第1章 第36話 理不尽な力
JHA大阪支部では、誰も席を立たなかった。大型モニターには、数万本の浮剣を受けて原形すら失った50メートル級の巨人が、クレーターの底で黒い糸を伸ばし、再び元の形へ戻ろうとする姿が映っている。
「……まだ生きてるのか」
誰かが呟いたが、返事はなかった。藤堂もモニターを見たまま動かなかった。4か月ぶりに幸一郎から配信信号が届いた時、まず感じたのは安堵だった。生きていた。それだけで十分だったはずなのに、それから1時間も経たないうちに、彼らは自分たちが知っていた真神幸一郎という人間を根本から見直すことになっていた。
「支部長。先ほどの鐘以降、堺東ダンジョンの解析データに変化が出ています。これまで取得できなかった深層部の構造情報が、1部ですが観測できるようになりました」
職員が差し出した端末には、《推定総階層数 約450》と表示されていた。
「……450?」
「多少の誤差はあります。ただ、最終エリアの位置から逆算すると、おおむねその程度です」
「国内最深到達記録は?」
「76階です」
藤堂は黙った。国内公式最深到達記録、地下76階。堺東ダンジョン、約450階層。その差は374階ある。
「4か月前、真神さんは180階くらいって言ってましたよね。まだ前半だとも」
「はい」
「……本当に前半だったんですね」
さらに職員は、先ほど幸一郎が展開した魔法陣についても解析結果を報告した。観測できた術式反応は最上層付近まで続いており、推定約450階層のほぼ全域を覆っている可能性が高いという。
「450階全部?」
「少なくとも、こちらで観測できる範囲では」
藤堂は大型モニターへ視線を戻した。画面の中では幸一郎が2本の剣を肩へ担ぎ、再生する巨人を心底面倒そうに眺めている。
「……あなた、一体どこまでできるんですか」
同じ映像を見ていたのはJHAだけではなかった。東京に拠点を置く国内最高峰の攻略チームでも、10数人のプロハンターが大型モニターを囲んでいた。普段なら酒や雑談が絶えない場所だったが、今は誰も口にしていない。
「巻き戻してくれ」
リーダーの男が言った。映像が戻り、幸一郎が巨人へ接近する場面で止まる。
「ここ。消えたように見えるだろ」
「違うんですか?」
「速すぎて映ってないだけだ」
若いハンターがしばらく画面を見てから尋ねた。
「リーダーなら、どこまでいけます?」
「最初の5本のブレスで死ぬ」
「1本なら?」
「避けられる」
「5本は?」
「無理だ」
誰も笑わなかった。
映像が進む。爆炎、轟音、星堕とし。巨大なクレーターが形成されたところで、魔法系ハンターが首を傾げた。
「これだけ撃って、なんで魔力切れを起こさない?」
「知らん」
「爆炎、轟音、星堕とし。その後にダンジョン全域規模の魔法陣ですよ。どういう魔力量してるんです?」
答えられる者はいない。
次は轟雷だった。幸一郎自身へ雷が落ち、その力が2本の剣へ流れ込んでいく。
「これ、真似したらどうなる?」
「死ぬ」
「剣に流せない?」
「その前に本人が焼ける」
2発目の轟雷が落ちる。
「2回やってるぞ」
「2回死ぬな」
僅かに笑いが起きたが、その笑いも50メートルの巨人が縦に両断されたところで消えた。
別の場所では、国内でも有名なS級剣士が1人で配信を見ていた。山斬りの場面を3度巻き戻す。巨人が切断され、その遥か後方の岩壁にも同じ線が走る。
「……射程、どこまでだよ」
男は自分の剣へ視線を落とした。国内最高クラスの剣士として知られ、若手から目標とされ、数々の高難度ダンジョンを攻略してきた。その男が再びモニターを見る。今度は数万本の浮剣が空を覆っていた。
「……同じ剣士って言っていいのか、これ」
複数のS級ハンターが繋いでいた通話でも、似たような話になっていた。
『お前ならどこまでいける?』
「堺東か?」
『いや、あの戦闘』
「その前に敵まで辿り着けねえよ」
誰かが笑ったが、冗談ではなかった。
『国内記録76だろ』
「今解析が出た。堺東、推定450階」
数秒、通話が静かになった。
『……何階?』
「約450」
『真神、180階で前半って言ってなかったか?』
「本当に前半だったらしい」
『笑えねえな』
別の声が入る。
『仮に最終エリアまで連れていってもらったとして、あれ倒せる奴いるか? 星堕としで生きてる。山斬りでも生きてる。雷で真っ2つにされても戻った。浮剣で肉片になっても再生中だぞ』
誰も答えなかった。やがて1人が呟いた。
『……俺たち、S級だよな?』
『たぶんな』
『自信なくなってきたわ』
今度は何人かが笑った。しかし、その笑いには乾いたものが混じっていた。
大阪支部には、国内の攻略チームから問い合わせが入り始めていた。
「堺東が本当に約450階なのかという確認が複数。それと、真神さんのランクについて問い合わせが来ています」
「ランク?」
「現在の制度上、どう評価するのかと」
藤堂は大型モニターを見た。国内公式最深到達記録76階。堺東ダンジョン約450階。その最深部では、50メートル級の巨人が肉片から再生を続け、その前に幸一郎が1人で立っている。
「……知りませんよ。私に聞かないでください」
藤堂は疲れたように答え、机の端に置かれた本部からの文書へ目を落とした。
《真神幸一郎に対する管理体制の強化》
行動把握。活動制限。場合によっては資格停止。
藤堂はしばらくその文字を眺め、それから再びモニターを見た。
「……管理、ですか」
その言葉は、以前よりずっと現実離れしたものに聞こえていた。




