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第3章 第69話 初期化、それは2週目?

 堺東ダンジョンの待機状態が解除された。

 世界中に響いた鐘がそう告げてから、JHA大阪支部が最初に行ったのは、一般ハンターの入場を許可することではなかった。

 鐘は、確かに告げている。


『堺東ダンジョンへの入場が可能となりました』


 だが、その直前にはもう一つ。


『各階層へモンスターを再配置します』


 その言葉があった。

 入れることと、安全に入れることは別だ。

 まして堺東は、一度完全攻略されたダンジョンである。再初期化などという現象は、世界的にもほとんど情報がない。

 JHAは入口を一時的に管理下へ置き、まず調査班を送り込んだ。


     ◇ ◇ ◇


「1階層、異常なし」


 最初の報告は、拍子抜けするほど普通だった。

 地形は記録と一致。

 出現するモンスターも一致。

 戦闘方法にも大きな違いはない。

 討伐すれば、素材も落とす。


「採取地点も復活しています」


「本当に?」


「はい。過去の記録と照合しました。採取済みになっていた地点も復活しています」


 それはむしろ朗報だった。

 完全攻略までの過程で採取され、枯渇していた素材まで戻っている。

 再初期化。

 その言葉どおり、ダンジョンそのものが攻略前に近い状態へ戻された可能性が高かった。

 調査範囲は徐々に広げられた。

 2階層。

 3階層。

 5階層。

 大きな異常はない。

 少なくとも、そう思われていた。


     ◇ ◇ ◇


「……こいつ、前より強くないか?」


 最初にそれを口にしたのは、調査班の一人だった。


「そうか?」


「硬かった気がする」


「個体差だろ」


「かなあ」


 その場では、それで終わった。

 そもそも過去に戦った個体と、今目の前にいる個体が同じではない。

 装備も違えば、戦った人間の体調も違う。

 数%程度の差など、体感で判断できるものではなかった。

 だが、10階層に到達する頃には、同じ感想を口にする者が増えていた。


「やっぱり強くなってないか?」


「俺もそう思う」


「記録取ってるだろ。戻ってから比較してもらおう」


 そして、もう一つ。


「……渋いな」


「何が?」


「ドロップ」


 倒したモンスターの残骸を前に、一人が首を傾げる。


「こんなもんじゃなかったか?」


「いや。前にここ潜ってた頃、もう少し落ちてた気がするんだけどな」


「気のせいじゃね?」


「かもしれん」


 こちらも、その場ではそれ以上の話にはならなかった。

 人間の記憶など曖昧なものだ。

 だからJHAは、記憶ではなく記録を調べた。


     ◇ ◇ ◇


「……出ました」


 数日後。


 大阪支部の会議室に、再初期化後の堺東ダンジョンと、かつての攻略記録を比較した資料が並べられた。


「まず、地形については?」


「現在確認できている範囲では、旧記録とほぼ一致しています。出現するモンスターの種類についても同様です」


「採取資源は?」


「復活しています」


 そこまでは予想どおりだった。


「問題は?」


「二つあります」


 担当者が画面を切り替えた。


「一つ目。モンスターの能力です」


 旧攻略時の記録。


 そして現在の調査班が取得した戦闘データ。


 攻撃力、防御力、耐久力。


 単一の数値で比較できるものではない。それでも、複数の戦闘記録を積み重ねれば傾向は見えてくる。


「浅層では誤差と判断できる範囲でした。しかし、階層が下がるにつれて差が広がっています」


「どれくらい?」


「10階層付近で、旧記録のおよそ1.1倍」


 室内が静かになった。


「20階層は?」


「まだ十分なサンプルがありません。ただ、現在得られているデータでは――」


 次の数字が表示された。


「およそ1.2倍です」


「……綺麗に上がってるな」


「はい」


 偶然と切り捨てるには、少々規則的すぎた。


 階層が深くなるほど、以前より強い。


 しかも、その差が少しずつ広がっている。


「もう一つは?」


「ドロップ率です」


 別の資料が表示された。


「こちらは能力上昇ほど明確ではありません。まだ統計上の誤差を完全には排除できませんが、旧攻略時より若干低下している可能性があります」


「どの程度?」


「数%です」


「……微妙だな」


「はい。現時点では断定できません」


 モンスターは強くなっている。


 そして、倒した際の見返りはわずかに減っている。


 ただし――。


「攻略に支障は?」


「現時点ではありません」


 即答だった。


 それも当然だった。


 10階層で1.1倍。


 20階層で1.2倍。


 以前より強いとはいえ、対処できないほどではない。


 何より人類側には、かつて存在しなかったものがある。


 地図。


 モンスターの情報。


 攻撃方法。


 弱点。


 危険地点。


 階層ボスの攻略方法。


 一度完全攻略したことで蓄積された、膨大な攻略情報だった。


 多少モンスターが強くなったとしても、それを補って余りある。


「一般開放を止める理由にはならないか」


「現状では」


「ただし、深層までこの傾向が続くかは分かりません」


「当然だな」


 結論は慎重なものになった。

 攻略可能範囲を段階的に広げながら、モンスターの能力とドロップ率を継続して観測する。

 異常な上昇が確認された場合は、その時点で再評価する。

 未知の現象に対する対応として、特におかしな判断ではなかった。


     ◇ ◇ ◇


 一般開放された堺東ダンジョンでは、別の評価が広がり始めていた。


「ちょっと強くなってるらしいぞ」


「聞いた。10階層で1割くらいだろ?」


「その代わり素材復活してるじゃん」


「ドロップは少し渋くなったって」


「少しだろ?」


 攻略済みだった採取地点が復活している。

 倒されたモンスターも戻っている。

 そして何より、攻略情報がすべて残っている。

 ハンターにとって重要なのは、最終的に稼げるかどうかだった。


『堺東、普通に美味い』


『前より敵ちょっと硬い』


『ドロップ渋くなった気がする』


『でもマップ全部割れてるの強すぎ』


『素材復活してるならプラスだろ』


『再初期化、他でもできないの?』


 そんな声が増えていく。


 再初期化によって、何が起きたのか。


 人類は少しずつ理解し始めていた。


 地形は戻る。


 資源は戻る。


 モンスターも戻る。


 ただし、まったく同じ状態には戻らない。


     ◇ ◇ ◇


「……二周目、か」


 藤堂が呟いた。


 机の上には、最新の報告書が置かれている。


 10階層。


 20階層。


 深くなるにつれて上昇していく、モンスターの推定能力。


 その一方で、わずかな低下傾向を示すドロップ率。


「二周目?」


「いや、ゲームであるでしょう。一度クリアした後に、少し難しくなった状態でもう一度最初から始まるやつ」


「ああ……」


 部下も資料を見る。


「言われてみれば、近いですね」


「近いだけならいいんですけどね」


 藤堂は椅子の背へ身体を預けた。


「これ、どこまで続くんでしょう」


 答えられる者はいなかった。


 10階層で、およそ1.1倍。

 20階層で、およそ1.2倍。

 ならば30階層は。

 50階層は。

 100階層は。

 誰もまだ、そこまで到達していない。


「調査は継続してください。特に能力上昇の推移を優先で」


「一般開放は?」


「現状維持で。今の数字だけで閉鎖する理由はありません」


「分かりました」


 部下が退室する。


 藤堂はもう一度、報告書へ目を落とした。


 危険ではある。


 だが、ダンジョンとは元々そういう場所だ。


 以前より多少強くなった。


 ドロップ率も多少下がった。


 それだけなら、まだ問題とは呼べない。


「……再初期化、ねえ」


 誰が行ったのか。


 どうやって行ったのか。


 そもそも、もう一度できるのか。


 分からないことの方が多い。


 それでも堺東には今日もハンターが入り、素材を持って帰ってくる。

 再び動き始めたダンジョンを歓迎する声の方が、今は圧倒的に大きかった。

 そして。

 堺東ダンジョンは、まだ20階層までしか再調査されていなかった。

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