第1章 第38話 専門家でも予想を超えれば言葉を失う
最終エリアへの挑戦を告げる鐘が鳴った時点で、テレビ各局は次々と通常番組を中断していた。JHAから堺東ダンジョンの映像が配信されていることが確認されると、ニュース専門局だけでなく、夕方の情報番組、ワイドショー、バラエティ番組までが臨時の生放送へ切り替わった。
画面には《堺東ダンジョン 最終エリア》《真神幸一郎氏 4か月ぶりに確認》というテロップが並び、その横で幸一郎と50メートル級の巨人との戦闘が流れていた。
最初のうちはスタジオにも言葉があった。
「非常に危険な状況に見えますが、専門家としてはどうでしょうか」
司会者に話を振られた元ハンターの解説者は、巨人を見ながら冷静に答えていた。
「正面から戦うべき相手ではありませんね。まず相手の能力を確認し、撤退経路を確保した上で――」
その途中で、幸一郎が巨人の懐へ飛び込んだ。
解説者の言葉が止まった。
爆炎。
轟音。
星堕とし。
巨大なクレーターが形成される。
「……これは?」
司会者が尋ねた。
「……少し待ってください」
山斬りで50メートル級の巨人と、その後方の岩壁がまとめて切断された。
スタジオから声が消えた。
画面の隅には、少し前まで真神幸一郎について「ハンター協会による適切な管理が必要」と語っていた大学教授が座っていた。鐘が鳴った直後には「どれほど優秀なハンターであっても、社会のルールから独立した存在であってはならない」と説明していた男だった。
今は何も言っていなかった。
モニターを見ている。
轟雷が幸一郎自身へ落ちた。
教授が僅かに身体を動かした。
2発目が落ちる。
幸一郎が雷を纏った2本の剣で巨人を縦に両断する。
教授の口が少し開いた。
司会者も、もうコメントを求めなかった。
別の局では、女性キャスターが何とか放送を繋いでいた。
「現在ご覧いただいている映像は、JHAを通じて配信されている堺東ダンジョン最深部の映像です。映像には加工等は行われていないということです」
隣に座るダンジョン研究者が眼鏡を直した。
「先ほどの攻撃についてですが……現時点では、既存の魔法体系のどこに分類すべきなのか、判断できません」
「星堕としと呼んでいました」
「名称ではなくですね……」
研究者は言葉を探した。
「規模の問題です」
その直後、数万本の浮剣が最終エリアの上空を覆った。
研究者は黙った。
キャスターも黙った。
数秒間、生放送とは思えない無音の時間が流れた。
「……先生?」
「見ています」
「これは?」
「……見ています」
それ以上の説明は出てこなかった。
ネットでは、その瞬間から別の祭りが始まっていた。
『専門家が視聴者になった』
『先生仕事して』
『見ていますwww』
『いやこれは仕方ない』
『解説してください』
『できるなら苦労しねえよ』
『テレビ全局ただの真神観戦会になってて草』
さらに幸一郎の声が配信へ入った。
「まあ……六甲山の500Fよりは、だいぶマシだな。向こうは邪女神だったし……」
テレビ各局のスタジオが、ほぼ同時に反応した。
「邪女神?」
ある局では司会者がそのまま聞き返した。別の局では専門家3人が一斉に資料へ目を落とし、別の局では女性アナウンサーがスタッフから渡されたメモを確認した。
だが、答えはどこにもない。
六甲山が500Fだったことは分かっている。
最終試練の内容だけが分からない。
そして今、世界が見ている50メートル級の再生巨人を、幸一郎は「あれよりだいぶマシ」と評した。
以前のワイドショーで幸一郎を「過度に英雄視するべきではない」と語っていたコメンテーターは、腕を組んだまま画面を見ていた。
司会者が恐る恐る尋ねる。
「以前、先生は真神さんについて、能力の全容が分からない以上、社会として一定の管理が必要だとおっしゃっていましたが……今回の映像をご覧になって、どうでしょう」
一瞬だけ、スタジオの空気が止まった。
コメンテーターは口を開いた。
閉じた。
もう一度開く。
「……まずは」
少し間が空く。
「最後まで見ましょう」
ネットが即座に反応した。
『逃げたw』
『最後まで見ましょうwww』
『お前この前めっちゃ喋ってたやん』
『管理について聞かれてるぞ』
『先生のライフはもうゼロです』
『管理する方法を説明してください』
『やめて差し上げろ』
だが、笑っていられたのもそこまでだった。
幸一郎が巨人の再生能力を調べ始める。
何度も傷をつけ、その修復過程を観察する。
やがて足元へ小さな魔法陣が現れた。
「再生させる力が強いなら――逆転させればいいだけだな」
巨人の傷が開き始めた。
テレビスタジオにいた魔法研究者が椅子から身を乗り出した。
「……待ってください」
キャスターが振り向く。
「どうしました?」
「これ……火力じゃない」
「え?」
「相手の術式そのものに干渉しています」
巨人の身体が崩れていく。
「戦闘中に再生術式を解析して……構造を書き換えた?」
研究者の顔から、それまでの解説者としての表情が消えていた。
「そんなことが可能なんですか?」
キャスターが尋ねる。
研究者はしばらく答えなかった。
「……少なくとも私は、できません」
その発言も瞬く間にネットへ流れた。
『専門家、敗北宣言』
『いや潔くて好き』
『星落としてる時より驚いてるぞ』
『専門家からするとこっちの方がヤバいのか』
『真似できるもんならやってみろ』
『できるかボケナス』
やがて巨人が崩壊し、胸部からコアが現れた。幸一郎は大技を使うこともなく、ただ剣を振り下ろして黒い結晶を2つに割った。
そして鐘が鳴った。
『――堺東ダンジョンにおける最終試練の突破を確認しました。攻略者、真神幸一郎』
テレビ各局は、その声をそのまま全国へ流した。
『――堺東ダンジョンの完全踏破を確認しました』
あるスタジオでは誰も喋らなかった。
別のスタジオではキャスターが小さく息を吐いた。
以前、幸一郎を批判していた専門家も、管理を主張していたコメンテーターも、元ハンターの解説者も、ただモニターを見ていた。
画面の中で幸一郎が配信用端末を拾う。
「まあ……こんなもんだろ。とりあえず、帰るわ」
映像が切れた。
数秒後。
ネットが爆発した。
『真似できるもんならやってみろ、じゃねえんだよ』
『できるかボケナスーーーーー!!!!!』
『まず450Fまで行けません』
『国内記録76Fです』
『スタートラインが遠すぎる』
『星を落とします←無理』
『山を斬ります←無理』
『自分に雷2発落とします←死ぬ』
『数万本の剣を出します←無理』
『再生術式を逆転します←専門家も無理』
『コアを斬ります←ここだけなら俺でも』
『そこまで連れていってもらえ』
『真神「真似できるもんならやってみろ」』
『全国「できるかボケナス」』
その日のテレビは、予定されていた番組へなかなか戻れなかった。
誰もが同じ映像を繰り返していた。
星堕とし。
山斬り。
轟雷。
浮剣。
再生反転。
そして最後に、最終試練突破を告げた2度目の鐘。
数日前まで真神幸一郎をどう評価するべきか、どう扱うべきかを語っていた者たちは、今度は別の問いを突きつけられていた。
あれを見た上で。
いったい何を語ればいいのか。




