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第2章 第55話 首輪のサイズが測れない…

「では、本日いただいたご意見を踏まえ、事務局で改めて論点を整理します。社会的責任の法的根拠、緊急時における協力要請のあり方、資格停止等の措置の実効性、国外活動との関係については、それぞれ次回までに整理をお願いします」


 座長の言葉に、出席者たちがそれぞれ資料へ視線を落とした。予定されていた時間はすでに十数分ほど超過している。


「本人への意見聴取については?」


「それも含め、方法を検討しましょう。少なくとも、本人が今後どのような活動を望んでいるのか。それを把握しないまま制度だけを先行させるべきではない、というご意見は重く受け止める必要があります」


 国家は、一私人である高位ハンターに何を求めることができるのか。そして、何を求めることはできないのか。社会的責任という言葉の法的根拠、公共の利益と個人の自由、緊急時における協力要請、資格停止という措置の実効性、国外で活動する場合の扱い。会議を始める前よりも、検討すべき問題はむしろ増えていた。


「ほかになければ、本日の議事は以上とします。次回までに、それぞれの論点について整理をお願いします」


 異論はなく、第1回有識者会議は終了した。


 結論は出なかった。もっとも、初回から結論が出ることなど誰も期待してはいない。各分野の専門家が問題を持ち寄り、互いの立場から穴を指摘し、新たに見つかった課題を持ち帰る。それもまた、この会議の役割だった。


 だから彼らは、それぞれの課題を持ち帰った。


 次の会議までに、より良い答えを出すために。


     ◇


 数日後。


 昼前、祖父母宅の呼び鈴が鳴った。幸一郎が居間から立ち上がるより先に祖母が玄関へ向かい、しばらくすると「幸一郎ー、お客さんやで」と声が飛んできた。


「俺に?」


 藤堂なら先に連絡を寄越すだろう。ほかにここまで直接訪ねてくる相手も思いつかない。玄関へ向かった幸一郎は、そこに立っている銀髪の女性を見て足を止めた。


「こんにちは」


「……セルマさん?」


「はい」


「日本にいたの?」


「今朝、着きました」


「今朝?」


「はい」


 セルマはいつも通りだったが、幸一郎には別の疑問が浮かんだ。


 ――というか、俺がここにいるって知ってるんだな。


 祖父母宅に滞在していることを、セルマへ教えた覚えはない。もっともレイチェルなら知っていても不思議ではないし、WHAが調べようと思えば難しくもないのだろう。少し考えて、それ以上気にするのはやめた。


「幸一郎、この人、お知り合い?」


「ああ。この前知り合った人」


「まあ。えらい別嬪さんやねえ」


 祖母に真正面から言われ、セルマの返答がほんの僅かに遅れた。


「……ありがとうございます」


「セルマさん、こういうの苦手?」


「想定していませんでした」


「だろうな」


 そこへ祖父まで顔を出し、セルマを見てから幸一郎を見る。


「誰や?」


「仕事関係」


「仕事?」


「まだ分からん」


「玄関で立たせとらんと、上がってもらえ」


「そうする」


 幸一郎がセルマを招き入れると、祖母がまた「ほんま綺麗な子やねえ」と言った。


「ばあちゃん、本人の前で何回も言わなくていいから」


「ほんまのことやないの」


「……ありがとうございます」


「ほら、礼儀正しい子や」


「もういいって」


 居間へ移り、祖母が用意した茶を前にして向かい合う。


「それで、日本には仕事で?」


「観光です」


「…………」


「観光もしますので」


「じゃあ、ほかにも用事があるんだ」


「はい。アシュフォード会長からお預かりしたものがあります」


 セルマがバッグから取り出したのは、封をされた薄いファイルだった。


「通信でお送りする内容ではないと判断されましたので、私がお持ちしました」


「それで日本まで?」


「観光も兼ねています」


「便利だな、観光」


「はい」


 幸一郎はファイルを受け取り、封を切った。最初のページに記されていた文字を見て眉を上げる。


「……ハワイ?」


「はい」


 資料にはハワイ・ダンジョンの現状、過去の攻略記録、確認されている階層構造、出現した魔物、死傷者、攻略停滞に至った経緯などがまとめられていた。


「これを俺に?」


「詳しいお話は、アシュフォード会長から。お繋ぎしてもよろしいでしょうか?」


「いいよ」


 セルマが電話を掛ける。ほどなくしてレイチェルの声が聞こえた。


『こんにちは、真神さん。資料は届きましたか?』


「今見てる。それで……ハワイ?」


『はい』


「観光案内じゃないよな」


『残念ながら』


「だよな」


『真神さん。今回は、あなたに1つお願いしたい仕事があります。可能であれば、このダンジョンを完全攻略していただきたいと考えています』


 現地からWHAへ正式な攻略支援要請が出ていること、長期間にわたり攻略が停滞していること、通常のハンターを追加投入しても大きな改善は期待できないこと。その説明を聞きながら、幸一郎は資料をめくっていった。報酬、移動、滞在場所、物資、情報提供を含むWHA側の支援内容も記載されている。


「回答期限は?」


『最後のページにあります』


「ああ……結構先だな」


『急ぎません。十分に確認してからお返事ください』


「分かった」


 さらに資料を読み進めた幸一郎は、『完全攻略後の処置については別途協議』という一文で手を止めた。


「レイチェルさん。これって《資源庫》?」


『その可能性についても確認したいと考えています』


「あれから調べた?」


『可能な範囲では。ただ、《資源庫》そのものについて確実な情報は得られていません』


「まあ、そうだろうな」


 ハワイのダンジョンにも同じ選択肢が存在する保証はない。完全攻略して初めて分かることだった。現地側にも《資源庫》そのものは伝えておらず、完全攻略後に追加の選択肢が発生する可能性がある、というところまでしか共有していないという。


「分かった。ちゃんと読んでから返事する」


『ええ。お願いします。それでは、セルマ。あとはお願いします』


「はい、アシュフォード会長」


 通話はそこで終わった。


 その後、昼食を取りながらセルマが本当に観光するつもりらしいと知り、幸一郎はいくつか適当な候補を教えた。仕事とは関係のない話はその程度で終わり、祖父母宅へ戻ったあと、幸一郎は改めてハワイ・ダンジョンの資料を広げた。セルマもまだ向かいに座っている。


 攻略履歴より先に幸一郎が見ていたのは、地形と出現する魔物の傾向だった。深部へ進むほど気温が上がり、火属性の魔物が増えている。さらに先には溶岩地帯らしき記述まである。


「……ハワイか。溶岩……」


 幸一郎が独り言のように呟く。


「レッドドラゴンはいそうだな」


 セルマが僅かに顔を上げた。


「もっと深ければエイシェントレッドドラゴン……イフリートもいるか」


「……それは、資料に記載されている情報ですか?」


「いや、予想。六甲山に似たようなところがあったから」


「……そうですか」


 セルマの返事が僅かに遅れた。幸一郎は気にせず、さらにページをめくる。遠距離から確認された大型飛行種の記録と、その推定体長で指が止まった。


「あー……これ、レッドドラゴンの大型変異種もいそうだな」


「……大型変異種、ですか」


「たまにいるんだよ。同じ種なのにやたらでかいやつ。普通のより面倒なんだ」


「面倒……」


「まあ、実物見ないと分からんけど」


 幸一郎はしばらく数字を眺めていたが、何かを思い出したように資料から目を離した。


「……ああ」


「どうされました?」


「黒炎種もいるか」


 セルマの口元が僅かに引きつった。


「……黒炎種まで想定されるのですか?」


「火山系でこの傾向なら、いてもおかしくないだろ。あれ結構面倒なんだよなぁ」


「…………」


そう言って、幸一郎は何事もなかったように次のページをめくった。

セルマはしばらく何も言わなかった。

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