第1章 第9話 暫定ランク
真神幸一郎の帰還確認から間もなく、JHA大阪支部にも緊急の指示が入った。
現地へ向かうことになったのは、大阪支部長を含む数名の幹部だった。世界初のダンジョン踏破者への対応を、六甲山の管理事務所だけに任せるわけにはいかない。
問題は移動時間だった。
未生物対策省を通じて防衛省へ協力が要請され、一行は陸上自衛隊のCH-47で六甲山近郊まで緊急輸送されることになった。
もっとも、入口周辺には報道陣が詰めかけている。大型輸送ヘリをその目の前へ降ろすような真似はできない。
CH-47はダンジョンから離れた場所へ着陸し、一行はそこで待機していた公用車へ乗り換えた。車は報道陣から見えない管理道路を通り、六甲山ダンジョン施設の裏手へ回る。そのまま別棟の業務用出入口へ横付けされ、大阪支部長たちは人目につくことなく施設内へ入った。
表側では今も、多数のカメラがダンジョンの出口だけを映し続けている。
その頃、JHA本部と未生物対策省では、別の問題が持ち上がっていた。
真神幸一郎のハンターランクをどうするのか。
八年前の記録ではFランクだった。
十七歳で登録し、ほとんど実績を残さないまま六甲山ダンジョンへ入場。そのまま未帰還となっている以上、記録上は当然だった。
だが、そのFランクハンターが八年後、六甲山ダンジョンを完全踏破して戻ってきた。
「Fのまま再発行するわけにはいかないでしょう」
会議室で、誰かが当然のことを口にした。
「ではSランクか?」
「それも無理です。Sランクには認定基準と審査があります。それ以前に、真神氏の現在の能力を我々は何一つ測定していません」
「世界で誰も成し遂げていない完全踏破を達成している」
「それは攻略実績です。既存のランクは、単純な攻略深度だけで決まるものではありません」
議論はそこで止まった。
既存制度には、ダンジョンを完全踏破したハンターの扱いが存在しない。
当然だった。
制度が作られて以来、そんな人間は一人も現れなかったのだから。
Sに押し込めるのも違う。
Fのままにしておくのは、もっとおかしい。
能力測定を実施するという案も出たが、帰還したばかりの幸一郎にいきなり試験を受けさせることへの懸念が出た。それ以上に、既存の測定設備で何を測ればいいのかという問題もあった。
最終的に、未生物対策省との協議で一つの結論が出された。
「暫定で、新しい区分を設けます」
「新しい区分?」
「EX。ダンジョン完全踏破者に対する特別ランクです」
正式な制度設計は後日行う。
今はとにかく、真神幸一郎を既存のFからSまでのどこかへ無理に当てはめるのではなく、世界初の完全踏破者として別枠で扱う。そのための暫定措置だった。
こうして、本人の知らないところで、世界に一つしか存在しないハンターランクが急造されることになった。
――暫定EX。
その頃、当の幸一郎は、そんな騒ぎとは無縁の場所にいた。
長いシャワーを終え、伸び放題だった髭を剃り、不揃いだった髪も最低限整えている。
職員が用意したのは、ジーンズとシャツ、それにゆったりとしたジャケットだった。急な話だったため洒落たものではないが、幸一郎には十分だった。
八年間使い続けた衣服と装備は、大きな袋にまとめられている。
鏡の前に立つ。
そこには、ダンジョンへ入った十七歳の少年ではなく、一人の成人した男が立っていた。
頬や首筋には古い傷が残り、服の下にも無数の傷跡がある。髪と髭を整えたことでようやく年相応には見えるようになったが、八年前の面影がどれほど残っているのか、本人にはよく分からなかった。
幸一郎は鏡の中の自分をしばらく眺めた後、興味を失ったように視線を外した。
「カード、まだかかるのか?」
受付へ戻った幸一郎に、職員は少し緊張しながら答えた。
「申し訳ありません。現在、登録情報の更新に少し時間がかかっていまして」
「そうか」
それ以上、幸一郎は何も聞かなかった。
用意された椅子へ座り、ぼんやりと待つ。
職員としては非常に助かった。
まさか本人に、
――あなたをどのランクに分類すればいいのか、国を挙げて揉めています。
とは言えなかった。
やがて、施設裏手の業務用出入口から連絡が入った。
JHA大阪支部長が到着した。
八年間、人間との接触を避け続けた男と、彼を管理する制度を持たない側との、最初の話し合いが始まろうとしていた。




