器と同程度の出力からお願いします」


 男は魔鉄製の剣を構えた。


 魔力を流す。


「……やっぱり、通るな」


 すでに研究側から説明は受けていた。それでも、実際に握れば違いは明白だった。

 普段使っている武器なら、流した魔力のすべてがそのまま刃へ伝わるわけではない。だが魔鉄には、その抵抗がほとんど感じられない。

 男は正面に置かれた標的へ剣を振った。

 刃は届いていない。

 それでも、標的には深い斬痕が走った。


「……これ、いいな」


 思わず漏れた言葉に、研究者たちが苦笑する。


「では、次は出力を上げてください」


「どこまで?」


「可能な範囲で。段階的にお願いします」


「了解」


 試験は続いた。

 出力を上げるほど、魔鉄は男の魔力によく応えた。

 普段の武器では扱いきれないほどの魔力を流しても、刃全体へ素直に伝わっていく。

 男も次第に調子を上げた。


「まだいけるぞ」


「では、同じ出力でもう一度お願いします」


 繰り返す。

 さらに繰り返す。

 実戦を想定し、高出力の魔力を流したまま剣を振る。

 その試験が十数回を超えたところで、一人の研究者がモニターを見つめた。


「……止めてください」


 男が剣を下ろす。


「何かあった?」


「剣をこちらへ」


 回収された魔鉄製の剣が計測器へ戻される。

 外見上、大きな異常はない。

 刃こぼれもない。曲がってもいない。

 だが、試験前の測定値と比較した研究者の表情が変わった。


「内部構造が変化しています」


「壊れたのか?」


「そこまでは。ただ――」


 別の研究者が測定結果を確認する。


「このまま同じ出力で使い続けるのは、やめた方がいいですね」


 魔鉄は、魔力をよく通す。

 だが、どれだけ流しても耐えられるわけではない。

 少なくとも、世界トップクラスのハンターが高出力の魔力を繰り返し流した時、魔鉄には明確な変化が生じた。

 その日の試験は、そこで打ち切られた。

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