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第4章 第87話 赦せずも未来を見る者



 WHAの緊急記者会見から一夜が明けても、報道は収まるどころか、さらに過熱していた。


 魔鉄、ミスリル、アダマンタイト、オリハルコン、ヒヒイロカネ。5種類の異鉱物が実物として公開されたこと。《資源庫》の選択肢に《異鉱物》が存在していたこと。そしてWHAが、それらを利用した次世代ハンター装備の国際共同研究を開始し、世界中の大学、研究機関、企業から参加を募ること。


 どれか一つだけでも、大きなニュースになり得る内容だった。


 だが、翌朝の情報番組が取り上げたのは、それだけではなかった。


『真神氏はそれを理解した上で、次の世代のための礎に――そして、後に続く者たちの道標になってくれると言ってくれました』


 レイチェル・アシュフォードの発言が、もう一度スタジオの大型モニターで再生される。


 映像が終わっても、出演者たちはすぐには口を開かなかった。


「……すごい話になりましたね」


 司会者がようやく口にすると、隣に座っていたコメンテーターが小さく頷いた。


「ええ。ただ私は昨日の会見を見ていて……少し、恥ずかしくなりました」


「恥ずかしく?」


「私たちが、これまで真神さんについて話してきたことです」


 意外な言葉に、司会者が聞き返す。


「日本を恨んでいるのか。堺東の初期化は復讐だったのか。家族とは和解するのか。日本へ戻るつもりはあるのか。社会的責任をどう考えているのか。私たちは毎日のように、そういう話をしてきました」


「確かに、かなり扱ってきましたね」


「もちろん、それらを報道すること自体が間違いだったとは思いません。真神さんの過去や、現在の日本社会との関係を考える上では必要な議論だったと思います。ただ――」


 コメンテーターは、モニターに映る5本のインゴットを見た。


「あまりにも、小さかった」


 スタジオが静かになった。


「私たちはずっと、真神幸一郎という一人の人間を、日本社会の中でどう位置づけるのかという話をしていた。でも本人が考えていたのは、自分の後を歩く人たちを、どうすればもっと先へ進ませられるかだった」


「次の世代、ですか」


「ええ。それも、自分に依存させる方向ではありません」


 今度はハンター事情に詳しい専門家が話を引き継いだ。


「私はそこが、今回の発表で最も重要な部分だと思います。真神氏ほど他のハンターと能力差があるなら、自分にしかできない仕事を独占することもできる。素材や情報を抱え込み、自分の価値を維持するという選択だってできたでしょう」


「ですが、やったことは逆だった」


「そうです。自分が持っている異鉱物を研究試料として提供した。自分が8年間で得た経験も提供した。そして、自分以外のハンターがより深い場所へ行ける方法を考え始めた」


 専門家は、WHAが公開した計画の概要を示した。


「しかも、もっと危険を冒せと言っているわけではありません。ここは誤解してはいけない。現在100階前後で撤退している攻略隊に、150階まで無理をして進めと言っているのではないんです」


「撤退基準は変えない、とレイチェル会長も明言していましたね」


「ええ。100階で帰っていたときと同じ安全性を確保したまま、120階、150階と進める装備を作ろうとしている。撤退する判断を変えるのではなく、撤退する場所を先へ動かそうとしているわけです」


 司会者が、少し考えるように手元の資料へ目を落とした。


「昨日まで私たちは、“真神さんは日本をどう思っているのでしょう”という話をしていましたね」


「本人はその頃、10年後、20年後に誰がダンジョンを攻略するのかを考えていた」


「……ずいぶん、見ていた方向が違いますね」


「違うというより――」


 最初のコメンテーターが苦笑した。


「私たちの方が、彼を小さな枠の中に入れて見ていたのでしょうね」


 その言葉に、すぐ反論する者はいなかった。


 やがて、別のコメンテーターが口を開いた。


 以前、ハワイと堺東を巡る一連の行動について、《静かな復讐》という言葉を使った人物だった。


「私は以前、真神さんの行動を《静かな復讐》と表現しました」


「ええ。大きな反響がありました」


「今でも、その見方そのものを撤回するつもりはありません」


 はっきりと言い切った。


「日本に積極的に情報を提供せず、WHAには提供した。そしてハワイで《資源庫》を選択した直後、堺東を初期化した。観測できる行動だけを見ても、そこに何らかの意図があったと考える余地はあります」


「では、昨日の発表を見ても評価は変わらない?」


「変わった部分はあります」


 少し間を置いた。


「それだけで真神幸一郎という人間を説明できると思っていたのなら、私の見方が狭かった」


 司会者が黙って続きを待つ。


「赦せないものがあることと、未来を考えることは矛盾しません。人間ですから」


「復讐心を持ちながら、次の世代のことも考えられる」


「当然でしょう。過去をなかったことにする必要はない。赦せないなら、赦せないままでもいい。ただ、それだけに自分の人生すべてを使う必要もない」


 モニターには、再びWHAの会見映像が流れていた。


「私たちは《復讐》という言葉が分かりやすかったから、そこを大きく取り上げすぎたのかもしれません」


 別の出演者が、小さく頷いた。


「もしかすると、私たちはずっと――17歳の真神幸一郎を見ていたのかもしれませんね」


「17歳?」


「冤罪に遭った少年。家族との居場所を失った少年。警察を信用できなくなった少年。ダンジョンへ入るしかなかった少年」


 そこで言葉を切った。


「かわいそうな被害者なのか。復讐者なのか。家族を赦すのか。社会を恨んでいるのか。私たちが投げかけてきた問いの多くは、8年前を起点にしたものです」


「……」


「でも、真神幸一郎はもう25歳なんですよ」


 スタジオが静まった。


「その間に8年間、生きている。ダンジョンを攻略して、戦って、考えて、失敗もして、経験を積んだ。その8年間を飛ばして、私たちは17歳の少年の延長としてばかり彼を見ていたのではないでしょうか」


 六甲山500階層を踏破した。


 異鉱物を使いながら、自分自身の装備を更新し続けた。


 ハワイ480階層を攻略し、《資源庫》という未知の仕組みを現実の社会へ持ち込んだ。


 そして今度は、自分だけが進める道を、他のハンターも歩ける道へ変えようとしている。


 それらはすべて、冤罪被害者という一つの言葉だけでは説明できない。


「……私たちは、真神さんに過去ばかり質問していましたね」


 司会者の言葉に、誰かが頷いた。


「警察を赦すのか。家族を赦すのか。日本を恨んでいるのか」


「本人は、もう先のことを考えていた」


「だからといって、過去が消えるわけではありませんけどね」


「ええ。それも含めて、でしょう」


 しばらくして、司会者がモニターへ目を向けた。


 そこには、WHAの会見場に並べられた5本のインゴットが映っている。


「では――私たちも、質問を変えなければいけないのかもしれませんね」


「どう変えますか?」


「真神幸一郎は、日本をどう思っているのか」


 そこで一度、言葉を切る。


「それだけではなく――真神幸一郎が、今どこを見ているのか」


 誰もすぐには答えなかった。


「今度は、そちらを見なければいけないのかもしれません」


 番組はそこでCMへ入った。


 だが、その日の日本で同じような言葉を口にしたのは、その番組だけではなかった。


 新聞も、ニュース番組も、ネットメディアも、それまでとは少し違う角度から真神幸一郎を語り始めていた。


 そしてネットでは――。


『5種類全部本物だったのまだ信じられん』


『会見前から全部並べてるの強すぎる』


『レイチェル会長、絶対見せつけに来てるだろ』


『魔鉄「その辺に転がってます」』


『その辺(真神基準)』


『その辺って何階だよ』


『一般人が行けないところをその辺って言うなw』


 もっとも注目されたのは、やはり《異鉱物》だった。


『ミスリル実在』


『アダマンタイト実在』


『オリハルコン実在』


『ヒヒイロカネ実在』


『ファンタジー世界が現実に殴り込んできた』


『で、魔鉄は?』


『わんさか』


『公式記者会見で「わんさか」出てくると思わなかった』


『記者「根拠は?」』


『真神「資源庫だから」』


『雑w』


『真神「石油だって600万バレルだったじゃん」』


『反論できなくなってて草』


『本人も推測って言ってるから一応慎重なんだよな』


 だが、時間が経つにつれて、別の部分も注目され始めた。


『待って、これ真神本人の装備作る研究じゃないの?』


『違うぞ。他のハンター用』


『自分用じゃないのかよ』


『自分が拾ったのを今の奴が使って、そいつらが拾ったのを次の奴が使えばいいって』


『……こいつ25だよな?』


『25歳が次世代育成始めてる』


『500F踏破者、もう後進育成フェーズ』


『自分しか攻略できないから優遇しろ、じゃないんだな』


『逆。自分しか攻略できない状態を終わらせようとしてる』


『普通にすげえ話してないかこれ』


 やがて、当然のように過去との比較も始まった。


『日本「能力がある以上、社会的責任が」』


『真神「俺がいなくても次の奴が行けるようにしよう」』


『……』


『やめろ』


『その比較は日本政府に効く』


『いや帰還直後にこんなこと考えてるって分かるわけないだろ』


『警戒したこと自体は別におかしくない』


『問題は本人の話聞く前に縛る方向へ行ったことじゃね』


『それはそう』


『結果論の部分もあるだろ』


『でもWHAは同じ人間相手に関係作れたんだよな』


『そこなんだよなあ……』


 意見は一つにはならなかった。


 それでよかった。


 ただ、一つだけ。


 以前よりも多くの人間が、真神幸一郎を「8年前に冤罪に遭った少年」だけではなく、「今を生きている25歳の男」として見始めていた。


 そして、レイチェルが使った言葉についても議論は続いていた。


『「次の世代の礎、道標」ってレイチェル会長ちょっと盛ってない?』


『本人そんな格好いいこと言うタイプじゃないだろw』


『絶対言ってない』


『真神本人「俺が拾ったやつ次の人が使えばいいじゃん」』


『レイチェル翻訳「次世代の礎となり、後に続く者の道標となる」』


『翻訳の格差www』


『でも』


『意味は同じなんだよな』


 その書き込みの後、しばらく返信が途切れた。


『……まあ、そうなんだよ』


『本人が大げさに言ってないだけだな』


『8年間一人で歩いた道を、今度はみんなで歩けるようにするってことか』


『これ、後から見たら開拓者って呼ばれる奴じゃね?』


『さすがに気が早い』


『でも最初に500Fまで行った人間なのは変わらんぞ』


 その評価が正しいのかどうかを、この時点で知る者はいない。


 ただ、世界中で真神幸一郎を見る目が、少しずつ変わり始めていた。


 過去に何があった男なのかではなく。


 これから、どこへ向かおうとしている男なのか。


 ようやく人々は、その先を見ようとし始めていた。

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